反撃の羽

俺たちは互いに走り、両者の間の距離を縮める。

俺の手には輝烏が、七瀬の手には黒槍が握られている。

だが七瀬の足は遅く、俺の目にも捉えられる程度。


まるで自分を射てと言わんばかりの速度に、万が一にも外れないように大きく体を振るう不格好な走り方。

俺が輝烏を構えると、七瀬は速度を落とした。

だが俺は引き金を引かずに、速度を上げる。


獣の黄金の瞳が見開かれる。そんな表情は人間っぽくて、少し胸がすくのは初対面で同じ表情をさせられたからだろう。

俺は腕を掲げる。しゃらりと手の中で輝烏が音を立てた。

その頃には俺の体は七瀬の巨体のすぐ真ん前で、そして思い切り七瀬の脇腹に振りかぶった腕を叩きこんだ。


『ぐッ……!』

「一人で暴走するな―――!」


輝烏は冥層の素材で作られた特性の武器。

鈍器として振られたボウガンは、七瀬の巨体を震わした。


『てめえっ』


俺は痛みでしゃがみ込んだ七瀬の額に、輝烏の先を突きつけた。

それだけで七瀬は黙り込み、じっと俺の人差し指の動きを追っている。

俺は息を整えながら、努めて冷静に言葉を発する。


「………このボウガンは、輝烏は大量の魔力を喰うんだよ!今日はもう撃てない」

『はっ……壊す方を間違えたか』


そうだ。何もかも間違えている。

俺はさざ波が押し寄せる海を見る。

地平線には薄雲がかかっており、その先はまるで見通せない。


「お前、死にたいのか」

『てめえは起きたら毛むくじゃらだったら死にたくならねえのか?オレはこのままだとモンスターとして殺されるだけだ。それならせめて、マシな奴に殺される方がいいだろうが』

「支部長を殺した奴らは放っておくのか?」

『あ、?ぶっ殺してぇよ!何度も聞くんじゃねえよ!殺したいけど出来ねぇんだよ!敵は海の上にいて今も遠くに行ってんだ!オレの体で泳げるかよ!それとも羽があるように見えんのか!?』

「見えるわけ無いだろ!でも――――」

『じゃあ、さっさとどうにかしてオレを殺せ!またいつ意識が飛ぶとも知れねえんだぞ!』

「だから話聞けよ!何回も人の話遮りやがって!初対面の時からずっと話を聞かないな!どうなってんだ、お前!そんなんでどうやってクランの盟主やってたんだよ!」

『やれてなかったわ!副盟主は裏切ってメンバーは浜辺で死体になってらぁ!!』

「………なんかごめん」

『チッ……』


こいつ、地雷多いんだけど。話しづらい……


「お前、敵の位置が分かってるよな?」

『ああ、この体になってから異様に鼻が利きやがる。ジジイの匂いはまだ追える』


何十キロも離れている海上の匂いを終える嗅覚は、モンスター特有の能力だ。

俺はそれを聞き、やはり、と思う。


『もういいだろ、さっさと―――「羽はあるぞ」―――あ?』

「羽はある」


俺は手に持った輝烏を見せる。

王鳥の力の宿った極光の羽を。


「目はここにある」


俺は七瀬を指さす。


「後は、お前、魔力量は多い方か?」

『……はっ、知らねえよ。お前、正気か?』

「俺も渋谷でしてやられたんだ。だから俺もやり返したいんだよ。で、やるのか?」

『当たり前だろうが』

「それでこそ、冒険者だ」


俺の差し出した手を、七瀬は取る。

そして俺は毛むくじゃらの手に、かちりと腕輪を嵌めた。


『は?』

「【魔力供給】の腕輪だよ。俺、魔力切れてるから」

『チッ、しまらねえ野郎だ』


遠い海の向こう、そこにいるであろう敵を見る。

今回もやられた。無茶苦茶に引っ掻き回された。

その悪意に、また大勢が死んだ。


だけど今回は、ただでは帰さない。


『外すなよ』

「お前の指示次第だろ」


輝烏は輝きを取り戻す。

七瀬から流れ込んできた魔力がそのまま注がれ、黄金の光が、大地を照らしている。

俺はその先を、海へと向けた。


□□□


「―――白木、湊。一人デ何をスるつもりか」

「知らないし、死ぬアンタに関係ないでしょ」

「毒に侵されながらよく、回るクちだ」


去っていく湊を横目で見ながら、乃愛は笑う。


(さっきの光の柱で邪魔は大体消えたし、あっちはれいちーが消すでしょ)


