第23話 施設生活における中間報告

 何も流れてこない時間は自由時間であり休憩だ。

 アキは持ち込んだ紙に落書きをしていたり、紙を折ったり、時折席を立って身体を伸ばしてみたりと自由に過ごしているが、環はいつも何処か遠くを見つめて眠るでもなく座っているばかりである。今日も今日とて環は漠然と一点を見つめていた。違いが有るとすれば昨日はその対象が床であり、今日は天井であることであろうか。

 それに対してアキはいつも異なる行動を起こす──今日に至っては罫線付きのノートを広げて忙しなく手を動かしている。普段から環は彼女が何をしていようと話しかけられない限り、顔を向けることもしない。例に漏れず今もそうだ。


「先輩。私、これまでに知ったことを一度整理しようと思ったんですよね」

「何だ突然。外部にでも漏らすのか」

「いや、ここの仕事……頭がこんがらがってどうしようもないので。ここらで一応整理しておこうかと」


 アキは半ば押し付けるようにしてノートを環の方へ向ける。流石にここまでされて無視するわけにもいかなかったのか、環はちらりとページに視線を向けた。

 一頁目には大きく「蘇生技術?」「正しい死因」と書かれている。全体的に角ばっていてそれほど綺麗とは思えない字体だ。疑問符付きなのは蘇生技術であるのか判断が付かないのだろう。アキが最初に死亡した際の事例、目覚めた時に外傷や痛みはなく現時点では後遺症も見当たらない。至って健康体であることが記されている。


「まず正しい死因以外で死ねない技術について。これは蘇生じゃないと思うんですよね。傷が直るでも時が戻るでも無いんでしょう?」

「例外はあるが、パッと身体が入れ替わってるというか」

「特別なカメラでもないと実証出来ないでしょうね」


 目を話した隙に死体が何事も無かったかのように綺麗に復元されたかのように見えること──二人は既にこれを経験しているが、自分が他人になってしまったようには思えない。空間から死体だけを切り取って異なる空間から同じものをコピーしてペーストしたような……とはアキの記述である。


「二ページ目もストレートなんだな」

「新人賞の獲り方にコンクールでは書き出しを読んで面白くなければ廃棄すると書いてありましたから」

「新人賞は獲れたのか」

「いいえ」


 小説とレポートとでは勝手が違うとは思うのだが。

 差し出された二ページ目にはこの施設は何らかの研究施設である──という仮説について書かれているようだ。

 アキがそう考えるようになった根拠は大まかに分けて二つ。先ずは部屋へ運ばれてくる物が戦争と関係の深い事物であること。ただの小石や道具の類が運ばれてきた時にはまだそれも疑問の段階であったらしいが、不審死体や不可思議な現象を引き起こす道具達の存在と国内の噂とが結びついたらしい。

 そしてもう一つは自分達が行う記録やシールを貼る作業に意義が感じられないということだった。シールを貼った所でモノの暴走を止められるわけでもなければ著しい変化が起こるわけでもない。それでいて二人も人員が配置されていて、死亡する度に何度も蘇生する──そして先日のタキシードの時のように作業指示が出ることもある。


「よく考えるな。こういうの」

「人間は理由を求める生き物だと思うんですよ。自分がしていることが不安だから、名前を付けて克服しようとするんです。だからこの国には昔から妖精とかそういう生き物の話がたくさん残ってるんじゃないですか」

「全く知らない」

「小学二年生ぐらいまで読み聞かせとかなかったですか?馬鹿馬鹿しいと思って私もろくに聞いてませんでしたけど。聞くだけならまだしも八歳にもなって復唱させられたりとか恥ずかしいったらないですよ」


 環はアキの言う童話の類を知らなかった。思い返せばかつての隣人が自分にそうした話をしたかもしれないが──興味が無かったのだろう。何も思い出せない。

 アキは特にそれを可笑しいとは思わなかった。あくまで自分の学区の小学校がそうであるだけかもしれないし、幼稚園や保育園に通っていない子供というのはそう珍しくない。

 何より誰かに偉そうな口を利けるほどアキの態度は幼少期から良いものではなかった。わざわざ一時間授業の時間を削って八歳にもなる子供に絵本を読み聞かせるなんて。読み聞かせるだけならまだしも、ページの一部を全員で読まされる……といった場合は最早拷問だ。その年の子供が考えるにしては生意気だが、アキは正直恥ずかしいとすら思っていた。環ももし同じ環境で子供時代を過ごしたならきっと同じことを考えただろう。

 そうしてアキの手がページを捲る。ページには「施設の最終目的」と書かれていた。環はタイトルとその後に続く書きかけの文字の羅列を覗き込む。


「生き返らせるんだから死なせたくはないと考えるのが自然でしょう」

「それはそうだな」

「我々にとっては意味のない行動でも、施設側にとっては何かしらの利益があるはず。大金貰ってるんだから当然ですけど。だとすればきっと情報ですよね。死んだり、凍ったり、変な動き方をしたり……」

「ああ」

「でもこの国にそんなものが溢れていたとして。キリが無いと思うんですよね。兵器利用するとして、施設は当然この国にだってまだそんな技術はないはずです」


 兵器利用、商品化、無力化──様々な単語に一つ一つ二重線が引かれている。アキが想定し、然しどれもそうではないと否定したであろう可能性。「調査」「実験」にだけは丸が付けられている。こんなことを言ったらアキはいい顔をしないとは思ったが、答えが出ていないではないかと言いかけて環はすぐそこまで出かかっていた言葉を引っ込めた。彼女の事だから怒りはしないだろうが、この手の推察を否定されるのは凹みそうだ。


「もしかしたら戦地……戦地由来の物だと勝手に仮定してますけど、あれらに触れ続けた影響が見たいんじゃないかと思わなくはありません」

「一般人は触りたがらないだろうな」

「少なくとも普通は触れたくないもの。実際に私達は何度か死んでいて、それでいて何度も生き返らせる必要がある……。うわあ、結局振り出しですね」

「前任者も似たようなものだった」

「度々出てきますけど、その人も変わり者ですね。実はノートに先輩の項目も作ろうかと思ってやめたんですよ。人間関係複雑っぽいですから」


 環は思いもよらない飛び火に恐る恐るノートの先を読み進めたが、少なくとも見える部分にはアキの言うように自分に関する記載は無いようで一先ず安堵の表情を浮かべる。庭師、恩人、仕立屋……隠しているわけでもないし、恐らく年頃の少女であるアキが考えているような関係ではないのだが。如何せん女性が多い。

 今後話していくこともあるのかもしれないが──その時はいよいよ恋愛ドラマの相関図さながらのややこしい図形がこのノートに追加されるかもしれない。

 

「まあ、先輩はあまり深い事話したがらないみたいですけど。同じように長い事ここにいれば分かることも増えていきますよね。知っていて話してないことがまだまだ沢山あるんでしょう。そんな気がしてならないですよ」

「それは期待していいだろうな」

「真面目ですもんね、私」


 環は最早何も言わなかった。自分も真面目に仕事をやっているとは思えなかった上、アキに突っ込んだら何だか負けた気がするというのが理由であった。

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