第7話 ウェルカム・ハウス

 ドンドン、とドアが無遠慮に叩かれクグツとパットンが同時に顔を向ける。


「おいクグツ、おるかぁ!? 俺だ、ザッカスだ!」


 酒焼けした中年男のダミ声。どこをどう考えても不審者の来訪であり居留守が一番正しい対処法なのかもしれないが、残念ながら知り合いだ。


 仕方がないなと呟きながらクグツは立ち上がり、鍵を外してドアを開けた。


 そこに居たのは三十代の、無精髭を生やし薄汚れた鎧を着込んだ男であった。声だけでなく身なりも不審者そのものだが、一応この国の正式な騎士である。


「喜べ、貧乏人のお前に仕事の依頼だ。騎士団の詰め所に肉を……、ん?」


 ザッカスが部屋の中を覗き込むと、奥に居たパットンと眼が合った。酔っ払いの濁った眼と、人形のガラス玉。ふたつの視線がしばし交差する。


 やがてザッカスが優しげな笑顔を浮かべ、クグツの肩をポンと叩いた。


「風俗に行こう、な? おごってやる」


「何か……、凄い勘違いしてません?」


 借金取りに追われるのが日課のような男におごると言われてしまった。これはもう尋常な事ではない。


「いや、いいんだ、いいんだ。後は俺に任せてくれ。いくらモテないからって等身大の人形なんかで遊ぶ事はないだろうよ」


「ちょっと待てコラァ!」


 パットンは立ち上がり一喝した。


「うわ、喋った!?」


「他人を怪しげな大人のオモチャみたいに言うんじゃねえ! 覚えているだろオッサン、俺だよパットンだよ!」


「え、いや、パットンって騎士型のごっつい奴だろ?」


「前のボディはぶっ壊れちまったんだよ!」


 ザッカスが振り返り、眼で『マジか?』と聞いた。


 クグツは深く頷き、『マジです』と無言で答えた。


「ああ、うん、事情はわかった。納得できた訳じゃあねえがとりあえずわかった。しかし、何で女型ゴーレム? 騎士型からの落差が激しすぎるだろ!」


「おうおう、もっと言ってやれ!」


 困惑治まらぬザッカス、囃し立てるパットン。クグツは苦笑いを浮かべながら頭を掻いて説明した。


「ゴミ捨て場で拾ったのが女性型ボディだったんですよ……」


「なるほどな。それはわかったが腕や足まで女性型にする必要はあったのか?」


「これはパットンにも説明したのですが、全体的なバランスは強さに直結しますからね。結構大事なんですよ」


「あの顔や髪もか? 特にピンク色のロングヘアのウィッグなんて、結構お高そうに見えるんだが。あれもバランスと何か関係があるのか?」


「趣味です」


「んん……?」


 堂々と言い放つクグツに、ザッカスとパットンは同時に唸った。


「私の趣味です」


「それは、その……、強さと何か関係があるのか?」


「可愛い方がやる気が出るじゃないですか」


「ちょっと待てぇ!」


 パットンが軽快に跳び寄り、クグツの胸ぐらを掴んで揺さぶった。


「マスター、あんた俺のボディを作って金がないだの貯金が尽きたのと言っていたが、まさかこの髪のせいじゃあるまいな!?」


「それだけって訳じゃないけど……」


 クグツの眼は泳いでいた。


「いくらだ?」


「おいおいそんな、お金の話なんてやめようよ」


「い、く、ら、だッ!?」


 相棒に詰め寄られ観念したか、クグツは金額を呟いた。その瞬間、聞いたパットンとザッカスの頭に同じ感想が浮いてきた。こいつ馬鹿か、と。


「仕方がないだろう。頭部パーツを買って加工していると、自画自賛したくなるほど可愛く出来てさ、この顔に合うのはロングヘアだなって思いながら市場を回っていたら丁度いいのがあってさあ」


「仕方がないって言葉の意味を辞書で引き直せぇ!」


「この家に辞書などない」


「そんな事を言っているんじゃねえぇ!」


 パットンの魂の叫びが虚しく響く。まあまあ、とザッカスが苦笑いを浮かべながら割って入った。


「そんなお前らに朗報だ。今日は仕事を頼みに来たんだよ。どうだい、俺が天使に見えてきただろう?」


「借金まみれの酒臭い天使がいるならそうだろうな」


 パットンは椅子に座り直し、脚を大きく広げてパンと膝を叩いた。見た目こそ可愛らしい女の子だが、仕草は完全に中年男である。


「借金は決して悪い事ではないぞ、それだけ社会的信用があるって事だ。男の人生、自分の香典を前借りしてからがスタートだ」


「終わっていますね」


 クグツとパットンが冷たい視線を送るが、ザッカスは構わず話を進めた。


「もうすぐ建国祭だろ。騎士団でも宴会に使う肉が欲しいんだ。巨大イノシシ三体分くらいな。で、それをお前らに依頼しようって訳だ。ちゃんと金は出すぞ」


「ピンハネしていないでしょうね」


「心配するな、常識の範囲内に収めている」


 まったく、とクグツはため息を吐き頭を掻いた。堂々と汚職宣言されてしまったが、変に隠されるよりは良いのかもしれない。彼は常識の範囲内だと言った、ならば本当に常識の範囲内でありクグツにもしっかりと利益が出る金額なのだろう。そうしたところだけは信用できる。そしてクグツはこの不良騎士の事が嫌いではなかった。


「帝国で政争に敗れた没落貴族が山の上に逃げ込んだ日の何がめでてぇのかはわからんが、酒を飲む口実を用意してもらえるのはありがてえな」


「ザッカスさん、そういう事を言うから嫌われるんですよ」


「心配するな、さすがに外では言わねえよ。俺は空気の読めるナイスガイだ」


「そうですか」


 クグツはこの男の更生を早々に諦めた。誰にだって時間は有限である、出来る限り無駄な事はしたくない。

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