会議

「やっほー!聞こえますかー?」


俺たちは【オリオン】事務所に向かって進んでいる。

適当な場所でタクシーを拾い、事務所近くで降ろしてもらった。

【隠密】状態のすいは、誰にも見られないのが楽しいのか、道ゆく人に大声で話しかけている。


すいが騒ぐたびに、繋いだ手が引っ張られて、大型犬を散歩しているような気分になる。


「【隠密】いいですよねー、私も覚えようかなー」

「やめなさい。どうせイタズラに使うだけでしょう」


一方、玲は落ち着いて俺の手を握っている。


「でも湊さんがいてよかったですー、あの中を突っ切るのは大変ですもん」


やになっちゃう、とすいは冗談めかして言う。


「何もされてないか?」

「大丈夫ですー、敷地内には入ってこないですし、警察の手前、生徒に絡むことも無さそうですし」


ただ、校舎の前で、自分たちの『教義』を騒ぎ続けるだけ。

だが常人よりも五感が鋭い俺たち冒険者は、授業中であっても、デモ隊の言葉の内容まで聞き取れるし、ストレスは溜まるだろう。


今、こうしてはしゃいでいるのも、ストレス発散と思えば可愛らしい。


「ヘイ、そこのハゲ!剃ってんのかい!?」

「やめなさい!」


ぺしりと玲に軽く頭を叩かれたすいを見て、俺は苦笑する。

……そういえば、普段からこんな感じの子だった。


そして再び、三人で並んで歩き出す。

すでに、広大な【オリオン】事務所の敷地が見えてきた。

人気も少なくなり、隠密を解いても大丈夫かと思ったとき、すいがちらりと繋いだ手を見て、にやりと笑った。


「湊さん〜〜」

「……何だよ」


にしし、と悪戯っ子の顔を覗かせるすいに、俺は身構え、退く。

だがすいは繋いだ手を強く握る。

そしてこほんと咳払いをし、小さく背伸びをする。


「私、異性と手を繋いだの初めて、かも……」


上目遣いでそんなことを言い出したすいに、俺はどきりと鼓動を早くする。

大きな赤褐色の瞳には憂いの膜がはり、庇護欲を掻き立てる。

繋いだ手が、熱くなったような幻覚すら感じる。


「……何言って……!」

「なんちゃってー、どきどきしました?もうっ、湊さんのハーレム野郎♪」


こいつっ……、気にしないようにしてたのに。

右手には玲、左手にはすいと、タイプの違う美少女2人と手を繋いでいる現状はまさに、両手に花だ。


意識してしまえば、とても気まずい。

玲も赤らんだ表情で、ちらちらと窺うように視線を彷徨わせる。

やがて、どちらからともなく、手を緩める。


「あれ?もう良いんですかー?」

「事務所前だし、大丈夫だろ……」

「じゃあ、私はもうちょっと」

「離しなさい……!」


手を離そうとしないすいの手を、玲の手刀が打つ。

「あたー!」と奇声を上げながら、手の甲を抑えるすいを、今はかわいそうだとは思えなかった。


「すい、貴方は明日から1人で帰りなさい」

「わー、湊さんを独占しようとしてるー」

「っっっ!?」


2人は楽しそうに戯れている。

その時俺は、嫌な声を聴いた。

【探知】を持ち、五感が鋭い俺だから気づけたような小さな声だ。

俺の大学前、そして玲たちの高校前でも聞いたような大勢の声音が入り乱れたものだ。


「………まじかよ」


角を曲がると見える【オリオン】の正面入り口前の路上を封鎖していたのは、宗教団体のデモだった。

今日で会うのは三回目だ。

一体、どれだけ人数がいるんだよ。


「えぇ~?昨日はいなかったですよねー?」

「いなかったわね。湊先輩、どうしますか?」


俺と同じように角から顔をのぞかせた二人は、俺の意見を伺う。


「どうしようか……乃愛が来て蹴散らしてくれないかなぁ」


彼女なら、一般人相手でもお構いなしにぶん殴ってくれそうだ。

やぁー、といつもの気だるげな顔でデモ隊を蹴散らす乃愛が容易に想像がつく。


「湊さんが呼んだら来てくれるんじゃないんですかー?気に入られてますし」

「………え、そうなの?」

「はいー、ばっちりハートげっちゅですよ!」

「馬鹿なこと言わないの。すいのせいで気付かれたわ」


デモ隊の一角が俺達を見ていた。

すいの顔を見て、玲を見て、俺を見て、その表情が一気に険しくなる。


「おい、お前たち!聖地を荒らした奴らだな!」


「私は違いますよー」

「返事すんな!」


彼らはまるで一つの生命体のように、一気にこちらに詰め寄って来る。

人の波、というのはこのような時に用いる言葉なのだろうと、頭の片隅で思う。

彼らが何をするつもりなのかは知らないが、俺たちは一斉に跳んだ。


「なっ」


真下で困惑する人々を飛び越え、空いた正門前に着地する。

そして俺達は素早く、門をくぐった。

彼らはデモはしても、不法侵入まではする気は無いのか、門前から忌々しそうに俺達を睨みつけ、また自分たちの主張を始めた。


「邪魔くさいですねー」

「ええ、もしかして明日から毎日これなの?」

「………なら事務所にも来れないな」


どうやら完全に目を付けられたようだ。

憂鬱な溜息を一つ落とし、俺たちは事務所に入った。


□□□


今日、俺たちが事務所に来たのは、緊急の会議があるからだ。

