共生

 その日は朝から大忙しだった。リヒャルトがとらえた男を尋問し、数体の〈第弐位階〉がこの都市へと向かってくることが分かったのだ。


 ハンナは騎士たちと共に、ホルガーの説明を受けていた。そこにはアイメルトの少女やリーゼ、レオナルトも居た。


「〈第弐位階〉は餌を求め、街へ向かっていると思われる。人口密集地にたどり着く前に斃さねばならない。先遣隊はすぐに準備をし、出発。待機の者は身体を休めておくように、以上!」


 ハンナ、クラウス、エッカルトは戦力として数えられておらず、先遣隊と後続隊が戦地へ向かった後も要塞都市に居た。


 ハンナは体を休めるべく、宿で昼寝をしていた。


「ハンナ!」


 クリスティーナの声がし、ハンナは欠伸をして起き上がる。


「寝る時間がずれちゃって……」頭を掻きながらハンナが言う。


「もう……昼過ぎになるのに」クリスティーナがため息をつく。その息に微かな酒の匂い。まさかな、と思うが口にはしない。


「あんた、リヒャルトの依頼を受けたんだって!」クリスティーナが珍しく怒声を上げる。


 ハンナは急激に覚醒し、


「そ……そうだけど」


 クリスティーナはまたため息をつき、「朝ご飯を食べて、少し散歩しよう」


 ハンナは朝食を素早く済ませ、クリスティーナと村を歩く。


「あんた、まだ自分を赦せないの?」クリスティーナが突然口を開く。


「分からない……」ハンナは痛いところをつかれ、返答に困る。


 リヒャルトの依頼を受けた時、もしかして死ぬかもしれないとも思った。しかし、これは自分への罰だと思ったから、すんなりと受け入れられた。本当は自分は死ぬべきだと、心の底で考えていた。


「家族が死んだのだって、あんたのせいじゃない。私はそう思う。あんたは自分を責めすぎてる」


ハンナは歯噛みし、「クリスティーナには分からないよ。私の辛さなんか」


 2人は立ち止まって、睨み合う。


「私は私が嫌い。もっと強ければ、ミナは死ななかった。いつも夢を見る。あそこで逃げずに戦っていたら、と」


 自然と右耳を押えている。古傷が痛む。


「あのね……」クリスティーナが何か言おうとすると、その頭がびくっと揺れる。ごっ、という嫌な音。


 振り返ると、二人の少年。


「やーい!」そう言って、石を投げつけてきていた。クリスティーナだけに。


「この……」ハンナは少年に向かおうとするが、クリスティーナはその肩を掴み、


「良いんだ、慣れてる」


 クリスティーナは何でもないように笑うが、耳の上から血が出、血の涙を流しているかのように見えた。


「早く避難しろ! クソガキ!」クリスティーナは拳を上げ、怒鳴る。


「早く手当てしないと」


 2人はすぐにクリスティーナの宿に向かう。


 ハンナから治療を受けながら、クリスティーナは、


「誰からも好かれる完璧な人なんていない。そんなのは誰からも好かれない人だ。それをあんたに伝えたかったんだ」


 クリスティーナの意図を完全には把握できないままだったが、


「わかった、わかったから。それで、傷は大丈夫? 痛まない?」


「気を抜いたら痛み出した……ずきずきする。でも、大丈夫」そう言って、自然とベッドの下の箱を足で取り出す。そこには酒瓶。


「昼間からこんな強いのを……」ハンナはクリスティーナを睨む。


「これがないと駄目なんだ。この仕事をしてると、おかしくなりそう」クリスティーナは震え、


「不特定多数の人からさげすまれ、嫌われるのがこんなに辛いとは思わなかった。気が付いたら、自分が嫌で嫌でたまらなくなてさ。でも、これを飲めば和らぐんだ」


 ハンナは、クリスティーナの肩を優しく撫で、「これは私が預かる」


「それがないと……」


 ハンナはクリスティーナを見つめ、


「ずっとこんな環境に居る必要はないでしょ。都市部では娼婦の地位も向上しているって聞くし、足抜けもできるようになっているって聞く。少し踏み出せば自分を苦しめているものから逃れられるはずだよ」


