第39話 クソ共覚悟しろ!

「……お前ら!こん……としてタダで済むと思うなよ!……を誰だと思ってやがる!俺は公共安全局の……第…隊…だ!ふざけんな!今すぐに拘束を解け!このふざけた機械を速攻停止しろ!耳聞こえねえのか!?あぁ!?まとめてぶち殺してやる!」


 ──稼働し始めたベルトコンベヤの中から男の声が聞こえてくる。

 明らかに人間のものだ。ついでに重量のある生物が室内で飛び跳ねるような鈍い音。声と打撃音は次第に強まっていく。

 エラの時とは毛色の違う「生物」タイプか──環とアキはベルトコンベヤの前で顔を見合わせた後、再びベルトコンベヤへと視線を戻す。これから流れてくる何かが友好的でないことは明らかだが、声の主曰く拘束されているとのことだ。鉢合わせたところで即座に危害を加えられる危険性は無いとみていいだろうという判断だ。環は普段通りの棒立ち、アキはベルトコンベヤの入り口に好奇の視線を注いでいる。

 こうして二人の前に現れたのは手足を拘束された制服姿の若い男であった。


「公共安全局の人間だな」

「ああ、社会の授業で習いました。一般犯罪や秩序維持に当たる組織。昔は警察って呼ばれていたらしいですね」

「不審死絡みにも携わりはするんだが、影が薄いな」

「おい、お前ら!そこの二人!聞いてんのか!?」


 年の頃は二十代前半から半ばという感じの若々しい男。切り揃えた短髪はボブカットと言うべきか。中性的で体躯もそこまで大きくない。アキも環もベルトコンベヤの上で魚のようにジタバタと暴れている青年を見るや否や、対処を後回しにして雑談を始める始末……青年はその間も声を上げ続けたが、二人には脅威に見えないらしい。


「ああ、聞いている」

「だったらさっさと解きやがれ!俺は捜査中にまんまと……」

「……まんまと?」

「拘束されちまったんだよ!見りゃ分かんだろ!」


 クソッ!畜生!足が痺れて何も出来ねえ!あのイカレ野郎共め!

 ゴロゴロと寝がえりを打つようにして暴れる青年を一先ず宥めた後、環は青年の懐から引っ張り出したナイフを用いて、彼の手足を傷付けることがないよう最新の注意を払って拘束器具を断ち切った。


「先輩、武器のこと知ってるんですか?」

「公共安全局に配属されると支給される代物だ。数が多いからな、街中で戦闘を見かける機会も多い。メインウェポンは特殊警棒。燃費が悪いからサブウェポンに刃物が支給されている」

「拘束されていたわりに武器を取り上げられてないんですね」

「燃費が悪いからナメられてるんだろう」


 ケッ……どうせ俺達に世話になったんだろ悪党め……!

 青年は暴れ続けていたことで疲労が溜まっているのか荒い呼吸を繰り返しつつ、行きを整えようと一先ずベルトコンベヤの上にゆっくりと身体を横たえる。

 ここは体術を主体に格闘技に優れた者が多く、犯罪者の逮捕や取り押さえを重視しており、護身術と非殺傷兵器を主に使用していて……。

 環は青年の懐から抜き取った黒い警棒をアキの前で伸縮させ、バトンや槍などの長い形状……あるいはカッターナイフほどの小型にまでに伸縮する様を実演した。その間説明はつらつらと口から出てくる。棒の端を摘まみ、長さを変える様はまるで手品。アキは目を輝かせ、小さく歓声を上げた。

 ──これは電流を流し、敵を攻撃するスタンガンのような武器だ。

 しかし燃費が悪く、充電がすぐ切れるため……などと珍しく饒舌になっている環の言葉を遮るようにして青年の怒鳴り声が割り込んでくる。


「武器を返せ。さっきは悪かった。俺を拘束してここまで運んだのがお前達じゃないぐらい分かってる。俺だって何がどうなってんだかサッパリなんだよ!」

「落ち着け。一体何が有ったんだ」


 環が青年の相手をしている間にアキは長机に戻り、紙コップに白湯を入れ、個包装のクッキーを数個ほど持って二人の元へ戻った。菓子とコップを手渡そうとすると青年はベルトコンベヤの上に胡坐を掻き、ひったくるようにして受け取った後、小声で礼を言った。

 環の要請に応じ、青年はようやく話す気になったようだ。

 前屈みになり、自分の膝に肩肘を突くと青年は語り始める──時刻は遡る事一時間前、彼は仕事である宗教団体の倉庫へ仲間と捜査に訪れたという。詳細に語ることは出来ないが「中にあるブツが危険物かもしれなくてよ」とのことである。

