第11話 課題と感情
「グゥエッ!」
苦痛に叫び、たまらず剣を放すコカトリス。しかし同時に蛇の頭がパットンに再度襲いかかった。パットンが剣を掴むよりも早い。
ここで新たな影が躍り出た。コカトリスの意識は完全にパットンにだけ向けられている。剣術下手でも斬れるタイミングである。後は、勇気だけだ。
その臆病者には戦う理由があった。クグツの振るった剣がコカトリスの尾を斬り落とす。
「グッゲェェェ!」
コカトリスの怒りがクグツに向けられた。本職の冒険者ではない、研究者がコカトリスの突進をまともに受けて生き残れるだろうか、無理である。
今までどこで機を窺っていたのか、今度はザッカスが飛び込んできた。突き出された剣がコカトリスの腹に深々と刺さる。
動きの止まったコカトリスに断頭台の刃が迫る。パットンの振るった剣がコカトリスの首を斬り落とした。
まるで自分が死んだ事にすら気付いていないように、首のないコカトリスは数歩歩いてから、ドスンと砂煙を巻き上げて倒れた。
クグツは強敵の死体を見下ろし、息を整えながら敬意を込めて言った。
「大した奴だ、せめて美味しく喰らってやってください」
「俺としては『手こずらせやがってコノヤロー』という感想しかないんだが」
ザッカスが面倒くさそうに言い、クグツは窘めるような口調で答えた。
「命をいただく、その気持ちを忘れちゃあいけませんよ」
「へいへい」
男ふたりがそんな話をしながら肉の解体を始めた頃、パットンは己の右手をじっと見つめていた。手を開く、閉じる、開く。上手く動かない。
パットンが奇妙な仕草をしているのに気付いたクグツが肉解体の手を止めて駆け寄って来た。
「どうしたパットン、調子が悪いのか?」
「ああ。コカトリスの野郎をブン殴ったせいかな、動きが悪い」
するとクグツはパットンの手を掴んで、研究者らしい真剣な表情でじっと観察し、指一本一本を丁寧に調べ始めた。
魔道技師がゴーレムの身体を調べている、ただそれだけの事なのだがパットンは己の中にむず痒さのような奇妙な感情が湧いて出るのを感じており、そんな自分に戸惑ってもいた。
「パットン」
「お、おうっ! なんだぁ!?」
「関節にヒビが入っている。これはもうダメだな」
「そうか、無理をして悪かったな……」
申し訳なさそうな顔をするパットンに、クグツは微笑んで首を横に振って見せた。
「勝つ為に何でもする、それは迷宮内では正しい事だ。むしろ変に遠慮して負けましたというのがいちばんマズい。言ったろ、何があっても直してみせると」
「……そう言ってもらえると助かるよ」
と、パットンは軽く目を逸らしながら呟くように言った。
よし、と頷いてクグツは肉処理を続けるザッカスに向けて叫ぶように言った。
「ザッカスさん、コカトリスの骨はもらってもいいですかね?」
「肉処理を手伝えばな」
ふん、と鼻を鳴らしてザッカスは答えた。
「や、これは失礼。すぐに戻ります……」
申し訳なさそうに言って、クグツはまたコカトリスの死骸の前に座った。
「で、こんなもん何に使うんだ? 煮込めばダシに、砕けば肥料に使えるからくれてやるのは気乗りしない。理由くらい教えてもらえるんだろうな」
「骨を削ってゴーレムの手を作るんですよ」
ほぅ、とザッカスが、そして後ろで聞いているパットンも興味深そうな顔をした。
「コカトリスの骨なら木製の手よりもずっと硬いでしょうし、魔物の骨という事で魔力の乗りが良くなって指もスムーズに動くようになる。……と、思うんですよねぇ」
「最後がちょっと頼りないな。まあいい、持ってけよ」
「助かります」
ザッカスに軽く頭を下げてから、クグツはパットンへと向き直った。
「新しい身体になって色々と不安だろうけど、前の身体よりもひとつだけいいところがある。それは拡張性の高さだ。これから迷宮に何度も潜って、素材を集めて、どんどん強くしていこうじゃないか」
「ああ、それは実に夢のある話だな……」
パットンは薄く笑って頷いた。この先、自分が前よりも強くなれるかもしれないという事。頼れる相棒が自分をいつも気にかけてくれるという事。様々な感情が交ざり合い、とても一言で言い表せそうになかった。
コカトリスの肉は取れたものの、まだ不十分である。迷宮オオカミならばあと数体、コカトリスならばもう一体分欲しい。
しかし戦力の要であるパットンのパーツが破壊された状態では迷宮に潜る訳にもいかなかった。
「いいか三日だ、三日で直せ」
残り時間からしてそれが限界だと、ザッカスは厳しく言った。
クグツたちに異存はない。パットンの手を修理して、迷宮に潜り肉を確保して騎士団に納めるとなれば、タイムリミットはその辺だろう。
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