 クリスティーナは、ハンナの助言を鼻で笑うと、


「ハンナには分からない。あたしがどれだけ苦しいかなんて、どれだけもがいたかなんて」


 ハンナはそう言われ、虚を突かれる。


 クリスティーナはうつろな表情で、


「あたしには親がいない。こうやって稼ぐしか方法を知らない。こういう生き方しか知らない。環境が変わっても、自分への嫌悪はなくなりはいない」


 もうどうしようもないのだろうか。ハンナが思った時、ふとクラウスの声が浮かぶ。


 稽古が終わり、クラウスと話していた時、


『久しぶりにおばさんに会いたい。話がしたい』


 クラウスはふっと笑い、


『それを聞いたら、あいつも喜ぶよ』


『辛い話聞くの、嫌じゃないですかね?』


『嫌じゃないさ、あいつはそれを選んだんだ』


『選んだ?』


『あいつはアイメルトの出身でな、我を貫いて絶縁状態なんだ』


 ハンナは言葉を失い、クラウスの顔をぼんやりと見つめていた。


『アイメルト家では〈祝福〉を効率よく授けさせるために、その人物のトラウマを語らせたりする技術を磨いていたんだが、あいつはそれに反対し、癒す方向に技術を伸ばしたんだそうだ』


 ハンナは呆然とし、生返事を打つしなかない。


『当時は出来損ないだの、相当に言われたらしい。だが、彼女を支持するものも少なからずいた。彼女は、自分と周りの声を信じ、考え、苦しみ向いた末に自分を貫いた。そうして、俺やお前や多くの騎士は救われたんだ』


ハンナは我に返る。心臓の鼓動が速くなっていた。


ふと幻聴が聞こえる。自分によく似た、でも別人の声。


『ずっと自分を責め、力を求め続ける必要はないでしょ。クラウスやクリスティーナは貴女が闘いに飲まれないように必死に止めているし、騎士団も〈祝福〉の力は多用させない。本当は分かっているはずだよ。力を手に入れたって、貴女は自分を赦せたりはしないって』


 そうだ。私は、一人だけ生き延びた己を嫌悪し、力を欲し、〈祝福〉に依存してきた。力を求め、自分を罰することで、ミナやグレーテの死と折り合いを付けられると思っていた。だが、それは違う。


 それに、祝福とは自らの力ではない。授かるだけの他者の力。それがなくなった自分が怖かった。そんな自分を赦せるのか分からなかった。でも、この人やクラウスは、そんな自分を受け入れようとしてくれていた。その気持ちの強さは本当だ。二人の気持ちの強さに、今やっと気付けた。


 必要なのは〈祝福〉の絶大な力なんかじゃない。必要なのは、自分を思ってくれる周りの声を信じ、踏み出すことだ。自分を受け入れ、赦すための闘いに。


ハンナは無言で、クリスティーナを抱擁する。


「なっ何を……」


 私はこの人が好きだ。そして、この人に対して勘違いをしていた。この人は、私の辛さをわかってくれず、正義感だけで助言をしてくるのだとずっと思っていた。でも、違った。


 私の、クリスティーナを本当に思って、口にした助言は、彼女にとっては無意味だった。どうすれば自分を赦せるのか分からない。おそらく、それはクリスティーナも同じだ。だからこそ、ここは生き延びて、一緒にゆっくりと考えていく必要がある。


「クリスティーナ、今度、2人で王都へ行こう」


「何を急に? 意味わからない」


「何が変わるかは分からない。でも、そこでなら自分を赦せるかもしれない。それは行かないと分からない」


 クリスティーナが目を大きく見開く。


「あなたが居れば、私も自分を赦せるように、変われるかもしれないと思った。あなたと一緒にいきたい」


「何を言ってるか分からないよ」クリスティーナが困惑し、ハンナを見つめる。


「クリスティーナ、今まで本当にありがとう。貴女のお陰で、少しだけ自分を赦せるような気がした。だから、クリスティーナにも恩返しがしたいんだ。お願い、良いでしょ?」


 クリスティーナは無言で泣き出し、ハンナは静かに背をさする。そんな中、静寂を破り、どたどた、と音がする。騎士が一人、部屋の扉を開け、


「先遣隊は壊滅、後続隊が現在交戦中ですが、別地点にもう一体第弐位階が現れました。使者は命からがら逃げてきたと」


「騎士は?」


「クラウス様、エッカルト含め、数人しかいません」


「〈第弐位階〉は今どこに?」


「もうこの近くまで迫っているとのことです」


「私が行かないと」剣を持ち、ハンナが立とうとする。


「行かないで……一緒に王都へ行くって約束したばかりじゃない」その手を、握られた。


「必ず戻ってくる。だから、安全な所へ」ハンナは騎士を見据え、


「この方を安全な所へ」


 ハンナは剣を背負い、戦地へ向かう。

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