参加者であり、議題の関係者である俺と玲、そして巻き込まれたすいも参加することになっている。

場所は、事務所の会議室、以前、【状態異常適応】の『オーブ』の引き渡しにも使った大きな円形の机がある部屋だ。


中に入ると、すでに大多数の席が埋まっていた。

参加者は、【オリオン】に所属する冒険者の中で、主要なパーティーのリーダーたちが主に集められているようだ。

そんな中の一人に、俺もよく知る人物がいた。

赤崎クロキである。

雪奈や兵馬とパーティーを組み、リーダーを務める彼も、今日の会議の参加者だ。

俺達に気づいた彼は、小さく手を振って来た。


「クロキさんおひさですー、この前は勉強見てくれてありがとうございましたー」

「やあ、すい。テストはどうだった?」

「平均35点でしたー」

「さんじゅうッ……そうか、まあ、赤点じゃなくてよかったよ」


有名な進学校の学年最下位という頭がいいのか悪いのか分からないすいだが、この前のテストはクロキに泣きついたようだ。

お世辞にも高いと言えない平均点に、クロキは「僕の教え方が―――」などと独り言をつぶやき、自省を始めてしまった。


「地頭はいいのに……「あー、クロキ?」うん?なんだ?」

「横いいか?」

「ああ、もちろん。座ってくれ。湊とすいに……み、南さんか」

「なにか?」


いつものクールな美貌をさらに研ぎ澄ませた玲は、見下ろすようにクロキを睥睨する。

威圧感たっぷりの玲に、クロキは頬を引き攣らせる。

どうやら前回の対面でトラウマになったらしい。

年下なのに南さんとか呼んでいるのがその証だ。


「私の湊先輩に失礼が無いように」

「………分かってるよ、それはもう、身に染みてね」


クロキは自分の手をさする。

握りつぶされかけた時のことを思い出しているのだろうか。可愛そうに。


俺はクロキから視線を逸らして、室内を見渡す。

俺は続々と集まるクランの面々に驚く。

冒険者や事務方の区別なく、クランの運営層やベテランたちもほとんど集まっていた。

ここに入れなかった者たちも、リモートで参加しているらしいし、まさに【オリオン】全体での会議といった様子だ。


「それにしても……大ごとになったなぁ」

「君がそれを言うか?今回の騒動の原因だろう?」

「………やっぱ俺達だよな」

「――――赤崎、湊先輩が落ち込むでしょう、言葉に気を付けなさい」

「よ、呼び捨て?湊は先輩呼びなのに……なんて子だよ。んんっ、湊、今回の件は、遅かれ早かれ誰かが被るものだ。それが君だったことは、同期として誇らしいと思う。君たちが、最前線に返り咲いた証なんだからね」


玲の傍若無人っぷりに驚きながらも、クロキは俺にそう言ってくれた。


「そうですよー、湊さんが面倒ごとを巻き起こすのは、今に始まったことじゃないですしー、ドーンとしてればいいんですよ!」

「………それ、慰めてんの?」

「はい!」


自信満々な笑みだ。

なら、何も言うまい。


「………というか、乃愛はいないんだな。【オリオン】の主力だろ?」

「乃愛がこんな面倒な会議に出るわけ無いじゃないですか」

「ですねー、あの人は絶対来ないです。五億ペソ賭けてもいいです」


絶対に成立しない賭けを始めたすいは置いておいて、やっぱり乃愛はいないか……。


「何か用事でもあったのかい?」

「ああ、実は――――」


クロキに答えようとした時、室内の明かりが薄くなった。


「じゃあ、始めるわよ。全員黙りなさいな」


僅かにざわめく室内を、いつの間にか部屋に来ていた恋歌さんが落ち着かせる。


(久しぶりだなー、恋歌さん)


そんなことを思いながら、ぼーっと恋歌さんを眺めていると、彼女の視線がこっちに向いた。


――――ナニシゴトフヤシテンノヨ……!


鋭く吊り上がる紫紺の瞳は、きっとそんなことを訴えていた。

無意識に放出された魔力で逆立つ瞳と同色の髪から目を逸らして、心の中で謝る。

ごめんなさい、それと過労死しないでくださいね。


「………はーあっ、たく。竜だのなんだので忙しいってのに、うちの冒険者は元気だこと」

「恋歌、今回の件はこちらに落ち度はない。だから今日は対策のために集まってもらったんだ」

「それぐらい分かってるわよ、両」


今、この場にいないはずのクランの盟主、橋宮両の声がした。

その声は会議室の中央からしており、声と同時に、円形の机の中央部に、二つの人影が浮かび上がる。

ホログラムだ。


「らしくていいではないか。冒険者とは、困難な試練に巻き込まれるもののことだろう?」

「厳哲、アンタまでカルトみたいなこと言わないでよ」


北海道に遠征中の【オリオン】首脳陣、両さんと厳哲さんだ。

両さんは相変わらず、涼しげな顔で肩を竦めており、厳哲さんは豪快な笑みで恋歌さんの言葉を受け止める。

首脳陣が集まったということで、会議室内にも、緊張感が走る。

それを見計らったように、両さんは口を開いた。


「さて、早速だが、会議を始めよう。議題はここ数日の宗教関係の問題についてだ」

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