第12話 削り出した拳
クグツの私室兼作業所に骨を削る音だけが響く。
譲ってもらったコカトリスの骨をまずはノミとハンマーで削り、ナイフで形を整え、そしてヤスリで仕上げる。人間の手の骨ほど関節を細かく分けている訳ではないが、それでもかなりのパーツ量であった。
ボディからゴーレムコアを取り出されたパットンは専用の台座で、じっとパーツ製作の音を聞いていた。
ちょうど三日後、台座のゴーレムコアに声がかけられる。
「パットン、出来たよ」
少し疲れた、それでいて優しい声。コアが持ち上げられ、ボディに埋め込まれる。魔力が流されボディと感覚が繋がった。パットンはゆっくりと目を開く。
右手の感覚が今までとは少し違う。それは不快感ではない、自由自在に動く素晴らしい感覚だ。
「こいつは、凄いな……」
パットンは感動したように呟き、指を開き閉じるを繰り返した。そして次に拳を握り、見えない影を殴りつけた。
ヒュン、と鋭い風邪斬り音。絶好調である。鈍重かつ頑強な騎士型ボディでは味わえなかった動きだ。どちらが良いかと聞かれたらまだギリギリで騎士型が勝つだろうが。
あるいは、そう思いたいだけかもしれない。
「気に入ってくれたようだな」
「ああ、こいつはいい。実に良い」
「まだまだこいつは序の口さ。これからも迷宮に潜って、素材を取って改造してと繰り返し、最強のボディを目指そうじゃないか」
クグツが興奮気味に、そして少し早口で語り、パットンも大きく頷いた。
戦闘用ゴーレムにとって強くなれるというのは何よりの喜びだ。クグツが語る夢には全力で乗っかりたい。
ただひとつ懸念があるとすれば、クグツが目指す最強とやらはこの女性型ボディをベースにしたものだろう。力を手に入れ金が貯まった後で、自分はまだ騎士型に戻りたいと思うだろうか。
自分は男だ、だから騎士型に戻るべきだという決意が揺らいでしまいそうなのが怖かった。あるいは、クグツに思考を誘導されているのかもしれない。
……今は考えても仕方のない事だ。
パットンは首を振って雑念を追い出した。まだ力が手に入った訳ではない、右手の性能がほんのちょっぴり上がっただけである。
ゴンゴン、とドアが叩かれる。ノックと呼ぶにはあまりにも乱暴だ。その無礼者が誰なのか、声を聞かずともわかった。
「どうぞぉ」
パットンが間延びした声で言うと、遠慮の欠片もなく中へ入って来たのはやはりザッカスであった。
「いよぅ、おふたりさん。調子はどうだ?」
「絶好調ってなもんよ」
パットンは右手の指をパチリと鳴らし、ザッカスがピュゥと口笛を吹いた。
指を弾いて鳴らすというのは恐ろしく複雑な動きが必要であり、作り物の手でそれをやってのけるというのは驚くべき事であった。手を作ったクグツと指を鳴らしたパットン自身も目を丸くしているという有り様である。
「それじゃあ早速行こうぜ、ってのはダメか?」
締め切りが迫り少々焦っているザッカスが提案するが、クグツは青白い顔をさらに青くして首を横に振った。
「すいません、徹夜続きで眠くって眠くって……。また明日来てくだしゃい……」
そう言ってふらふらと立ち上がり、ベッドに倒れ込むとすぐに寝息を立て始めた。
「えぇ……?」
戸惑い立ち尽くすザッカスに、パットンは迷惑そうに手をひらひらと振って見せた。
「さっさと行け。約束の三日には間に合ってんだ、時間をフルに使わせてもらうぞ」
「へいへい、おふたりさんの邪魔はしませんよ」
「……どういう意味だ、そりゃあ」
「いやぁ、別に何もぉ?」
「そうかい、用が済んだらさっさと帰れ。明日になったらまた遊んでやる」
手をひらひらと振りながら去るザッカスを中指立てて見送った後でパットンはベッドに近寄り、繊細かつ強靱な右手で泥のように眠るクグツの髪を撫でた。
「お疲れ様、マスター」
パットンはそう呟いてから椅子を引き寄せ、しばし主人の寝顔を眺めてから目を閉じて自身も休眠状態に入った。
日付が変わった夜明け前、再びクグツハウスのドアが無遠慮に叩かれた。
「クグツくぅん、あっそびっましょぉ!」
はた迷惑な訪問客、声の主はやはりザッカスであった。日付が変わった瞬間に押しかけてこなかっただけまだマシかもしれない。
クグツは眠い目を擦りながらゆっくりと身を起こした。ドアと窓とを交互に見る、まだ外は暗い。
腕を組み、足を組み、椅子に座って俯き目を閉じていたパットンが今にも舌打ちでもしそうな顔を上げた。彼に睡眠不足の概念はないが、それはそれとしてこんな起こされ方をしたのでは不愉快であった。
出来れば居留守でも使いたいところだが三日後に迷宮探索に行くというのは当初の予定通りであり、その点についてザッカスを責める訳にもいかない。
ドアを壊される前に開けるのが最適解だろう。クグツはパットンと顔を見合わせ肩すくめ、そしてドアの鍵を外した。
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