第15話 凶虫襲撃

 キラーマンティスの複眼が三人を同時に捉えた。ゴーレムは食えない、白衣の男は少し離れている。ならば、と最初の生け贄に選んだのは剣を持った小汚い男だ。


 突然、そしてトップスピードで走り出すキラーマンティス。昆虫型魔物の恐ろしいところは感情が読めず、予備動作もほとんどない事だ。


「何で俺なんだよぉ!?」


 ザッカスの抗議には一切耳を貸さず、キラーマンティスの巨大な鎌が振り下ろされた。ザッカスは慌てて剣を突き出しこれを受ける。


 ギィン、と鼓膜に痛みが走るほどの甲高い金属音。安物の支給品だからか、あるいは手入れを怠ったからか、その両方か。ザッカスの剣は真っ二つに切り裂かれてしまった。


「嘘だろぉ!?」


 支給品を壊してしまった、などと考えている場合ではない。キラーマンティスが次に狙うのは獲物の首だ。


「おっらぁ!」


 側面から飛び出したパットンが換装した自慢の右手でキラーマンティスの横っ面を殴りつけた。手応えあり、そのはずなのだが昆虫型魔物は悲鳴を上げず、苦痛を顔に出さない。


 ……本当に効いているのか?


 一瞬の疑念につけ込むようにキラーマンティスは鎌を振るい、パットンは大きく飛び退った。無意味な一撃であったか。否、時間は稼げた。


「ザッカスさん!」


 クグツが叫び、剣を投げ渡す。お前がやらんのかい、と言いかけてザッカスは口をつぐんだ。騎士と魔道技師ではどこをどう考えても戦闘力に差があるし、ここで何も出来なかったらそれこそ騎士の恥さらしである。ひょっとするとクグツは花を持たせてくれたのかもしれない、そういう男だ。


 キラーマンティスは無数の複眼で周囲を見回した。そして三人の中で一番戦闘力が高く、真っ先に排除するべきはパットンであると判断し鎌を振り上げ彼女に襲いかかった。


 戦闘力の見立て自体は正しい。しかしキラーマンティスは男の意地というものを見誤っていた。何事においてもいい加減なザッカスにとっての、唯一無二のルール。それは『殴られたら殴り返す』である。


 振り下ろされた右鎌をパットンが手の甲でなんとか弾く。左の鎌で追撃しようとしたその時、剣を振りかぶったザッカスが飛び上がり背後に迫っていた。


「どっせぇい!」


 野太いかけ声、気合い一閃。安物であるがしっかりと手入れされた剣がキラーマンティスの細い首を切り落とした。


 首は足元でボールのように転がり、首なし死体はゆっくりと倒れた。今にも動き出しそうだとザッカスが眉をひそめながら剣の先で死体を突く、何の反応もない。死体なら死体らしくしてくれよと愚痴を吐きながらザッカスは剣を鞘に納めた。


「まったく、タダ働きさせやがって……」


「いやいやいや、そんな事はありませんよ」


 ザッカスとは対照的に、クグツは妙に上機嫌であった。


「キラーマンティスは素材として非常に優秀です。ほら、見て下さいよこの鎌! カマキリの腕は本来、鋭いトゲの集合体でノコギリに近いはずなんですが、これはしっかりとした刃物になっているんですねぇ。こいつを加工すると切れ味の鋭い武器になります。顎も非常に強力ですが……」


 チラと相棒へ視線を向けて話を続けた。


「パットンは噛み付き攻撃とか、やりたい?」


「勘弁してくれ」


 パットンは本気で嫌そうな顔をして手を振り、そうだろうなとクグツも素直に引き下がった。見た目が美少女で顎だけをカマキリ素材に換装するというのは少々悪趣味だ。クグツ個人としてはそれもアリかなと思わぬでもなかったが、やられる方としてはたまったものではないだろう。


「それじゃあ鎌だけ素材として持ち帰ろう」


「俺はどちらかと言うと、格闘タイプで伸ばしていきたいんだが」


「剣を手に持つんじゃなくて、腕に刃を内蔵するのはどうかな。で、戦闘時にだけシャキーンって飛び出すんだ」


「シャキーン?」


「そう、シャキーン」


「……いいねえ」


「だろう?」


 クグツとパットンは顔を見合わせ笑い合った。そこへ相変わらず不機嫌な顔をしたザッカスが口を挟む。


「おいおい、素材談義もいいけどよ、当初の目的を忘れんでくれよ」


「何でしたっけ?」


「お前なぁ……」


「冗談ですよ。食肉の確保ですよね」


「わかっているなら結構だ。早く先に進もうぜ」


 ザッカスにとっては本格的に死活問題である。キラーマンティスに首を飛ばされずに済んだが、手ぶらで帰れば騎士団長に首を飛ばされかねない。


 少しイライラとしながら先を促すと、対照的にクグツは明るく笑って手を伸ばした。


「ザッカスさん。剣、返して下さい」


「んんっ!?」


 ザッカスの剣はキラーマンティスに折られてしまった、今持っているのはクグツの剣である。だから返せというのは当然と言えば当然の要求なのだが、迷宮の奥で言われたって困る。ザッカスは騎士でクグツは魔道技師だ、戦闘力に大きな差がある、だからこのまま自分が持っているべきだとすっかり思い込んでいた。


「いやいやちょっと待て、そうなると俺の得物がなくなっちゃう訳だが……」


「代わりならそこにあるじゃないですか」


 クグツが指差した先にあるのはキラーマンティスの首なし死体である。

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