アドリビトゥム英雄譚〜嫌々ながらお人好し勇者のパーティのヘルプしてたら世界を救っていた件〜
ポメラニアンドロイド初号機くん
第1話 黒勇者誕生
プロローグ〜神話の終わりと人の時代〜
今から遥か昔、神話でのみ語られる時代の出来事。まだ人と神が共存していた頃の話。
神々がアドリビトゥムの統治権を巡り熾烈な闘争を繰り広げていた。
数多の神が争いに身を投じ、
最後まで生き残り戦いに疲れ果てた神々は、残された各々の縄張りに国を作り、気候環境を自らの力に由来する環境へと歪めて世界を分断した。
光の神は終わりなき白夜が照らす光明の国を、闇夜の神は無間の極夜に閉ざされた常闇の国を、水の神は争いによる津波で沈んだ大陸を泡のドームで覆い水底の楽園を。
生き残ったそれぞれの神が自由に国を作り、互いに不可侵の契約を結んだ事により世界に平和が訪れた。
それから数百年の月日が流れる。やがて神々は歴史の表舞台から姿を消して、人の時代が訪れた。
プロローグ 終
▷▷▷
働けど働けど、俺の暮らしは楽にならない…………
そう心の中でぼやきながら、底辺冒険者クロードこと俺はもう何体目かのデリシャスボア(猪型の魔物。凶暴だが肉はとても美味しい)を愛用の大鎌で無造作に斬り払う。肉を剥ぎ取り体内の魔石を傷付けないように慎重に摘出した。この作業ももう、目を閉じていても手先の感覚だけで自動的に処理できるくらい慣れた。
もはや冒険者というより肉屋だ。
体感で半日くらいの時間が過ぎたが空にはまだ太陽が登っている。それもそうだ。白夜の国では永遠に日が沈む事はない。
厳密には本物の太陽ではなく光の神ルーが生み出した疑似太陽だが。
俺はこの国が、この沈まない太陽が嫌いだ。
光の神を至上の存在と崇め、他の神を信じている民を『未開の蛮族』程度にしか思っていない。
そしてそれを当然だと思っている白夜の国の奴ら特有の、無自覚な傲慢さが嫌いだ。
ただ生まれつき髪と瞳の色が違うという理由だけで俺を差別し冷遇する白夜の国の奴らが嫌いだ。
正直、こんな国で生まれた事じたいが忌まわしい…………
俺は髪が、瞳が生まれつき黒いだけだ。ほんの少し生まれ間違えただけで何も悪い事はしていない。
しかしながら、白夜の国の文化では黒は穢れた色とされている。
ただそれだけの理由で、俺はどこに行っても差別された。
勇者にでもなれば………少しは変わるのだろうか?
ここじゃないどこかへ行けるのならば、なんでもいい。
たとえ魔族との戦いに駆り出されて死ぬとしても、
俺は今日、勇者資格認定試験を受ける。この日の為に受験料も少ないギルド報酬から貯めたし、それしか使えない俺のユニーク魔法を極限まで鍛え上げた。
願わくば、この沈まない太陽を見るのがこれで最後であるように。
▷▷▷
仕事を終えた後、勇者資格認定試験の会場へと向かう。
試験会場は白夜の国が誇る剣闘技場。各国から選抜された勇者候補生(と一般枠参加の俺)は闘技場に集まった。
「これより、勇者資格認定試験を執り行う。ルールは一つ。現在ここに集まった候補生どうしで模擬戦を行い、首に下げたメダルを奪い合え!!規定の時間が終了した後、成績優秀者上位3名までを勇者と認定する!!!」
試験監督はナチュラルに傲慢な白夜の国の、これまた傲慢そうにふんぞり返った大臣。そして白夜王も新たな勇者の誕生を見届けようと観覧席に設置した玉座から闘技場を見下ろしている。
気の抜けるようなラッパの音。試合開始の合図だ。
そんじゃ〜ま〜、予定通りに………
「
俺自身の存在固有時間を5倍速に設定、そして俺の半径10メートルに踏み込んだ対象の存在固有時間を強制停止………設定、完了。
「誰も戦って勝たなきゃいけねェとは言ってないからな………悪く思うなよ~」
俺自身の最速×固有時間5倍速の全力ダッシュで他の候補生から次々とメダルを奪い取る。とりあえず俺の半径10メートル以内に入れば存在固有時間が強制停止するからその状態からメダルを奪うのは普段からやってるデリシャスボアの肉を捌く作業よりも楽だった。
メダルを奪われた勇者候補生の皆さんは「殺してでも奪い取る!!」と言わんばかりに俺に殺到してきたが、俺からすればあまりにもノロすぎて止まって見えた。(まあ実際、半径10メートル以内に入れば強制的に止まるけどな)
テキトーに大鎌の柄で殴打したり石突きで打突したりしてご脱落願う。
俺は普段から、見た目がかっこいいっていう浅い理由と、それと節約の為に麦や雑草を刈る用の大鎌をメイン武器に選んでいる。
師匠からの
その為にも、まずはこの試験に合格しなければ話にならない。
「さて、人数も減ったしそろそろマトモに戦うか………」
現在の人数は…………、もう4人か。
俺以外には神器使いの近衛騎士の人とショーテル使いの女、筋骨隆々でスキンヘッドの鎖鉄球使い………
「
筋骨隆々でスキンヘッドの大男、ゴドウィンは一方的にそう告げると鎖で繋がれた巨大な鉄球を俺めがけて投げ放った。
「
俺は大鎌を振るい、もう一つのユニーク魔法を使用した。
固有時間操作魔法『
「で?、まだやるか?次は首を刎ねるぞ」
軽く脅して戦意を削いでおく。
「
物わかりが良いようで何より。とりあえずメダルを受け取った。
アレ?もう近衛騎士の人しか残ってなくね?
