選定―2

 クラウスは、導かれるまま、部屋の中を見ていた。マガイとの闘いの歴史、そして、生態が掻かれていた。


 騎士団長はハンナを見据え、


「《祝福》を持つ者は稀です。つまり、能力者が力を出し惜しみすることは許されない。王は、マガイ殲滅を行う者を『勇者』と呼びました。王は、勇者を選定する際の基準として数種の検査機具を用意しました。この大剣(フォーミディブル)もその一つです」


「選定の基準が、この剣を抜ける事なのか?」


「そうです」


 クラウスは息をのむ。かつて《祝福》の力を求め、修行した事があるからこそ、その異様さに驚かされた。《祝福》、それはマガイと遭遇した者に稀に宿る力だ。その力はマガイを屠るごとに強大になると言われている。その絶大な力は国を傾かせるものもあると言われる。


 クラウスは数年間修業したが《祝福》を使うことができなかった。《祝福》には段階がある。マガイの再生能力を奪うことしかできない第一段階、特殊な能力を開花させる第二段階、そして更に上の第三段階。第一段階の者は珍しいとは言え、数十人の一人にはいると聞く。


「明日、ここを経ち、我々の指示に従って、対マガイ用の重要物資の移送を行っていただきたい」


「明日? そんな……無理です。武器もないし―」


 騎士団長は白銀の大剣(フォーミディブル)を指さす。ハンナにはあまりに大きく、重い。


 クラウスは今回の訪問の意図を察し、微かに呻く。現状のハンナは第一段階の《祝福》を持つとは言え、騎士としての基礎能力や実戦経験がない。《祝福》を扱える人材は確保したいが、才能も経験もない者に訓練を行う気はない、と言うのが騎士団の本音だろう。


 クラウスは横眼で大剣を見る。こんな大きな武器をハンナが扱えるとは思えない。だからと言って扱いやすく、かつ《祝福》の才を開花させるような武器を渡せるだけの余裕もないのだろう。


「訓練もせずに戦えるとは思えん……」クラウスは冷静に言い放つ。


「大丈夫ですよ、知り合いの騎士から評判はきいています。剣の才能はおありのようだし、訓練を受けた経験もある」


 クラウスは横目でハンナを見る。少女がうつむき、唇を噛むのが見えた。おそらく騎士団長は、以前、ハンナと暮らしていた騎士から情報を仕入れてきたのだろう。


 騎士団長は、ハンナの顔を覗き込み、


「各地の騎士団がマガイを殲滅する為には、我々が運ぶ重要物資が必要不可欠です。もし、貴方が王命を断れば、大勢の命が失われるかもしれないのですよ、ミナ様やグレーテ様、そしてお父上のように」


 王命、その言葉の重さがクラウスにのしかかる。本当は反発し、ハンナを連れていくなど言語道断と騎士団長をねじ伏せたいところだが、それが出来なかった。


 最悪だ。クラウスは歯噛みする。妻と話し合い、ハンナが最も回復するように、負傷の程度が低い者を治療させながら、落ち着きを取り戻させ、過去と向き合わせようとしていたのに。


 ハンナは目を潤ませ、クラウスを見た。しかし、その視線を受けることができない。


 クラウスは自身に叫びたくなる。おいぼれが、なぜ助けない。なぜ、声を上げない!


 ふと顔を上げると、若い騎士の一人と目が合う。彼はかつてクラウスが訓練したリヒャルトという男だ。


「それとも、他の命などどうでも良いですか。重要物資が届けば必ずマガイは殲滅できます。そのためには一人でも多くの力が必要だ」騎士団長の冷徹な声が部屋に響く。


「わたしは……わたしは」ハンナは拳を握り、震えていた。その瞳には、涙が溜まっていく。そして、その瞳から感情が抜け落ち、身体は脱力し、


「分かりました。戦力にはならないかもしれませんが……明日ここを―」


 駄目だ、とクラウスが声を上げようとした瞬間だった。


「自暴自棄になって、死にに行くおつもりではないでしょうね?」リヒャルトが声を上げる。


 ハンナがハッと息をのみ、顔を上げる。


「素振りは、誰のためにやっていたのです?」リヒャルトが尋ねる。


「素振り……?」ハンナが呆然と聞き返す。


「夜こっそり抜け出して、2時間程やっているあれですよ」リヒャルトが歯を見せて笑う。ハンナは拳を握りしめ、震えている。クラウスもそれは知っていた。本人の中でやらなければ気が済まないのだろう、と思っていたので止めてはいない。


「あれほどの腕になるには、何年もの歳月が居る。私にも経験があります。掌はタコがつぶれ、血が滲み、痛みさえ忘れるようになる。強い思いがなければできないことです」


 騎士団長が、驚いた顔をする。ハンナの剣の技術を低く見積もっていたのだろう。クラウスは、その二枚舌に激しい怒りを覚える。同時に、騎士団長が鞭役で、リヒャルトが飴役として、少女を丸め込もうとしている事実にも怒りを覚えた。


 そんな二人を尻目に、リヒャルトは、


「戦うのは王命です。それから逃げるためには、ここを捨て、逃げ続けなければなりません。ですが、貴女が望むなら、それもありだと思います。身分を捨て、違う街で生きていくこともできます。ですがお父様の思いを知ることもなく、かつ妹さんたちの死に向き合わずに生きるのを貴女は望むのですか?」


 リヒャルトは、ハンナの顔を覗く。少女の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。


「お父様が何を思っていたのか、ハンナ様には知ってほしいのです。そのためには、まだここにとどまる必要があります。それに、3人にしっかりと別れを告げて欲しいのです」


 クラウスは話の流れを読み、歯噛みした。騎士団長が鞭役として、無理やり戦いに参加させる。しかし、自暴自棄になられても困るのでリヒャルトが「あなたにも戦う理由があるでしょう」と諭す、そんな悪辣な方法だ。


 クラウスは思わず、「綺麗ごとで丸め込めると思うな! 訓練もなしに戦えるわけがないだろう!」


 リヒャルトはクラウスを睨みつけ、「そう言われるという事は、クラウス様はハンナ様を一人前に育て上げる覚悟があるんですね?」


 クラウスは固まった。話の流れが見えなかった。しかし、そう問われれば、答えは一つしかない。


「そのつもりだ。どうしてもハンナを戦地へ送るなら、俺も同伴する。俺がハンナを一人前にする」


 リヒャルトは目を細め微笑み、騎士団長を見据え、


「元切り込み隊長が訓練してくださるなら、ずいぶんと成長するでしょう。ここは訓練期間を設けるべきかと」


 えっ、と騎士団長が言うのが聞こえる。クラウスも動揺した。おそらく騎士団長も話の流れを操れていない。もうリヒャルトの独壇場だ。


「今は猫の手も借りたいほどに戦力が足りませんし、ハンナ様の剣技は騎士団長殿も褒めていましたから、みすみす訓練なしに投入するのは、あまりに勿体ない。そうでしょう?」


「あ、ああ……いや、そうだろうか」騎士団長は化かされたような顔をしている。


 リヒャルトは騎士団長の耳元に口を近づけ、何か話し、納得させたようで、


「分かった。そういうことなら、許可しよう」騎士団長は渋々頷いた。

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