「テレパシスト」

 青年は窓のない部屋に横たわっていた。自分がこの部屋へ通されてから今日で何度目の目覚めになるだろうか。

 この部屋には時計も無ければテレビもラジオも無い。青年が持っていたはずの通信手段もここへ来た時点で持っていなかった。愛用の鞄ごと無くなっている。

 青年にはこの部屋に「入った」記憶が無い──厳密には入室する前の記憶だけは明確に覚えている。自らの職場が星間就労法違反を言い渡され、政府から強制執行を受けたのだ。法という大義名分を得た組織による虐殺。

 銃口を向けるのは政府の役人だけではなく、その区を統括する企業の人間も含まれていた。当然、誰もが抵抗をしなかった。一つの区画を束ねる企業と政府相手に真正面からやり合う者はいない。青年も親友も他の誰もが投降を選んだ。それでも彼等は攻撃の手を止めなかった。建物は跡形も無く瓦礫の山と化し、従業員達は皆死んでいったのだ。大義名分を手にした虐殺が行われたのである。

 当然、青年も無事ではいられなかった。何度か体の一部に穴が空いた気がする。

 それでも必死になっていたのは親友をあそこから逃がすためだった。隙を伺って親友を施設の地下通路へと送り出し、そして自らは地上へ戻っていった。殺されるつもりで、少しでも彼女が遠くへ行けるようにと敵前へ踏み出した。

 あの時死んだはずの自分がこうして五体満足で生きているのは強制執行後に自らの身柄が企業に回収されたからである──回収。気付いた時にはこの部屋に通されていた。手荷物の一切を奪われ、衣服を着替えさせられた状態でこの独房に閉じ込められていたのだ。

 幸い部屋には全てが揃っていた。食事は毎日三食提供され、シャワー室もトイレもある。寝心地は悪いが簡素な寝台もある。この国に暮らす多くの貧民より恵まれた生活を送っているだろう。


「今日で何日目になる」

『21日だよ』


 ……俺は遂に狂ってしまったのではないか?

 青年は寝台に横たわり、白い天井を見上げたままの姿勢で漠然と考える。誰もいないはずの部屋ですぐ真横から声が響いたのだから──この部屋に来てから一度だって生命の気配を感じたことのことのないこの部屋で。


『そんなに驚かないでくれ、若者よ。君の思っていることは分かるさ。その部屋にはカメラがあるから君も下手に喋らない方がいい。彼等は疑り深いから、私と喋っていることが知られたら今度こそ死んでしまうかもな』


 軽い笑い声と鼻にかかったような声。

 青年はその声に従い、上体を起こすことなく天井を見つめた。確かにこの部屋には監視カメラが至る所に設置してあってプライバシーも何も無い。独り言すら憚られるような環境だ。

 自分はテレパシストではない。最も国外、或いは星の外で確認されている能力ではあるが……少なからず国内で大手を振って彼等が活動していることは有り得ない。それらは人間ではないのだから。


『そう、仰る通り。私は外から来た。そしてまんまと捕まったわけだが。君と似たような境遇だと思ってくれて構わない。もっとも今の私はバラバラさ。胴と頭が別々の箇所にあってだね、細かく裁断されてしまったんだ。君達とは構造が異なる身体だから言うほどグロテスクではないけれど。施設にあるパーツなら時間をかければ数えられるよ。話が逸れたね……だから今は頭部の方から君に呼びかけているんだ』


 想像しただけで吐き気がする。

 青年の知識の中に確かに「テレパシスト」は存在する。出会ったことはないが、出来れば一生出会いたくはない者達。噂の中で存在していた未知の種族だ。それは種族名ではなく、単に異種族の持つ体質なのだが……まさかこのような場所で出会うことになるとは。

 だとしたらこの発信源は何処にいるのか?──自分の部屋の隣か、それとも全く別の場所から?距離に制約は無いのだろうか。自分がテレパシーを受信出来るのは何故なのか。そもそも本当にこれは現実なのだろうか。

 親友から表情の変化に乏しいことを度々指摘されていたものの、今の自分が一体どのような顔で天井を見上げているのか。青年にはまるで想像がつかなかった。


『一種の透視能力だよ。君より上の階にいる。身動きも取れないからたまに施設の中を覗いて、捕虜に呼びかけるのが趣味なのさ。こうして返事が返って来たのは君が初めてだけども。そして君が何故ここに来たのかは何となく分かった。安心していい、君が私のように『受信機』になることはないだろうから』


 テレパシストと出会ったことのある者は皆一様にして彼等を嫌った。

 彼等は何でも見透かしてしまい、そして仲間同士でテレパシーを送り合うという──ただ陰口を叩かれるだとか、そんなことで済めばいいのだが。

 戦場で出会うことを考えると背筋が寒くなる。そのような者達が人間社会に受容される可能性は無いといっていいだろう。

 『受信機』が何を意味しているかまでは分からなかった。この企業が作っている製品だろうか──だとしても一人の異星人から作れる器具には限りがあるだろうし、そして何より主力商品となっているならば自分が知らない筈がない。同じ区に住む同業者だ。まあ、今となってはそれが何であろうが囚われの自分には関係の無いことではあるのだが。


『ああ、流石の私も未来まで視ることは出来ないが。君はもうすぐここから出ることが出来るようだよ。上階でここの従業員が考えているのを見たからね。どうやら他区に引き取り手がいるらしい。羨ましい限りだ。君の値段までは知れなかったけれど』


 青年は上体を起こしかけ、少し考えてから再び寝台に身体を預ける。

 自分にそれほどの価値が有るとは思わなかった……というよりも、自らの身柄が知らず知らずのうちにオークションにでも出品されていたのだろうか?

 強制執行の裏で身柄を確保された人間を引き取ろうとする組織団体、或いは一個人の存在を想像すると寒気がする。奴隷を解放する為に大金を叩くものはいないだろう。今はこうして自由こそ無いものの生きていられるが、誰かの手に渡ればその時点で殺される可能性すらある。

 このテレパシストはもしかすると自分とは比べ物にならないほどの時間をここで過ごしているからこそ、そのような発想に至るのかもしれないが……少なからず自分にとって決して良いニュースではない。


『名前は知っているよ。フレデリーク・マリという。何処かの組織の代表だってね。この星の女性の名前だと思うのだが。君の知り合いではないようだな。安心しろとは言わないが、此処だっていつまでも君を置物にしたまま生かしておくとは思えない。少しでも自由になれる可能性があるならそこに賭けてみてもいいんじゃないか?』


 もっとも私にはもう出来ないことだから。そこでも監禁されるかもしれないどね。

 青年の傍でくつくつと笑い声が聞こえる。相変わらず活舌の悪い発声だ。よくよく考えると声は傍で響いているわけではなく、青年の頭に直接届いているのだが──慣れとは怖いもので、案外すんなりと状況を受け入れてしまう。

 少しでも自由になれるなら。その言葉が青年の中で何度も木霊した。

 そうだ、少しでも自由になれるのであれば──自分は親友を探さなければいけない。彼女の生死を確認し、早急に合流する必要がある。復讐は考えていない。ただ彼女と生き、力になれるのであればそれで良い。

 テレパシストは早速こちらの心を読み取ったのか、笑いが止まらないといった様子である。やはり彼等のイメージは故郷で聞いた通り、良いものではないらしい。

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