-2- 其の弐

「『エジソンの霊界通信機』……これが?」

「いや、そうらしいというだけだけれど」


 教授は、一つのボタンを押す。

 カチリという良い音がするわりに、何も起きない。


「ここが本体のスイッチらしいんだが、押しても何も起こらない」

「壊れているんではないですか?」

「いや、違う。これには動力源が見当たらないんだ」

「え? そんなことあります?」


 常識的に考えて、機械を動かすなら電気がいるはずだ。

 なにより、スピーカーやマイクには電気の力は欠かせない。

 磁石とコイルで電気信号を得る仕組みなのだから、なおのこと。


「おっと、ちょっと待ってて。詳しい資料を学長のところに忘れてきた」

「これって、先生が手に入れたわけじゃないんですか?」

「さすがに無理な値段だったんだよ。なんとか、学長権限で手に入れてもらったんだけど、一応借りてるってことになってる。ちょっと取ってくるから、見てていいよ」

「はい」


 そう言うやいなや、軽やかに器具の間を抜けて、部屋を出ていく。

 しかし、これは……。

 聞いただけでは、だいぶ眉唾ものな気がするけれど。

 本当にエジソンの研究の成果、またはそれを再現したものなのか?

 それだけの正当な理由がなければ、買うわけはない物だよな。

 機械そのものをじっくりと観察する。

 スイッチの間には少しホコリが残っていて、掃除はしたが本当に古いものであることは見て取れた。さっきの底の部分の錆といい、機械の製造年を偽るにしてはあまりにリアルすぎる。

 本当に動くなら、真物と言えるんだろうけど。


『……ザザッ……』

 スピーカーが鳴る。


「えっ?」

『……ザ…………ザッ……ザザ』


 耳を近づけると、確かに鳴っている。

 何が起きている?

 ガラス管の中のクラゲが、ゆっくりと回転している。

 水の流れなんてあるわけもないのに。

 もしかして、スイッチを入れてしばらくしないと起動しないとか?

 いや、電源がないわけだから、そもそも起動すること自体があり得ないことだ。


『僕より、僕へ。君は彼女の元を離れるな。分かった? オーバー』

「なんだって?」

『彼女の元に、帰ってやれ』

「僕のことか?」


 音質は限りなく悪く、「僕より」という言葉でも「僕」の声であるようには聞こえない。

 でも、彼女って――いや、そんなわけはない。僕はここにいて、死んでいるわけではないじゃないか。僕が僕に、どうやって言葉を残せる?


「君は、誰だ?」

『……ザッ……』

「誰だ?」

『――』

 それっきり聞こえなくなった。



 

「すまない。遅くなった」

 と先生が入って来る。


 僕の驚いた顔に、彼は「どうした?」と尋ねた。


「え? いや、え?」

「本当に、どうした?」

「声が……聞こえました」

「え? ウソ」


 なんだかあっさりな反応。

 これは、本当には信じてなかったのか?


「なんて言ってた?」

「ああ、ええ。『僕が僕へ』って。『彼女の元に』って――それが僕の声であるかどうかは、音質のせいでちゃんとは聞き取れなかったんですけど……いや、でも、僕まだ死んでないですよね?」

「うーん……まあ、君がまだ死んでいないことだけは、たしかかな」


 だが、と先生は言う。

「人は、いつか死ぬものだけれどね」と。


 残酷にも、真実である。

 彼は、悲しそうに言った。

 僕の胸も、ちくりと痛む。

 しかし、今、最大の問題はそんなことではない。

 通信機が通信したのだ。動力源すら謎な機械が。


「これは、どういう謂れの機械なんですか?」

「ロシアの研究所から流れてきたものらしく、その能力は保証されていた。だからこそ、私も買おうと思ったわけだが」

「保証されていた?」

「由緒正しき出所だったんだよ」


 そう彼は語る。

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