第8話 楽しいピクニック

「で、もちろん仕事は受けてもらえるんだよな?」


 こうした事は今までに何度もあった。それなりに長い付き合いである。当然ふたつ返事で了承してくれるものとばかり思っていたのだが、何故かクグツとパットンは首を捻り渋っていた。


「な、なんだよ……」


「いや、問題は巨大イノシシを倒した後は誰が持ち帰るのかって話だ」


「そりゃあパットン、お前が……」


 指を差し、そこまで言ってからザッカスは気が付いた。今のパットンは巨大イノシシを軽々と持ち上げるような騎士型ではない。パワーはかなり落ちているし、体格的にも巨大イノシシを持ち運ぶのは無理がある。


「迷宮オオカミじゃダメか? それなら持てるんだが」


 ザッカスは思案し、納得とはほど遠い顔で答えた。


「そうなると倍の六体は欲しいな。いや、可食部の違いを考えれば九体は」


 しかし、と今度はクグツが渋い顔を上げた。


「そうなると今度は単純に作業量が多くなります。私とパットンだけで迷宮を九往復、建国祭までにはとてもとても。誰か他に当てはおらぬのですか?」


「クグツぅ」


 と、ザッカスは低い唸り声を上げた。


「俺の友達はお前らと借金取りだけだ」


 自慢するような事ではない。ならばどうしたものかと男ふたりは頭を抱えた。


 ポン、とパットンが木製の手を叩いた。


「人手が必要ならいい方法がある」


「おう、何だ、聞かせてくれ!」


 ザッカスはパッと表情を明るくした。


「簡単だ。おっさん、あんたが手伝え」


「うむ、そうか、聞かなかった事にしていいか!?」


「ダメだ」


 有無を言わさず一蹴されザッカスは嫌そうな顔をした。それはもう、もの凄く嫌そうな顔である。


 しかしパットンの考えは道理にかなっている。迷宮オオカミの肉を運ぶのがふたりになれば迷宮に潜る回数は単純計算で半分になる。一回くらいはクグツにも担いでもらえば四回で済むのだ。建国祭まで残り一週間、これで十分に間に合うはずだ。


「いつまでも犬にキンタマ噛まれたみたいなツラしてんじゃないよ。あんたの剣は飾りじゃないだろう?」


「酔っ払いの相手くらいなら……」


「頼もしいこった」


 凶悪犯の相手などは大型ゴーレムがやるので人間の騎士にそれほどの力は必要ない。そんな甘い考えのツケが今、一気に請求された。



 翌朝。迷宮前にある冒険同業者組合のテントにて、受付嬢は怪訝な顔をしていた。


 入場申請をしに来たのは顔色の悪い魔道技師と、顔と髪の造形に気合いの入った女性型ゴーレム、そして近所でも評判の不良騎士である。前世で一体どんな罪を重ねればこんな珍道中をする羽目になるのだろうかと不思議でならなかった。


「目的は迷宮オオカミの肉。あまり深く潜るつもりはありません、基本的に一層か二層です。半日と立たずに戻れるかと」


 事前計画を簡単に説明するクグツに、受付嬢は困惑の眼を向けた。


「あの、何か?」


「この時期は同じように食材目当ての冒険者が沢山入っておりまして。浅い階層ではまともに狩れるかどうかもわかりませんよ」


 迷宮に入れば後は全て冒険者の自己責任である。わざわざこんな忠告をする義理などないのだが、受付嬢は奇妙な冒険をせねばならなくなったクグツに少し同情していた。


「姉ちゃん、そんなにかい?」


 ザッカスが無精髭を手でなぞりながら聞いた。あまりにも気安い物言いに少し苛立ちながらも、受付嬢は親切に答えてくれた。


「肉の買い取り相場が二割から三割ほど上がっていまして、冒険者のみなさんにとっては稼ぎ時なのです。今はまだマシな方ですよ。建国祭前日になると、魔物の肉を巡って、その、奪い合いになったりするかもしれませんので……」


 クグツたちは思わず顔を見合わせた。受付嬢は奪い合いと言葉を濁しているが、実際のところは殺し合いだろう。迷宮という他に目撃者の居ない殺人許可区域において、他人の恨みを買ったまま放置するような間の抜けた冒険者はいないはずだ。さっさと殺してしまった方が手っ取り早いし確実である。


「そこまでするのか……」


 と、呟いて表情を歪めるクグツにザッカスは口の端を吊り上げて言った。


「建国祭前日ともなれば五割増しくらいになってんのかね。それか大貴族やら大商人に、これだけ納品しますと言っておきながらノルマをこなせず焦ったかだ。殺して奪う理由としては十分だろう、他人が納得するかどうかは別としてな」


「人間ってアホなのか?」


 パットンが吐き捨てるように言う。


「そんなアホに作られたのがお前だ」


「……オッサン、俺はお前が嫌いだよ」


「そうだろうな、知っている」


 険悪な空気を醸し出す騎士とゴーレム。そんなふたりの尻が同時に撫でられた。


「ひゃん!」

「ぬおッ!」


 ふたりは同時に振り向く、そこにいた妖怪尻撫での正体はにやにやと薄笑いを浮かべるクグツであった。


「ふたりが仲良しなのはわかったよ。そろそろ出発しないか?」


 正論である、そしてやり方は最悪だ。パットンは詰め寄るように言った。


「いきなり尻を撫で回すな! 一体何を考えていやがるんだッ!?」


「何って、ただのスキンシップだろう。男が男の尻を撫でただけだ」


「ぐっ……」


 男の尻と強調された事でパットンは言葉に詰まってしまった。自分が何に驚き、何に怒っているのかよくわからなくなってしまった。


「……男同士でも、いきなり尻を撫でられたら怒るに決まっているだろう」


「それもそうだな。いやあ、ごめんごめん」


 ふん、と唸りパットンは意識して脚を大きく広げながら迷宮へと進んでいった。そんな彼の艶めかしい尻を眺めながら、クグツはペロリと指を舐めた。


「染まってきたかな……」


 眼鏡の奥で研究者の妖しい瞳がキラリと光った。

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