君と夏と

糸式 湊

夢を巡る

 ある夏の日…。

「なあ、即席麺って脂質、糖質、タンパク質がバランスよく入ってるスーパーフードな気がするんだが…どう思う?」

 突然、寮の同室の友人の一条がこう言った。

「ん?ああ…どうだろう…そんな風には見えないが…」

 俺はそれにそんな風に曖昧に返答した。


 いつもの様に机に向かって、俺はパソコンで小説を書いていた。

 寮の同室の彼は、俺の気を引く気なのか、時々、変わった事をこうやって俺に尋ねてくる。

 無言の部屋で間が持たないのが気になるのかもしれない。

 だが…、その内容が不思議と毎回バリエーションに富んでいて、

 俺も気のりはしないにせよ、そのやり取りに渋々付き合う、と言うのが俺たちの日常のお決まりの風景になっていた。


「じゃあ、夏に冷房の中にいるのと、冬に暖房の中にいるの、どっちが過ごしやすいと思う?」

 究極の選択かも知れない。俺は…。

「まあ、あえて言うなら、春夏秋冬の中では、秋に常温で過ごすのが過ごしやすい、かな…」

 と、提示された問いに何気なく逆らった。

 彼はそれをさして気にすることもなく、

「秋…か」

 と、ぼそぼそと小声で反芻する。

「よし、登場人物の名前、秋にしようか」

 とは言ってはみたものの、実際の小説の執筆作業の進捗はと言うと、やや難航している…。

 しばらく作業をやめて考え事をしていると、


「どうだ?成果の方は」

 なんと言うか、もう少し…、手心、というか…。痛いところを突いてくる…。

「まあ…、絶賛進行中だ」

 つい虚勢を張る俺。

「そうか、それは好ましいな」

 彼が頷きながらそう言って、それからしばらく置いて、部屋には無音が続いた。

「少し疲れた。今日はもうやめておく…」

 まあ、このまま描き続けても進捗はないだろう。

「そうか…少し横になれよ、麦茶でも飲むか?」

(俺たちの部屋の冷蔵庫には、一条お手製の麦茶が常備されている)

「いや、いい…」

 そう言うと俺は、部屋に備え付けられた二段ベットの上の段に、本棚から漫画を数冊手にとってよじ登った。

「そうか…」

 彼は彼なりに俺の心配をしてくれているらしい。


 布団の中で漫画を読む。10分ほどで眠気が訪れ、俺は眠りについた。数時間後、目が覚めた俺は…、喉がカラカラになっている事に気づく。

 冷蔵庫の麦茶を飲んだ後、俺は何を思ったのか、夜のグラウンドで、夜空の月を見ていた。やたら大きな月だ…。

 風が吹いている…少し冷えてきた。部屋に帰ろうとする俺。

 すると…

「あれ…河合くん?」

 声が聴こえた。俺を呼び止めるその声は…

「ああ、三廻部か」

 彼女の声を聴くのは、久し振りだ。

「あれ以来だったか…?夜の校舎の…しばらく会わなかったな」

 考え事をしながら、慎重に言葉を選ぶ俺。

「夜の…?そう…、なんだったっけ…?」

 彼女の記憶には、前回のことは特別なイベントとしては残っていないようだ。

 乾いた夜気が、冷たい風になって吹いている。

 風に当たりながらがら、俺たちはしばらく、二人、そうやって佇んでいた。

 絵から景色を切り取ったかのような、まるで何かの絵の中に入り込んだみたいな、そんな不思議な感覚がする。

「三廻部、あの…何と言うか…」

 上手い言葉が出てこない。

「何?」

 彼女がこちらを見据えながらそう言う。

「いや、なんでもない…」

「何それ…」

 若干、焦る俺。俺はちゃんと彼女の話し相手になれているだろうか?

「そういえば…」

 不意に彼女がそう言う。

「ん?」

 何だろう?

「小説…書いてるんだよね、どうなったの?」

 唐突な問いに、俺は少し戸惑った。

 そして、学校内の情報網…広いようで狭い…。

「ああ…、誰かから聞いた…?そうなんだ、小説家になるのも良いかなって…」

「そっか…」

 あまり、歯切れがいい返事に聞こえない…、彼女の声のトーンで、そんな気がした。

「あんまり、現実的じゃないかな?」

 そうかも知れないと思った。小説家に限らず、物作りは狭き門だ。(まだなってもいないのに考え過ぎだろうか…?)

「そんなことないんじゃない?私、応援してるよ」

 そう言われて、俺は嬉しい…、のだろうか?煮え切らない彼女のリアクションに、実のところ複雑な心境だ。

 その心中に、俺はこんな感情を抱きたくない…。なんて…、でもまあ、格好がつかないのが内心での出来事で、助かった。

「そうか、ありがとう」

 と言ってはみた所…、焦る…。

「きっと上手くいくよ」

 そう言って、彼女は俺に微笑んだ。

 意を決して、俺は…

「あの、いつか俺の小説…」

 そう言ったところで…、不意に目が覚めた。


 ここは…どこだろう…?

 見慣れた天井…自室の、二段ベットの上の段…。

「おう、目が覚めたか?」

 寝ぼけている俺に話しかけてくる声の主は…

「一条か…」

 寮の自室…、俺たちの部屋だ。

 …夢…か。どうも、夢を見ていたらしい。

「三廻部と、夢での逢瀬か?」

 それを聞いて、心拍数が一気に上がった。なんと言うか、心臓に悪い。ものすごく。

「ん…?寝言…聞こえたか?」

 寝起きの頭で、なんとか体裁を取り繕うとする俺。思わずそんな言葉しか思い浮かばなかった。

「現実でも上手く話せるといいな、応援してるぞ」

 まるで母親の様な事を言う。

「相部屋の良くないところだな、これは…」

 そう言うと、俺は渋々起き上がった。

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