君と夏と

糸式 瑞希

夢を巡る

 また、いつか君と会う。日々が巡る−−−


 ある夏の日…、学校の授業で俺たちは水泳の授業を受けている…。

「百花繚乱、…か」

 突然、ボソッと悪友の立花が俺の隣でそう言った。

 彼の言う通り、プールサイドには、色とりどりの花たちが咲き乱れていた。

 目前で繰り広げられる光景に、俺は困惑を隠せない。

 こんな授業を面積の少ない衣類で行わせるな…。心のなかでどこにとも無く諫言した。

「困るよな」

「うん…?ああ」

 体育座りのまま、俺はプールサイドの床を見た。

「日差しが、強いな…」

 空を見上げて俺は言った。

「まあ、な…」

 一条の声も、戸惑いを隠せない様子だ。

「もっと暑いところもあるらしいぞ…」

「ホントか…?それ」

 これ以上…?


 授業を終えたあと、寮の自室にて、俺はクーラーの風を浴びていた。

 すがすがしい風が、部屋の中を吹き抜ける。文明の利器の名を欲しいままにするこの白物家電には毎度頭があがらない。

 しばらくそうしたあと、俺は机の上のパソコンと向き合っていた。

 日課の作文…小説を俺は書いている。

 まあ、今は趣味の域だが…いつかプロになれれば、それも良さそうだ。

 小説家…。

「将来の夢、か」

 独り呟いた。


 寮の廊下の自販機でコーラを買う。

 少し歩いた先のドラッグストアには500mlのものは100円前後で売られているから、数十円のショートだ。

 まあいいか、と深く考えない事にした。

 だが、やはり、かなり勿体無い気がする。俺ってセコいんだろうか?


 自室にて、同じ部屋の寮生の一条が、麦茶を作っている。

「相変わらず、麦茶、好きだな」

 一条はちらりとこっちを見たあと、前を見据えて、

「まあな」

 とだけ言った。

 ネット通販で買った麦茶の素のパッケージに書かれたキャッチコピーを読みながら、片手のコップの麦茶を飲む一条。

「うん」

 一条が言う。

 何が「うん」なんだ…。

 そんな彼を俺は側から見ていた。


 俺は椅子に座って、ラジオの電源を付けた。

 聴いていると、人々はまあ千差万別であるということを思い知らされる。

 ラジオ…。まるで自室が宇宙のような場所で、俺は何かと情報の通信をしているような…。

 そんな不思議な感覚がする。これがラジオ本体を用意すれば無料で聴ける、凄いと思う。

「ラジオ、好きだな」

「うん…?まあそうだな…、ながら作業には良いかもな」

 俺は曖昧に返答した。


 一条と話す。

「なあ、鏡の世界って、知ってるか?」

「鏡の世界?」

 一気に話題が浮つく。

「鏡の向こう側に別世界があるらしいんだ」

「二階の階段の途中の…」

「おいおい、この年にもなってそんなの信じてるのか?俺たち、高校生だぞ」

「いや、これ以外にもこの学校には色んな噂が…」

 彼はそう熱心に語った。


◇◇◇


 ある日、寮の同室の立花が、部屋中を清涼飲料水のペットボトルで埋め尽くすという暴挙に出た。

 事の始まりはこうだ。

 要約すると、オレンジジュース至上主義の立花と、麦茶こそを至高とする一条との意見が食い違った。そしてそれを受け、さらなる優れた飲料を探すべく、立花は二週間分のお小遣いを使い尽くした。

