第一話 諸々の出会い

 十一月。

 その日の新宿二丁目はやけに冷えていた。

 俺は一人、友人の花凛(カリン)を待ちながら、バー・カルナバルでクラフトビールを楽しんでいた。

 バー・カルナバルは花凛のお気に入りで、花凛と飲む時は必ずここと決まっている。

 バー・カルナバルのママは髭剃の青い後の残る五十代半ばのニューハーフで、常連客の俺が一人の時は静かに飲むのを知っていて、オーダーを置くと直ぐに消えてくれる。

「君、一人?」

 黒いスーツの男が俺の隣に座り、話しかけて来た。

 ここに来ると、出会いを求める男達からいつもこうしてお声が掛かる。

 同性愛への偏見は一切ないのだが、俺にはそっちのけは一切なかった。

「悪いけど、コレがいるんだ」

 俺が小指を立てて言うと、男は「何だよ、そっちかよ」と言って、舌打ちを残して去って行った。

 やれやれである。


「ちょっと、見てたわよ。双一、またナンパされてたわね」

 そう言って俺の両肩を叩いたのは、待ち合わせの友人、須羽花凛(すわかりん)だ。

 花凛はサラサラのロングヘアーの黒髪を揺らせて俺の隣に座ると、ミニスカートから覗く白い足を組んでショルダーバックからメンソールを取り出して火をつけた。

「花凛、遅かったな」

「ごめんね。仕事が遅くてさ。それにしても、あんた、相変わらずおモテになるわね。女は諦めてそっちの道に行けば」

 花凛が可笑しそうに言うが、こっちは男にモテても面白くもなんともない。

「お前の方こそ、男にモテるんだから、こっちの道に来たら」

 俺が言うと、花凛は、「まさか」と言う。

「男は双一だけで懲り懲りよ」

 花凛が紫煙を吐き出した。


 俺と花凛はお互いが十九の時、付き合っていた。

 お互いの友人の付き合いで行った合コンで知り合った俺達は意気投合し、花凛からの告白で付き合うこととなったが、分かれも花凛から切り出された。

 花凛はレズビアンだった。

 別れ話の時、レズビアンなのにどうして俺と付き合ったのか、と訊くと、花凛は「だって、あんた、可愛い顔してたから。気も合うし、あんたなら大丈夫かなって思ったんだけど、やっぱり私、女の子相手じゃないと無理みたい。だから分かれて」と言った。

 俺の方も、花凛に対する愛情が恋愛感情で無い事に薄々気付いていたから、すんなりと別れる事を了承した。

 しかし、気ばかり合う俺達は、恋人として終わった後も、こうして二人で会っている。

 今日は、花凛が俺の引っ越し祝いをしてくれると言うので、こうして待ち合わせをしたのだった。


「新しいウチ、今日からだっけ?」

 オーダーを終えた花凛がおしぼりで手を拭きながら言う。

「ああ、昼間に荷物を運び終えたとこ」

「それは、お疲れ様。しかし、昨日までボロアパート暮らしだったあんたが、まさかマンション暮らしになるとはね。詐欺のお仕事はそんなに儲かるのかしら」

 詐欺のお仕事とは、俺の拝み屋の仕事の事だ。

 花凛は俺の仕事の事を知っている。

 その上で俺の事を、いつも詐欺師と罵るのだ。

 だから、いつもの事、と詐欺師呼ばわりされても聞き流す様にしている。

「たまたま見つけた物件でさ、家賃が破格だったんだよ。まだ新しいマンションなのに、その部屋だけ、妙に家賃が安くてさ。部屋も気に入ったんで、即、住む事にしたんだよ」

「ふーん。ねぇ、それって大丈夫なのぉ?」

「何が?」

「妙に家賃が安いってとこよ。事故物件なんじゃない? 幽霊が出るとか」

「ははっ、あるわけねーだろ。幽霊とか、いてたまるかよ」

「あら、あんたがそれ、言っちゃうわけ」

「俺だからこそ言うんだっての。幽霊なんかいるかよ」

「はーん、双一、悪いんだ。霊も信じてないくせに、拝み屋なんかやっちゃってさ。あんた、いつか天罰が下るわよ」

「天罰なんか、それこそねーよ」

 俺はビールを煽ると、ちょうど花凛のオーダーを持ってきたママにお代わりを頼んだ。

「そうちゃん、飲み過ぎちゃダメよ。アナタ、お酒弱いんだから」

 ママが俺に言う。

「分かってるって、ママ。ママの店だと酒が美味くて、つい飲み過ぎちまうんだよ」

「あら、そうちゃんったら、上手なんだから。ふふふっ、一杯おごるわ。ワタシからの引っ越し祝いよ」

 ママがウインクをする。

 俺は、さわやかな笑顔を浮かべて、「ありがとう、ママ」と言う。

 その様子を、呆れた顔を浮かべて花凛が見ている。

「もう、双一ったら、人ったらしなんだから。ホント、呆れるわ」

 花凛が梅酒ロックの入ったグラスを揺らす。

 氷がグラスにぶつかって小気味いい音がする。

「言いがかりは止せよ。俺は、単に人がいいだけさ」

「なーにが。その可愛いお顔で、このバーの客の男をたらしこんでいるくせに。ほら、見なさいよ、あの、カウンターの壁際にいる男、さっきから物欲しげな顔であんたを見ているわよ」

「うん?」

 花凛に言われて見ると、キザそうな二枚目が俺を見ていた。

 俺と目が合うとキザったらしくニヤリと二枚目は笑う。

 俺は直ぐに目を逸らす。

 関わり合いになると面倒だ。

「はぁ、私も……誰か可愛い女の子が私を見ていないものかしら」

 花凛が長いため息を漏らす。

「お前の言う、可愛い女の子ってどんなのよ?」

「そりゃ、清楚可憐な美少女よ。あーでも、綺麗なお姉様タイプも捨てがたいなぁー。あーっ、出合が欲しい! 恋がしたい! 恋がしたーいっ!」

 花凛はそう叫ぶと、梅酒ロックを一気飲みした。

 そして、ギラギラした目をして俺を見る。

「双一、今夜は飲むわよ! とことん付き合いなさい! お互い、理想の恋愛について語り明かすのよ!」

「え、何それ? なぁ、今日って俺の引っ越し祝いで間違えないよな?」

「そうよ! 引っ越し祝いの名を借りた、恋愛座談会よ!」

 花凛の目が座っている。

 このノリは何だ。

 嫌な予感しかしない。

「俺、急用思い出したわ。帰っていい?」

 引っ越しで疲れているのに女の恋愛話し何かにつきあっていられるか。

 しかし、花凛は俺をいたわることを知らない。

「帰っていいかって? ノー!」

 花凛が席を立とうとする俺の肩をがっしりと掴む。

「逃がさないわよ! 二丁目の夜はこれからよ! ママ、梅酒ロックお代わり!」

「花凛、勘弁してくれよ!」



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