第16話 幸せを探して
訳がわからないといった顔をするザッカスに、クグツはにこやかに言った。
「腕を斬り落とし、剣として使いましょう。切れ味は保証済みですよ」
「待て、ちょっと待て、しばし待て。んんん……ッ」
キラーマンティスの死骸を見る、クグツのにやけヅラを見る。それを何度か繰り返してからザッカスは額を押さえて言った。
「俺に、カマキリの腕を振り回して戦えってか?」
「格好いいですよ」
「よくねえよ、絵ヅラ的に最悪だ! お前がこっちを使ってくれよ!」
「私は不器用なので変わった武器を使ったら自分を斬ってしまいそうなんですよね。それと、剣は私のものなので正直、そこまでしてやる義理はないといいますか……」
「ぐぬぬ……」
お前のじゃない、そう言われてしまうと苦しいザッカスであった。パットンが後ろからポンと肩を叩いて言った。
「諦めろオッサン、武器の手入れを怠ったアンタが悪い」
クグツはキラーマンティスの死骸の前で屈み込み、間接部にナイフを入れて前後させ苦労しながらもなんとか斬り落とした。
「どうぞ、使ってください」
「どうぞ、って……」
クグツが差し出す巨大カマキリの鎌を前にして、ザッカスは嫌そうというよりも少し怯えたような表情を浮かべた。
「切断面から妙な汁が垂れているんだが……」
「そのうち止まりますよ」
「なんてこった……」
ザッカスは口を半開きにして天井を見上げ、神に問う。俺は何か悪い事をしましたか、と。神は不良騎士に興味がないのか、それとも迷宮は管轄外なのか。神の声が聞こえる事はなかった。
会いたい時にに会えず、会いたくない時に会う。
それが迷宮、それが人生だ。
クグツたちは一時間ほど第三層を歩き回ったが、食用可能な魔物を見付けられなかった。
「ザッカスさん、あれを見て下さい」
「魔物か? 食える奴かッ!?」
クグツが前方を指差して言うと、ザッカスは飛びつくように聞いた。
「いえ、冒険者の死体です」
「なんだよ、そんなもの珍しくもなんともないだろう……」
「
ピクリ、とザッカスの片眉が動いた。周囲を警戒しながら冒険者の死体に近付き状態を確かめる。気味が悪い、などと言っていられる状況ではない。
「よし、まだ真新しいな!」
ザッカスは拳をぐっと握り締めて希望を取り戻したような顔をした。被害者を前にしてこの態度、不謹慎と言えば確かにそうなのだが、これが迷宮の日常でもある。死んでくれと頼んだ訳ではない、勝手に死んだ奴など知った事ではないと。
「歯形からして虫型ではなく、獣型っぽいですね」
「うんうん、そうだろう!」
クグツのフォローにザッカスはすっかり気を良くして足跡や血の跡を探し始めた。やる気さえ出せば優秀な男である。彼はすぐに大型獣の痕跡を見付けた。
「イェス、イェスイェェェェッス!」
希望が繋がった、首も繋がった。テンション急上昇のザッカスに対して、パットンが眉をひそめて言った。
「足跡がかなりめり込んでいるな。こりゃあ相当なデカブツだぜ?」
「こいつはマッチョベアーだな」
「筋肉質の熊って事か? いや、そもそも熊ってのはみんなデカくて強いもんじゃねえのか?」
「わざわざ強調しなけりゃならんほどヤバい魔物だって訳だ」
「見付かる前に逃げた方がいいんじゃねえの?」
危険な相手からは逃げる、パットンの意見は冒険者として至極まっとうなものであっただろう。しかしザッカスは口の端を吊り上げて首を横に振った。まるで自暴自棄になった人間のような顔だ。
「おいおいおい、逃げるってどこにだ? そこに俺の幸せがあるのか? 強かろうがマッチョだろうが関係ねえ、魔物をぶち殺して大量の肉を持ち帰る以外に道なんかねえんだよ。カマキリの腕を持ち歩くなんて馬鹿な真似までさせられているんだ、せめて成果くらいはださないとなぁ。はっははは……」
疲れているのか気合いが入っているのかよくわからない声で笑うザッカス。パットンはクグツの耳元に唇を寄せて呟いた。
「いざとなったらあいつを餌にして逃げようぜ」
クグツは何も答えなかった。ただ、『ノー』とも言わなかった。
それは誰にとっての幸せか、誰にとっての不幸だったのか。足跡を追っていくと、毛むくじゃらの大きな背が見えた。ザッカスの見立て通り、マッチョベアーだ。
「パットン、援護頼む」
そう言ってザッカスはカマキリの手を握り締め中腰になるというシュールな格好でそろそろと進み出た。
行ってくるぜとクグツに挨拶し、パットンはマッチョベアーの側面へと回り込む。
毛の生えた大岩のような魔物と、不審人物の距離が縮まっていく。残り三メートル、飛び上がって斬りかかれば届くだろうかという距離で、マッチョベアーの首が百八十度回転した。
「げぇっ」
ザッカスの唇から思わず呻き声が漏れた。マッチョベアーに目玉はない、眼窩は空洞であった。それでも突き刺すような視線を感じる。敵としてか、餌としてかはわからないが。
「ぐぅおおおおおおッ!」
聞く者の心臓を鷲掴みにするような凄まじい叫び声。鼓膜に衝撃が伝わり、ザッカスの視界が一瞬だけ真っ白になった。
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