第2話 ミユ·ザ·フォックス
俺が白夜の国を出てから数週間後、
「いい加減このメシも飽きてきたな………」
雪に覆われた森の中で俺は、水分が少なく固いパンと古くなって少し味の落ちたデリシャスボアの燻製肉を火で炙って食べながら地図を見ていた。
一応勇者資格認定試験に合格したので、白夜の国の勇者協会から支援を受ける事ができたけども、こんな質素な食事しか用意できなかった。
まァ、質素な食事にも貧乏にも慣れてるけどな……
「ここから一番近いのは………氷雪の国か。まだまだ寒い旅路は続きそうだ………」
地図を畳んで片付けた直後、突然ナイフが俺の眉間めがけて飛んできた。
幸い、『
とりあえず空中で停止しているナイフを大鎌の柄で叩き落とす。
「あっぶねェな〜、どこの誰かは知らんが殺しにくるからには死ぬ覚悟も出来てるんだよなァ!!」
気配を頼りに敵が隠れていると思われる杉の大木に『
ゆっくり倒れていく木から飛び出した人影が一つ。そいつは俺の正面に立った。
「ただの冒険者と思ったらその腕輪、勇者だったんだね………まあ、いいか………」
やや低音気味のウィスパーボイス。ところどころ黒がメッシュのように混じった銀髪ショートカットの小柄で華奢な狐系亜人。
かろうじて女と判別できるくらい中性的な外見のそいつはハイライトの消えた深紅の瞳で狂気的な笑顔を浮かべた。
「お前、盗賊か?」
「違うよ、ボクはそれ以下の飢えた畜生ってところかな」
「もう何日も何も食べてない……分け合えば半分、奪えば全部………だから、ボクが生きる為に奪わせて?」
狐系亜人の小娘は、狂気的な笑顔を浮かべたまま背中に背負った金属製の箱から、明らかに体積を無視したかのようにノコギリ型の大剣を取り出した。
しかし明らかに、空腹で力が入らないのかふらついている。なんか警戒心が一気に吹き飛んだ。
こいつただの遭難者じゃん………
「オイオイ………そんな状態で戦うつもりか?やめとけやめとけ。食料なら分けてやるから………遭難者と殺し合いなんかできる訳ねェよ」
「ウソだウソだウソだ……!!ボクみたいな疫病神を助けようとする人がいるはずない!!!ボクはキミを殺そうとしたんだよ!!自分を殺そうとした相手を助けようとするなんて理解できない………!!!ボクを騙そうとしてるんだ!!」
狐系亜人の小娘は急に錯乱し始めた。もはやいったい何が地雷だったのかすらわからない。人間不信とメンヘラのコンボやべー……
関わらないにこした事はないが、このまま放置したらこいつ、間違いなく死ぬよなァ………
確かに理解できないレベルのメンヘラだが、何も死ぬこたァねェよなァ…………
こいつをここで見捨てて一人立ち去るのはなんとなく嫌だ、と俺は思った。
「落ち着け落ち着け………、俺が信用できないっていうなら今すぐこの場を離れるから………とりあえず予備の地図と食料と路銀置いとくからあとは自由にしろ」
俺はなるべく錯乱してる狐系亜人のお嬢さんを刺激しないようにその場を離れた。
▷▷▷
ミユside
気持ちが落ち着いてくると、猛烈な自己嫌悪に襲われた。
あの通りすがりの勇者は、自分を殺そうとした相手にさえも手を差し伸べてくれた。少し不器用だけどきっと優しい人なのだろう。
だけどボクはそんな相手に一方的に人間不信をぶつけてしまった。本当に自分が嫌になる………
通りすがりの勇者が置いていった固いパンと燻製肉を食べながらボクは、考える。
どうすればあの勇者に罪滅ぼしができるだろうか?何をすれば恩返しできるだろうか?
どうすればどうすればどうすればどうすればドウスレバドウスレバドウスレバドウスレバドウスレバドウスレバドウスレバ………
気がついたらボクはあの勇者の足跡を辿り追いかけていた。
必ず、この恩は返す。なぜなら狐は恩を忘れない生き物なのだから…………
それに、ボクを育ててくれたザイードさんならば、間違いなく『恩を返すべきだ』って言うと思ったから。
正直、ボクって馬鹿みたいだね。自ら望んで、そのザイードさんから離れてきたというのに今更そんな事を思い出すなんて………
ミユside 終
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