-3- 其の弐
「携帯電話は、取り返しておいた」
車の中で、レオに手渡された。
SDカードはすでに抜いてあるらしい。
「ところで、協力の礼をしたいと思うのだが、金で問題ないか? 君の彼女にでも、何か買ってあげるといい」
電源を勝手につけたな、この人たち。
ロック画面も待ち受けも、僕は彼女の写真にしている。
例えば、今破格の値段を提示され、受け取って日本に帰ることもできるだろう。
けれども、僕の中には目の前で人が死に、それが自分のせいであるという最悪の思い出を手土産に帰るだけだ。あの機械のことも、何も分からないままに。
「金銭ではないものを、望んでも構いませんか?」
そういうと彼らは少し驚いた。
「例えば、あなた方は言ってましたよね、あれは本物だけど失敗作だって」
「そうだ」
「なら、その理由を教えてほしい。それに、ならば、どうやったら僕はいつまでも彼女と話ができるのかを知りたい」
「彼女は……もう?」
「いえ、もう間もなく、みたいなものです」
運転していた男が言う。
「なら、アナタは帰るべきだと思いますよ。傍にいてあげなさい」
「そういうんじゃないんです。僕は知りたいだけです。人はどこに行くのか」
「分かった」
とレオは言う。
「なら、君の疑問に答えよう。そして、君に必要なものを見つけなさい」
「ちょっと――」
運転手の言葉を制し、再度僕に尋ねる。
「遠回りになるが、構わないか?」
「問題ありません」と僕はまっすぐに答える。
「では、私たちについてきてもらおう。イギリスへ」
そんなわけで正式に入国したロシアを、僕は不法に出国する。
向かうは、イギリス。魔術の本拠である。
ロシアの西端まで車は走り抜け、止まったのは静かな港だった。
時間は夜。誰もいない、静かな港。
自分の足音さえ、轟音のように響くような気がした。
僕は今、法を犯そうとしている。
緊張せずには、いられない。
「迎えが来るまで、少しここで待機になる」
「わかりました」
特殊部隊の彼らから離れて、物影に隠れていると、そこにまたソラが姿を見せた。
彼が普通の人間ではないのは分かる。
でも、本当の正体は、何なのだろう。
「なあ、君は何者なんだ?」
「ボクは自分の正体について説明する言葉を持たないんだけど……どういえば、いいのかな? 何か例えになるようなもの……何か思いつく?」
「例えか――天使みたいなもの? または死神とか?」
冗談半分に行ってみる。
「天使は、近いのかな。でも、死神は……うーん、ちょっとそれは違うね。僕は、死を司っているわけじゃない。門番が近いのかも」
「天国の門を管理している天使ってこと」
「それがいいかもね。あるいは、奪衣婆(だつえば)みたいなものかも」
「おばあさんじゃないよ。君はキレイだし、少年だし」
「そんなに男っぽい? 僕に性別はないんだけどなぁ」
見た感じでは、女性だとは思えなかった。
僕が、たぶん彼だと思いたかったんだろう。
違う『彼女』とは、一緒に歩きたくなかったから。
じゃあ、そうなんだ。
「君は、僕も迎えに来たの?」
「いや、キミが知りたがっていたからだよ。世界のルールを曲げてでも、彼女の先を追い求めたいと思ったからだ」
「なら、彼女の御迎えに?」
「彼女は知ってたよ。賢い人だ。だから、まっすぐに向かえると思う」
「うん。それならいいや」
じゃあ。
そう言って、ソラは立ち上がる。
「向こうで待ってるよ。そして、その先でもさ」
「分かった。僕は、追い求める」
僕の言葉にうなずいて、まるで風にかき消される雲の筋のように、消えていった。
しばらくして迎えの船というか、潜水艦が現れて、僕はそれに入れられた。
ぎゅうぎゅうに詰め込まれた船内で、満足に眠るどころか、居場所なく隅で小さくなっていた。
時間の感覚もなくなるほど長い時間を経た先、降りたった古びた港の向こう側にはイギリスの街並みがあった。
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