乃愛の笑みを強がりと捉えた暗殺者は一歩距離を詰めた。

乃愛は短剣を握る手を上げようと力を籠めるが、意志に反して短剣はぽろりと手から零れ落ちた。


「まだ立っテいらレるとは……油断ナラン」


暗殺者は、ひゅっ、と腕を振るう。

手から放たれたワイヤーが乃愛の全身に絡みつき、その手足を拘束する。


「臆病すぎない?」

「貴様ハ勇敢だナ。それで死んでハ―――」


その瞬間、暗殺者の腹に短剣が突き刺さっていた。


「ガ、あッ!?」

「アンタは勇敢だね。私に喧嘩売ったんだから」


刺さった短剣をぐりぐりと乃愛はいじる。

暗殺者は押し殺した悲鳴を上げながら、機械仕掛けの口を開いて針を射出する。

だが乃愛は避けることなく、その針は乃愛を通り抜けた。


「な、ゼ」

「【重裂傷】」


紫色のオーラが走る。

それだけで暗殺者の肉体は切り裂かれた。


「毒も針も【透過】すればいいだけだし。すいは何か見た?」


小さく鼻で笑った乃愛は、脈絡も無くすいをちらりと見て、満面の笑みでそう言った。

乃愛らしくないその笑みに、すいは全力でぶんぶんと首を振った。


「な、ないすふぁいとですー」

「ありがと」

「玲さんは助けますかー?」

「んー、やめとこっか。邪魔したら怒られそうだし」


今の玲は、乃愛から見ても完全に切れていた。


「死ね!害虫!」


片手で振った剣が、大地をショベルで削ったような傷跡を刻むのを見て、二人は近づくのすら諦めた。


「死んだりしませんよね?」


玲の脇腹からは、今も血が滴っている。

それが分かっている来夏も、時間を稼ぐように必死に逃げ回っている。

その合間に口撃を混ぜて、玲を挑発することも欠かさない。


「ははっ、すげえ力だ……!それでこそ手に入れる価値があるぜ!」


掠っただけで防具の一部を剥いでいった斬撃を見て、来夏は冷や汗交じりの怒声を上げる。

だがその脚は止まることなく、自ら死地へと踏み込む。

彼は先ほどの光の柱にも動じることなく、その瞳は常に玲を捉えていた。


(ああ、たまらねえ)


