‐X――もしくはcross 其の参
エジソン先生は、そのあとすぐに設計図の通りの部品を作り上げ、水を入れアンテナとして作り上げた。それをマイクとスピーカーのついた本体へと移植し、霊界通信機を完成させる。
けれども、通信実験に成功することは、永い間無かった。
一九一四年――私がそろそろ帰国しようとしていた時、通信機が音を立てた。
とても静かに。
そして、機械は告げた。
『姫子を、連れてきてほしい』
声を聞いたのは、私と先生だけ。
他の人間は出払っていた時だった。
音質は悪く、誰の声かとは判別できなかった。女性の声であることだけは確かだったけれど。
三人が揃うと、また通信機が音を立てる。
『まずは完成おめでとう。こちらは宮殿の中から連絡している。ここは良い所だ。時間が無いから、日本語で話している。トーマスには、あとで翻訳してあげて欲しい。真に、死後の世界はある。この世のどこの宗教とも違うようで近しい、そんな死後の世界が』
「あなたは、誰です?」
『時間が無いので、答えられない』
「わかりました」
『では、姫子。君は、今辛いかもしれない。でも、絶対に幸せな時が訪れる。君が巻いてくれた種は、いつか絶対に大輪の花を咲かせるのだと分かってくれよ』
「はい」
『最後に、トーマス。君もいつか来るのかもしれないが、こちらは思ったよりも悪くないぞ。最高に幸せかと言われたら、そうだとは言いにくいが……まあ、君が思っている以上に生きている者の世界とこちらが近いということは分かってもらいたい。じゃあ、待っているよ』
――なんて言った?
エジソン先生は、そう聞いてきた。
私は、そのままに言葉を訳すと、彼は一言だけ「エレナ」と呟いた。
◇
先生は、通信機の開発を発表することはなかった。
開発は継続中ということにして、機械の真実に関しては秘密を貫き続ける。
僕が日本に帰った後も、結局表沙汰になるようなことはなかった。
帰国の前、先生は研究室のエントランスの床を引っぺがし、そこに自分の研究をまとめた手記――それも姫子たちと出会ってからの、最高の秘術をまとめた部分のある手記を、だ――を隠した。
誰かが見つけようとも、それが朽ちようとも構わないというように。
「誰かが見つけるというのなら、それでもいい」
「そうじゃなくてもいいんですか?」
彼は頷いた。
「もしも、この手記が見つかるようなことがあれば、恐らく運命だよ」
「運命ですか?」
「それは見つかる運命、見つける運命だったものだ。それを誰かが、どう扱おうとかまわないと思ったんだ。なるようになる結果だってね」
「科学と同じですね」
「おっと、いいことを言う」
先生は笑った。
科学は人を生かし、豊かにする。
同様に人を殺し、絶望させる。
「誰かが見つけたときに、これを有効に使ってくれて、あの通信機も動かしてくれるのかもしれない。もしくは通信機だけが独り歩きして、こちらの手記は見つからないかもしれないしね」
「それでも、いいんですか?」
「いいんだ。それでも」
先生はひと際楽しそうに言った。
「死後の世界というのは、この世の一枚の膜の外でしかないってことを知った今、いつかは他の人もたどり着くことがあるかもしれない。そんな未来も、遠くはないだろう。わたしが死んだあと、そんなに時間はいらないはずだ」
「先生……」
「まあ、恐らく会えないかもしれないが、少し先に向かって待っているだけだよ」
それが先生と交わした最後の会話となった。
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