第14話 殺戮の鎌

 朝早くに来た、つもりだった。まだ甘かった。


 入場受付は急遽増設されていたがそれでもかなり待たされた。待ちきれず登録しないまま迷宮に入ろうとする者もかなりいて、その度に組合の大型ゴーレムに止められていた。


 今は殴られて骨折する程度で済んでいるが、死人が出るのも時間の問題だろう。


 建国祭の前に混雑するのは毎年の事だがここまでの騒ぎになるのは初めてのようで、受付の手際が悪くそれがまた冒険者たちを苛立たせていた。


「迷宮ってのは国が管理する施設だからなあ。鉱山へ勝手に入るようなものだ、怒られるに決まってらぁ」


 順番待ちをしているザッカスがやけに大きな声で言った。それは同行者たちに落ち着いて待とうぜと言ったのであり、冒険者たちに暴発するなと言い聞かせてのであり、組合の職員たちにお前らは悪くないと告げたつもりなのだろう。


 クグツはそう解釈していた。改めて聞いたところで否定されるだろうが。


 一時間待って一分の受付を済ませ、ようやく中に入れる事となった。顔馴染みの受付嬢がぺこりと頭を下げたのはザッカスに対する礼であったのだろうか。


 広大な迷宮で他の冒険者とすれ違う事はほとんどない、そんな常識が崩れ去った日であった。


 肉を持ち帰る者たち、怪我をして無念の表情で引き返す者たち、焦って小走りで進む者たちと色んな冒険者たちを見かけた。


 逆に魔物の姿は全く見当たらない。


「こりゃあ今回も三層まで行かなきゃ駄目かぁ」


 ザッカスが癖だらけの頭を掻きながら面倒臭そうに言うと、クグツか深刻な表情を浮かべて答えた。


「三層ですらまともに狩れないかもしれませんよ」


「おいおい何でだよ、怖いこと言うのやめてくれよ」


「ゴーレムは毒も石化も効かないから全面に押し出そうというのは誰でも考え付く事です。むしろ基本戦術と言ってもいい。それでも冒険者たちが深層に潜りたがらないのは自身の身にも危険が及ぶからであり今回のように切羽詰まった場合では……」


「無理を通そうとする奴が出る、という訳か」


 パットンが右手をひらひらと振りながら言い、クグツは深く頷いた。


「おいおいおいおい、ちょっと待ってくれや。一層二層は魔物がいねえ、三層も混雑しているかもしれないときたら、まさか四層にまで行けってか?」


 ザッカスの懸念はもっともである。迷宮は階層を下る毎に魔物の強さも一気に跳ね上がる。獲物が見付からないから奥へ行こう、というのを考えなしに繰り返すのは自殺行為でしかなかった。


 適当に楽観論を口にして慰めるべきか。いや、とクグツはその考えを即座に否定した。迷宮内で現実から目をそらしたところで誰も幸せにはなれない。


「多少混雑はしているでしょう。ただ、魔物がまったくいないという状況はよほど運が悪くない限りは」


「探せばいるはず、か。その『はず』って奴を誰が保証してくれる訳でもないがな」


「そうですね……」


「なんだよクグツ、暗い顔しやがって。あくまでこれは最悪のパターンの話だ。そうそう起こるわけないだろう?」


 ザッカスは笑いながらクグツの背を叩くが、その笑いにもどこか固さが残っていた。


「あり得ない最悪のパターンをピンポイントで引く、人生ってそういうものでしょう?」


「ちょっと主語がデカすぎじゃねえの?」


「……そうですね、では言い換えましょう。私やザッカスさんの人生とはそういうものではないかと思います」


「へっ、目を開けたまま寝言をぬかすな」


 吐き捨てるように言い、ザッカスは早足で歩き出した。クグツの物言いに呆れたのでも腹を立てたのでもない。本当にありそうだと認めてしまったからこそ、不運を振り切ってしまいたかったのだ。


 ひょっとしたら、いやまさか。そう考えながら降りた第三層。そこで一行が出会った魔物はキラーマンティスと呼ばれる巨大カマキリであった。高さは二メートルを超える巨体で、顎は鋼鉄の鎧すら噛み砕き、両腕の鎌は人体を両断するほどに鋭い。三層に行くなら遺書を書け、とまで言われる原因の半分はこの魔物のせいである。


「今日は厄日だ……」


 ザッカスは忌々しげに呟いた。


 百歩譲って、本当に限界まで譲って強敵が出て来るのは許そう、迷宮とはそういうものだ。問題は相手が昆虫型の魔物であるという事だ。可食部が少なく、その少ない部位も嫌われている。肉屋に持って行っても嫌な顔をされ、家畜も食べるのを躊躇うくらいだ。


「帝国のお偉いさんに嫌がらせで出したら?」


 パットンの提案に思わず頷きそうになるザッカスであったら。面白そうだがやったらやったで問題になるだろう。非常に残念ではある。

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