彼は、国外の出身だった。

ダンジョン災害で荒れて、未だ復興途中のアジアの小国。その中でも特に治安の悪い地域だった。

彼の生まれ故郷は瓦礫の山の上に建てられたあばら家の群れで、物心がついたころには、同い年の子供たちと一緒に大人たちの犯罪の下請けをしていた。


なんてことのない犯罪者の卵たちと彼が違った点は、その出生だけだった。

客を取った後の悪臭が満ちる我が家の中で、彼の母が彼に語った自分のルーツ。

ダンジョン発生時、この国に旅行に来ていた日本人がお前の祖父母であり、お前のルーツは日本なのだと、母は語った。


それが本当なのかどうか、彼には分からない。

母がこの瓦礫の山で、自分は特別なのだと思うために作り出した話なのかもしれないが、彼にとっても自分の『特別』は、母同様に心の柱となった。

自分は他の奴らとは違う。故郷に戻りたいと強く思うようになった。


そんな彼にとっての転機は、移民船に潜りこめたことだっただろう。

国を出て、自分の生まれ故郷に戻る機会をうかがっていた彼は、幸運にも日本へと向かう移民船へと乗り込んだ。

元の乗客を殺し、IDを奪い、その時彼は、真鍋来夏という日本名を得た。


日本は瓦礫の山と何もかも違った。

罅のない建物に、夜でも眩い電灯の輝き。

そして何よりも人が違った。皆、武器を持たずに道を歩き、笑顔を顔に張り付けていた。

だが、何よりも来夏の興味を引いたのは『女』だった。


肌には化粧を施し、艶やかな髪を伸ばして着飾るその生物は、自分の知る『女』とはあまりに違っていた。

それを手に入れる度に、彼は自分の中の『瓦礫の山』を薄めていける気がした。


そして今日、その最上位を手に入れる。


(まだ、元気だな。もう一撃、入れてやるか)


来夏は、片手に握った見えない刺突剣を握りしめる。

来夏のスキル、【幻影】。

物体に、別の像を貼り付ける希少スキルである。

対モンスターには効果は薄いが、対人では武器の誤認、間合いを外すことで高い効果を発揮する。

玲の脇腹への攻撃も、この【幻影】により、存在を消した刺突剣によるものだった。


玲の顔は、完全に怒りに染まっている。

それゆえ、その攻撃の軌道は読みやすい。

だがそのスピードは来夏の身体能力をはるかにしのぐ。


玲が身を落とす。

その予備動作を見逃さず、来夏は足で地面の砂を巻きあげた。

視界が悪くなったが、玲は構わず地面をける。

足場は吹き飛び、玲の体は弾丸のように弾き出される。


砂ぼこりを切り裂く一撃を、来夏は直剣に見せた刺突剣で受け止める。

ほんの少し、軌道をずらすだけで、剣は折れる。

だが来夏の眼前には無防備に背を晒す玲がいた。


(流石に間合い管理がうまいな、刺突剣なら届かねぇ、刺突剣ならなぁ!)


砂ぼこりに紛れて両手の武器を持ち換えて、【幻影】を重ねた。

今、手元に残っている刺突剣は、直剣。

振り下ろすだけで、見えない刃が玲の背を切り裂く。


(動けねえぐらいにして、さっさと連れ去らねえと―――)


「だと思いました」


だが振り下ろされた刃は、【金朽】の柄で受け止められ、その下からは冷静な玲の視線がのぞく。

その時来夏は、自分が騙されたことに気づいた。


跳ね上げられた柄が、直剣を来夏の手から弾き飛ばす。

そして振られた黄金の刃が、来夏の首筋を切り裂いた。


「あぁあああっ!?」

「これであなたの嘘が本当になりましたね」

「お前、おまえッ」

「隠れて奇襲する人はよく知ってますので。武器だけ隠すなんて可愛らしい戦い方ですね」


血が溢れる首筋を抑えて来夏は蹲る。

何とか血を止めようと、地面の砂を漁って、傷口に塗りたくる。

だが視界を覆う影に気づいて顔を上げる。


「誰の指示ですか?証言するなら傷を塞ぎますが」

「………さあ、な」


それが来夏の最後の言葉となった。

動かなくなった来夏の死体を見下ろした玲は、金朽を振るって血を落とし、鞘へと納める。

そして脇腹を抑える。

そんな玲の元に、乃愛とすいが駆け寄って来る。


「お疲れさま、れいちー。ちゃんと冷静だったんだ」

「当たり前でしょう。私が無様な真似をして、湊先輩の顔を汚すわけにはいかないわ」

「その傷だけで充分失態だけどねー、格下相手にブラフ張るまで追い詰められるとか後で湊にちくろっと」

「や、やめて!」

「はいはい、動かないでくださいねー、止血しますのでー。その後は一緒に吹っ飛んでいった他のクランメンバーを探しますよー」


やいやいといつも通りに言い争う二人を見て、すいは安堵の笑みを浮かべる。


「ついでに湊さんも回収しましょうー、ってえ?」

「あれは……」

「極光の矢」


その時三人は、太陽とは違うもう一つの輝きに気づいた。


□□□


次回更新日は、2024/7/16(火)の7:00です。

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