第9話 信頼と常識

 薄暗い迷宮を進む奇妙な三人組。第一層をかなり進んだはずだが受付嬢の忠告通り、他の冒険者とすれ違う事はあっても魔物には出会わなかった。


「平和だな。化け物どもは休暇取って温泉にでも行ってんのか?」


「そうだとしたら人間よりよほど上等な生活をしているな」


 ザッカスとパットンがつまらない冗談を交わす。この時はまだ、それだけの余裕があった。第二層に降りてまたしばらく歩き、それでも魔物に出会えないとなるとザッカスの顔に少しずつ焦りが浮かんできた。


「おいおいおい、どうすんだこれ。本格的に肉が取れないぞ!?」


「諦めたら?」


 パットンがあっさりと言い、ザッカスはとんでもないとばかりに首をブンブンと横に振った。


「冗談きついぜ。祭りっていうのはな、肉を片っ端から焼きまくって酒を浴びるように飲む神聖な儀式だぜ。それで肉がないってどういう事だ、全裸で教会に行くようもんじゃねえか!」


「それは、大罪だな……」


「そうだ、肉の調達係が肉を用意できないってのはそれくらいの大罪だ。メシアが見下して唾を吐きかけるくらいのな! そして俺は肉のひとつも用意できない無能者として窓際に追いやられる、場合によってはクビだ、クビ!」


「へえ、大変だな」


「なんでそんなに他人事なんだよ!?」


「他人だからな」


「クグツぅ! お前のゴーレム、口が悪すぎるぞ! 性格が良くなるパーツとかないのかッ!?」


 ふたりの漫才には付き合わず考え事をしていたクグツが呟くように言った。


「地下三階まで脚を伸ばしませんか?」


「なんだって?」


 ザッカスとパットンは同時に怪訝な眼を向けた。


 二階に敵が出ないから三階へ。予定をころころと変えるというのは冒険者にとって非常に危険な行為である。パットンなどはつい最近、迷宮に深入りしすぎて身体を失ったばかりだ。クグツもそれを理解しているのか、苦笑いを浮かべて言った。


「何も考えなしって訳じゃないよ。狙うべき相手を絞って、そいつを倒したらさっさと帰ろう」


「ふぅん。で、マスターお目当てのかわいこちゃんは誰よ?」


「コカトリスさ」


 それは鶏と蛇を合わせたような身体を持つ化け物であった。噛み付いた相手を石化させる厄介な能力を持ち、毎年多くの犠牲者が出ている。


「奴の石化能力は生物に対してのみ有効だ。つまりゴーレムには効かない。パットンが正面から相手をして、私とザッカスさんが隙を突いてバッサリ、これでいけると思うんだ。迷宮オオカミに比べて可食部も多いからね、二体か三体で済むだろう」


 どうですか、とザッカスへ視線を送る。彼は心から納得した訳ではないがという顔で頷いた。


「居るか居ないかもわからんワン公を探し回るよりかはマシかもしれんな」


「パットンはどうだい? 君の役目が一番危険だ、ノーと言うならやめておくが」


 パットンは足を止めて唸った。悪くはない考えだと思う。懸念材料があるとすれば自分の身体だ。騎士型のボディであれば第三層の魔物などひとひねりであっただろうが、今のボディならばどうか。正直なところ自信がない。


「なあマスター。一回、一回だけ弱音じみた事を言わせてくれ」


 パットンは人差し指を真っ直ぐに立てて聞いた。その指は戦う者の手としてはあまりにも細く頼りないように思える。


「俺にコカトリスが倒せると思うか? 今の、この姿の俺に?」


「出来るさ」


 と、クグツはほぼノータイムで答えた。それは信頼を通り越して、日が昇って落ちるのと同じくらいの常識だといわんばかりの物言いであった。


「パワータイプかスピードタイプかという属性が変わっただけで、君のコアに刻まれた戦いの経験は変わらない。三層の敵など相手にならんさ。それにもし君が破壊されても、何度でも修理してみせる」


「……ずいぶんとまあ高く買ってくれるものだな」


「二十数年、ずっと一緒にやってきたわけだからね」


「二十数年、ずっと一緒にやってきた相棒に、こんな姿にされた訳ですけどぉ!?」


「それはまあ、うん、ね?」


「言い訳すら思いつかんのかいッ!」


 仕方のない奴だな、とパットンはため息を吐きながら頭を掻いた。身の丈に合わぬ高級品であるというピンクのロングヘアがサラサラと揺れる。


 そう、長い付き合いだ。クグツがこの場面で強さについて世辞や楽観論など語るはずがないと知っている。彼は研究者として相棒の強さを確信しているのだ。


「わかったよチクショウめ。デカい鶏の一匹や二匹、サクッと始末してやらあ」


 パットンがそう言うと、クグツは満面に笑みを浮かべて頷いた。


 ……卑怯者め。


 と、心中で呟いた。そんな顔をされたら全力でやらざるを得ないではないか。

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