「世界は広いな………騎士団以外にも君のような実力者がまだいるなんて………僕はアイン。君に手合わせ願う!!」
「輝け、
アインの持つ白銀の剣、神器『心剣』が眩い光を放つ。剣身の輝きはやがて収束して光の刃と化した。ナンダアレカッケェ!!!
「俺はクロード、別に覚えなくてもいい。ただの底辺冒険者だ」
「クロード、か。覚えておくよ」
白夜の国にも、人を差別とか偏見で判断しないマトモな奴はいるんだな………少し感動した。
正直、どっちが勝っても2人とも勇者認定試験合格だが、俺は今、ここで戦いたい………!!!
「
「甘い!!!」
アインは心剣を大きく振るい、光の斬撃を飛ばして『
「クロード、君のその魔法は切断に特化した見えない刃のような物を飛ばして接触した対象を断ち切る攻撃技と見た。ならば、迎撃も可能という事だよ」
『
やはりこいつただ者ではない。
「僕としてはもう一つの時間操作魔法の方が脅威だ。だから、対策させてもらう!!!」
「貫け、心剣!!!
次の瞬間、アインが前方に突き出した心剣から、光の刃が散弾のように飛び散る。
「底辺冒険者相手に大人げねェ~ぞ近衛騎士!!!加減しろ!!!」
俺は悪態を吐きながら『時計仕掛けの時の神《クロノス·クロックワーク》』で固有時間を5倍速にして回避する。
アインは遠距離攻撃に専念して俺を間合いに入れず持久戦に持ち込むつもりだ。だが、そうはさせない。
俺自身の存在固有時間、10倍速!!!まだだ…………まだ上がる!!!
俺は残像を発生させるほどの速度で走り回り、闘技場の砂を巻き上げて砂嵐を起こした。
砂塵で視界を遮りアインを急襲する。
「!?」
「喰らいやがれ、20倍速ドロップキック!!!」
「ぐぁッ!?」
アインは闘技場の壁まですっ飛んでいった。そこから先は修羅場だった。唖然としている試験監督、激怒する白夜王。どうやら白夜王としてはアインがトップで合格するはずだったのだろう。
近衛騎士であるアインが勇者に選ばれたら白夜王も鼻高々だろうからな。
危うく不合格にされかけた俺を救ったのは意外な人物だった。
「お待ちください白夜王!!!」
アイン、お前タフだなァ…………流石に俺も20倍速ドロップキックはやりすぎたとは思ったけど、なんで無事なんだよ、こわ……
「彼は、クロードは必ずや偉大な勇者になるでしょう。今その芽を摘むのは人類の損失です!!」
アインの説得もあり、その後なんやかんやで俺も勇者認定試験に合格する事となった。
もうこんな窮屈な国からはオサラバだ。
勇者の証である貴石の腕輪を受け取ったが、白夜王が俺に渡した腕輪の石はくすんだ黒色だった。
「貴様は勇者にふさわしくない!!この穢れた黒い色こそが貴様にはお似合いだ!!黒勇者め!!勇者の名を汚しおって」
黒勇者ねぇ………悪くない。これで、何の未練もなくこの国を出て行ける。
「黒勇者か………通り名としてはなかなか良い。旅立ちの餞別をありがとう、白夜王。もう二度と会う事もないだろう」
俺は唖然としている白夜王に背を向けて白夜の国を後にした。
□□□
用語解説
神話時代
アドリビトゥムの統治権を巡った神々の最終戦争からそれ以前の時代を指す。まだ人と神が互いに共存していた時代。
人の時代
神が歴史の表舞台から姿を消した後の時代を指す。神話時代の最終戦争の影響により文明が一度衰退した関係上、人の時代では既に失われてしまった技術や魔法が多く存在する。
神器
神話時代の遺産。神の力を宿した武具で、人の時代においては神器の制作技術は既に失われている。
心剣
正式名称は『無銘神器 心剣』。精神の力を攻撃力に転化する神器。アインのどこまでも真っ直ぐな心に呼応した心剣は光の刃を形成し、決して折れる事のない無双の剣となる。
黒勇者
蔑称。勇者の資格を持ちながら勇者にふさわしくない人物を指す。
白夜の国の文化では黒は穢れた色とされている。その理由は、死者を弔う際に遺体に着せる死に装束の色だからである。
勇者
本作品における勇者は資格を必要とする。勇者の資格を得ると様々な特権や支援を得る事ができる。
しかしそれと引き換えに有事には魔族との戦争に最前線で駆り出される。
勇者資格認定試験にはアドリビトゥムの各国から強者が集まるので、試験に合格できただけでも世界全体で見ればかなり上澄み。
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