 潜入したはいいものの、向こうの数が多く劣勢に追い込まれ拘束され……逆に人質として交渉材料になってしまった。倉庫の奥に監禁された仲間達。その中で唯一意識があった青年は必死で這うようにして隣室に移動したという。


「事態はそこで発生したんだ!突然床が動き出して、此処に出たんだよ!」


 倉庫は全体的に薄暗かったが、彼等が監禁されていた部屋は真っ暗闇であった。

 隣室に移動した、というのも感覚的な話で気付けば「床が動いていた」という。


「夢かと思った。あの倉庫は狭かったしな。こんな部屋がいくつもあるようには見えなかったし、そもそもアレは工場なんかじゃねえ!」

「じゃあ何だって言うんですか?」


 俺はッ!瞬間移動したんだよッ!

 アキは思わず耳を塞いだが、環は青年の大声には慣れきった様子で平然としている。青年も青年で怒鳴り散らたと思えばもうクッキーを口に運んでいる。アキはどうにも二人のペースについて行けそうにないと感じた。


「……笑うなよ!」

「悪い。いや、そうだな」

「てっきり外からここに流す物を回収する人とかがいると思ったんですけど、そういうこともあるんですね」


 それとも彼がイレギュラーなんだろうか?──環が彼の言葉を否定しないところを見るにベルトコンベヤに流れてくる物にはまだ知らない法則があるのかもしれない。

 直視すると怒られそうだと考え、アキはちらちらと青年の姿を確認する。彼自体が何か人外めいた存在には到底見えないし、エラのように不可思議な現象に囚われている様子もない──先程所属も喋っていた。リアルタイムで生きている生身の人間で間違いないだろう。既にクッキーを平らげ、白湯も飲み干している。


「それで俺はここから出られるんだよな?……あーあー黙っててやるよ!何処の企業でも別に通告したりしねえって。お前らに殺されたんじゃ意味ねえからな!」

「出られることには出られるが」

「な、なんだよ……」


 青年の身体がびくりと飛び跳ねる。案外臆病者なのかもしれない。

 公共安全局とはいえ一番可愛いのは我が身ということなのだろうか……役人というと近寄りがたく遠い存在のイメージがあったというのに。

 彼を一人を見ただけでアキの中ではすっかり身近な存在になってしまっている。


「俺達も仕事でな。作業工程として流されてくれないか」

「ああ分かった……って、あぁ!?お前ら俺を殺す気かよ!絶対碌な所繋がってねえだろ!ふざけんなマジで……」


 その言葉に飛びつくようにして前のめりになる青年。咄嗟に一歩引く環。

 環の身のこなしが鮮やか、というよりかは青年の動きがいくらか読みやすいらしい……本当に体術を得意とする組織なのか?

 身体を震わせ怒り続ける青年を見てもアキは特に恐怖を感じなかった。

 環も彼の一挙一動に動じる様子はない──それどころか交渉を持ち掛け、その言葉に興味を持った青年に耳打ちをし、あっという間に沈めてしまった。


「それ、嘘じゃねえだろうな」

「交通費の支給もされるだろう」

「あったりめえよ!どんだけ遠方に飛ばされたと思ってんだ。……分かったよ、乗ってやるよ!」


 何を言って落ち着かせたのかは定かではないが、交通費という単語を聞くに──突然現場から遠方にワープしてきた青年の責任問題、またその移動にかかる費用について何らかの情報を与えたのだろう。嘘かもしれないけれど。

 ……社会人というのは「こんなの」でもそういうのを気にするんだろうか?

 記録へ向かう環を見送るアキと青年──気持ち手短に記録を済ませ、青年の元へ戻ってきた環は自らの手で彼の制服の上にステッカーを貼る。青年は終始「まるで道具だな」と悪態を吐いていたが、もう暴れることはない。

 そうして青年はベルトコンベヤに乗り、出口の闇の中へと消えていった。


「疲れましたね」

「ああ」

「あの人、無事にいられるんでしょうか?」


 先輩まさか嘘を吐いて送り出したんじゃないですよね?

 アキの言葉に環は確証があるとでも言いたげにあっさりと首を横に振る。


「引き出す情報も無いだろうからな。階級もそこまで高くないだろ」

「ああ、そういうことですか」

「役人もピンキリだ。あのレベルだと置くだけコストがかかる」


 あいつなら局長と交渉した後、記憶操作を受けて自由になるだろう。

 エラと比べればいくらかマシなのだが……ここまで言い切られるのは可哀想だ。

 大したことなかったのかあ──アキは小さく呟いた。

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