 その結果、俺たちの部屋はペットボトルや缶のカラ容器で散乱していた。

「なあ、どんな飲み物が優れているかなんて、もうどうでもいいだろ」

 俺がそう尋ねると、

「いや、もっとも優れた飲料はオレンジジュースだ」

 彼はそう言って聞かない。

「その、緑茶はどうなんだ?」

 彼は手に持っているペットボトルのラベルを見ると、

「うん、苦いかな、でもこれ痩せるって書いてあるな…凄い飲み物なのかもしれない」

「なあ、もう飲み物なんて好みの問題でしかないと思うぞ…何でも良いだろ…」

 それを聴いた立花は手に取った容器をテーブルの上に置いた。

「何でも良いと言ったな…?」

 そう言った立花は冷蔵庫を開け…

 一条の作った麦茶の入ったガラス瓶を手に取り、

 コップに移すと、一気に飲み干した。

「あ…」

「ど、どうなんだ?」

「イケてるわ、麦茶…」

 俺たちは、しばらく黙り込んだ。

「いいよこれ」

「そうか…」


◇◇◇


 ある日、俺は、授業中に立ちくらみを起こしてしまい、そのまま保健委員の肩を借りて保健室に辿り着いた。

 ベッドを用意され寝転んだ俺は、そしてそのまま、寝り込んでしまった。

 俺が眠りから覚めたのは夜の7時頃…


「あのー…」

 返事はない。

 夏の夕暮れ…、静まり返った校内。

 不安になってきた俺は、

「誰かいませんかー?」

 と弱気な声でそう言った。


 だんだん怖くなって、保健室を思わず飛び出す俺。

 っと…、そこに人影が鉢合わせた。

「ん…?誰だ…!?」

 俺がそう言うと、

「河合くん?」

 と、前方から聴こえた。

「み、三廻部…?」

「偶然…」

 彼女は驚いてそう言った。

「三廻部…、こんな時間にこんな場所で何を…?」

「私…?私はクラス委員会で話し合いしてたところ…」

 クラス委員会の井戸端会議…それほど話し込む事があるのだろうか?

 女3人よれば…とは言う。委員会の顔ぶれは知らないが、

 まあ、話題に尽きることは無いものなのかもしれない。

 俺が色々考え事をしていると、

「河合君はなんでここに?」

「俺は…いろいろあって保健室で寝てた」

 それを聞いた彼女は少し笑って、

「そっか…」

 と、少しおかしそうにそう言った。

 夜の校舎をふたりで歩く。

 夏の夜の気候の割には空気が軽い。

「最近、何に凝ってる?」

 有り体な話題提起…俺はそれに、

「うーん、スニーカー集めかな」

 と、当たり障りのない返答をした。

「へぇ…」

「ナイキのバッシュが熱くてさ…エアマックスって知ってる…?」

「名前だけは。でもあまり詳しくないし、興味ないかな」

「そ、そうか…」

 俺は正直、少し、ガッカリしていた。靴は女性からするとファッションに於いて、あまり重要度の高くない物なのか?

それとも三廻部だけが変わってるんだろうか…?それか、女性物の靴しか履かないのかも知れない。ミュールとかパンプスとか。

「そういう三廻部の凝ってるものは?」

「わたしはコーヒーかな」

「コーヒー、か…」

 俺もたまに飲むことはあるが、そこまでのめり込む程好きではなかった。

「豆で挽いたものより、インスタントのものが好きかな」

「そうなのか…」

 どう違うんだろう。


「他に興味のある事は…?」

 彼女が促す。

「うーん、シンセ…かな?」

「えっ、シンセってシンセサイザー?楽器の…?」

「まあ、有り体に言えばそうなるかな…」

「すごい…!河合くん、いつかはミュージシャンなのかな…!?」

 スニーカーの時とえらい反応が違う。

 モテるなら靴より楽器ってことらしい。

「いや、それがさ、デザインに惹かれて買ってはみたんだけど、使い方が全然分からなくてさ…」

 それを聞いた彼女は満面の笑顔から緩やかに表情を変え…

「そう…、いつか、河合くんの曲が聞けるのかな」

 落胆の顔でそう言った。

 良くない雰囲気だ…。俺は方向転換をするべく、

「そういう三廻部の最近気になってるものって何…?」

 と逆に聞いてみた。

「私?うーん…youtube…かな?」

 良かった、まともそうな話題だ。

「ロバート秋山のクリエイターズファイルが最近の一推しかな…」

 リアクションに困るが、彼女が骨太な感性の持ち主なのはなんとなく伝わってきた。

 そうやって…しばらくふたりで話をしていた。

 今日はこんな事があった、明日は何がある…取り留めのない会話…。

 色んな話をした。

 あまりに上手く話すことができるので、俺は彼女と俺は相性がいい、特別な関係かもしれない、そんな気がしてきた。


 そこでふと、会話が途切れた。彼女がこちらを向いて、何かを言おうとしている。

「−−−」

 うまく聴き取れない…。


『あのね…』


 そこで、目が覚めた。

 俺は、日が暮れた夜の学校の保健室で寝ている…

 夏の夜の夕暮れ。校舎の中…。

「すいませーん…」

 返事はない。

 みんな、俺のことを忘れてしまって、下校してしまったのか…?


 怖くなってきた俺は、慌てて保健室から顔を出した。


 するとそこには…

「あれ、河合くん…?」


 ん…?三廻部…?


 微笑む彼女がそこに居た。

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