第18話 Home Coming

 肉を裂き、鞄に詰める。肉を切り、鞄に詰める。三人の鞄がパンパンに膨れ上がるまで詰め込んだが、それでもマッチョベアーの肉は五分の四ほど余っていた。


 宴会用の肉として納品する分は余裕を持って確保できたが、それはそれとして惜しい。食材の価格が高騰している今なら、ここに残った肉は一財産である。


「パットンが騎士型のままならもっと運べただろうになぁ……」


 思わずそう呟いてしまったザッカスを、今度はクグツの方から睨み付けた。


 今さら言っても仕方のない事だろうという意味なのか、今の方が可愛いじゃないかという意味なのか。あえて深くは掘り下げなかったザッカスであった。


 お目当ての物を確保した後ならば魔物の出現率が極端に低い迷宮とはありがたいもので、敵と全く出会う事なく地上に出ることが出来た。


 ここは法の及ばぬ迷宮内である。同業者に襲われ荷物を奪われる危険性もあったのだが、カマキリの腕を右手にぶら下げ、血走った目で辺りを見回しているような不審人物には誰も近寄ろうとはしなかった。強盗だって相手くらいは選びたい。


 迷宮に入る時とは逆に、迷宮から出た時の報告は簡単に済んだ。


 持ち帰った物は大量の熊肉とカマキリの腕。そう聞いた受付嬢は思考放棄をしたような顔であった。

 

 荷運びまでは契約に入っていないが、さすがに迷宮から出たところで大量の肉が入った鞄を投げつけサヨウナラでは不人情に過ぎると、クグツとパットンは騎士団の食料庫までザッカスに付き合った。


「いやぁ、迷宮内では色々あったがとにかく助かったぜ、あっははは。はぁ……」


 文字通り重い荷を下ろし、疲労と安堵の混じった顔でザッカスが無理に笑った。


「じゃあこれ、経理の首を絞めて分捕ってきた報酬だ。受け取ってくれ」


 ザッカスがクグツの手にズシリと重い小袋を握らせた。クグツが袋を開けてみると、中身は全て銀貨であった。珍しく銅貨でかさ増しなどはしていない。


「どうした、いつも以上に間の抜けた顔をして」


「いやぁ、予想よりも多かったなと」


「ああ、俺もちょいと驚いた。今回の建国祭、お偉いさん方はかなり本気らしいな。こんなに高く買ってもらえるなら、残してきた熊肉が惜しくなってきた……」


「今から戻りますか?」


 クグツが皮肉な笑みを浮かべて言うと、ザッカスは一瞬だけきょとんとした表情を浮かべてから冗談じゃないとばかりに手を振った。


「ま、細かい話はまた今度にしようぜ。今はとにかく眠りたい」


「もう二度と会わないって選択肢はないのかよ?」


 パットンが言うと、ザッカスは肩をすくめて答えた。


「おいおい、寂しいこと言うなよパットンちゃん。俺はお前のことが嫌いだが、二度と会いたくないってほどじゃないぜ」


「仕事相手にゃ丁度良い距離か」


「そういうことだな」


 カマキリの腕と中が血塗れになった鞄ふたつを返し、ザッカスはふらふらと不安定な足取りで宿舎へと戻って行った。


「それじゃあ私たちも帰ろうか。ベッドに倒れ込んで惰眠を貪って、ご飯をたらふく喰ったら……」


 クグツは自分の腕を指先でツツッとなぞって見せた。強化改造しよう、というお誘いである。パットンも『にへへ』と笑って頬を緩ませた。改造して強くなる、それが魔道技師とゴーレムにとって一番の喜びだ。




 後日、クグツは自室で黙々と作業をしていた。その様子を右腕を外したパットンが少し離れて眺めている。今やっているのはカマキリの腕から刃の部分だけを取り外し、パットンの右腕に仕込む作業だ。


 窓の外から人々の笑い声が聞こえる。笛や太鼓の音が聞こえる。建国祭の真っ最中である。


「世の中はお祭り騒ぎの真っ最中だってのに、働き者はいるもんだな」


「まあね」


 パットンはからかうように言うが、クグツの返事は素っ気ないものであった。それだけ集中しているという事なのだろうが、構ってもらえずパットンは何となく物足りなかった。


「一緒に遊ぶ友達とかいないのかよ。家族とか、……恋人とか」


「世間様からすればさぞかし面白みのない、可哀想な男に見えるのだろうが……」


 クグツは手を止めず、普段のどこか浮世離れしたような印象から遠く離れた真剣な声で答えた。


「私は多分、幸せなのだと思う」


 自分で選んだ道だ。そして自身の手で相棒を改造し強くしてやれる。知識と技術も蓄積されていく。クグツを指差して嗤う者たちがこの幸せを知っているとは思えないし、話し合って理解を得ようとも思わない。


「そっか、……悪かった」


 パットンは謝罪し、クグツは無言で小さく頷いた。


 何に対して謝っているのか、などという話はしなかった。つまらない事を言ってしまったとパットンは反省していた。


 何故あんな事を言ってしまったのだろうか。クグツが頼れるのは自分しかいない、愛されているのは自分だけだと再確認したかったのか。


 ……子供じみた嫉妬だ、馬鹿馬鹿しい。


 パットンは首を振ってピンク色の髪を揺らし、窓の外へと眼をやった。


 外は相変わらず騒がしい。その喧噪がどこか別世界のもののように遠く聞こえた。この部屋の内と外とで引かれたライン、そのどちらが幸せなのだろうか。


 無理に決めつける事に大した意味はないとわかっていても、いつまでも頭からその考えが離れぬパットンであった。

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