2 鳳凰暦2009年4月8日水曜日 国立ヨモツ大学附属高等学校体育館(2) M



 上着の右のポケットに入れていた宣誓を書いた紙を取り出して、開いて、中身を出す。校長が手で指し示すところに包んでいた紙は置いた。宣誓文を書いた紙を開く。


 正直なところ、これくらいの内容なら丸暗記でも余裕なんだが、広げて読むのが様式美ってやつらしい。読み終わったら学校に差し出すもんだしなー。


『新入生代表、宣誓』


 ……大事なのはスタートダッシュだ。誰よりも早くあの子と親しくなる必要がある。少なくとも男の中では。女子は、しょうがねぇ。


『温かい春の風に背中を押され、これから始まる新しい生活への期待をふくらませて、私たち新入生一同は、今日、ヨモツ大学附属高等学校ダンジョン科の門へと一歩を踏み出しました』


 ……そう! ここまで大きくふくらませた期待を現実にするには、あの子と同じパーティーになるしかない! 一歩踏み出せ、俺!


『私たちが目指すダンジョンアタッカーという職業は、安全とはとても言えない職業です。また、ダンジョンアタッカーを見る国民の視線はまだまだ厳しいものがあると聞いています。先日、国際基準に合わせるために改正されたダンジョン基本法が成立しましたが、これがダンジョンアタックにどのような影響を与えるのかも、現状ではまだ不透明です。ダンジョンアタッカーを取り巻く今の環境には不安を感じざるを得ません』


 ……この学校って、アタッカー志望の野獣みたいな連中が集まってるから、心配だよな。不安しかねぇ。あの子は俺が守らないと。


 他の男を寄せ付けないようにするためにも絶対にあの子とパーティーを組まないとダメだ。これは絶対だな。ガチで。だが、どうする?


『しかし、私たちには、このヨモツ大学附属高等学校ダンジョン科で学ぶことによって、ダンジョンアタッカーとして必要な能力を身に付けるだけでなく、この国のこれからのダンジョンアタッカーとして求められる、よりよい姿、あるべき姿となることも、求められていると考えています。私たちがこの先の未来のダンジョンアタッカーの模範となるのです』


 ……そうだ。俺は首席。附中を首席で卒業して、ヨモ高の入試でも首席。そして、先生から学級代表も頼まれてる。


 そういや卒業式の答辞はやらせてもらえなかったな? なんか別の記念品の贈呈だかなんだかを代表としてさせられたような……まあ、とにかく俺は今まさに模範的な生徒だ。


 この立場で、ちっちぇ権力に頼るんじゃなくて、できるだけ公平なやり方さえ示せたらあいつらも文句は……文句があったとしても公平なら……封殺できる……ていうか、黙らせる……。


『だから、私は、2005年に始まったダンジョンアタッカーの世界ランキングで初代世界ランクキング1位となり、そのままずっと1位を維持している、あの偉大な熊田冬弥さんのように、この国の人たちが誇りに思えるダンジョンアタッカーになりたいと考えています』


 そんで、俺の尊敬する熊田冬弥みたいなトップランカーになれたら……。


『……たぶん、モテるよな。トップになれば……』


 ……そう。トップになればモテるはず。きっと、あの子にも。


 もちろん俺はこの学校でもトップを狙う。

 そんでトップになったら、そしたら、あの子とも、きっとうまくいくに違いない! モテるんなら俺はあの子にモテたい!


 ざわ、ざわっ、と入学式会場となっている体育館が突然、少しだけざわめいていた。


 ん? なんだ? これから大事な宣誓もがっつりシメに入るんだから静かにしてくれよ……。


『私はダンジョンアタッカーの未来を担うひとりとして、この学校で可能な限りの知識と能力を身に付けるとともに、それを磨き上げることで、この学校に、そしてこの国に恥じない、誇り高いダンジョンアタッカーとなることを、ここに誓います』


 よし。ここで……拍手、とかは、ないのか? 式典だから? ざわついてねぇで拍手くらいしろや……。


 なんだ。つまんねーの。俺が自分で拍手してみんなの拍手を求めるのはさすがにやりすぎだしな……。


『鳳凰暦2009年4月8日。新入生代表、陵、竜也』


 俺は宣誓が書かれた紙を折りたたんで、元々入っていた紙で包み直す。


 そして、それを校長に両手で差し出して……ん? なんだ?

 校長の顔色、悪いな? 大丈夫か?

 前のおじぃちゃん校長よりかはかなり若いだろうに……。立ってるのも大変なら教頭とかに代わってもらえばいいのにな……。


 とりあえず宣誓は終わった。立派に役目を果たしたぜ。


 一歩下がって一礼。回れ右して、階段を下りて、一度制止する。回れ右で正面を向いて、中央で制止。で、右を向いて一礼。また正面を向いて……って、これ……中央、か……中央、ねぇ……。


 そうか! 中央か、ここ、ど真ん中で……そりゃもう堂々と……無理矢理、半分に分けてしまえば……イケる! おおっ! この方法なら! くぅ~っ! こんなことを思いつくなんて……。


「……俺って天才なんじゃねぇか……」


 俺が今、立っている中央付近の座席の新入生が突然ざわつく。


 確かこのへんは2組と3組が座ってるはず。大丈夫か、こいつら? 入学式は式典だぞ? 静かにしろよな……まったく……。


 ……中央の座席。そう、中央。これがキーワードだ。イケる。絶対にイケる! あの北見がいるからな! 俺のクラスに! しかも、内容的にはあの北見を味方にできそうってところもイイ!


 最高の思いつきだ!


 左を向いて一礼。また正面を向く。そして、今度は右を向いて、ゆっくりと歩く。自分の座席の前まで戻って、右を向いて3歩で俺の椅子の前だ。


 回れ右をして、ゆっくりと座る。これで、代表宣誓は終了。お仕事、終わり! 完璧だな。


 よし! 教室で解散する前に声をかけて、1組のパーティー分けも完璧に決めてやるか!


 この後の教室で、未来のトップランカーとなる俺の伝説が始まる!






 そんなことを考えていた俺は、既に俺の伝説がこの入学式から始まっていたことに気づいてなかったのだった……。











人名辞典

熊田冬弥……くまだ・とうや





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