第6話 塞がれる退路

「さて、迷宮オオカミを持って帰るか。悪いがこの身体じゃあ大量の荷物は持ち運べんからな」


「そうか、それは盲点だったな……。これからは獲物も厳選しなきゃならないな」


 パットンが迷宮オオカミの死骸を担ぐと、傷口からだらだらと血が流れパットンの身体を汚した。それを見たクグツがもの凄く嫌そうな顔をする。


「ああ、身体が血まみれじゃないか……」


「そりゃそうだろう。たった今ぶった斬ったんだから。のんびり血抜きをしていられるような環境でもないしな。なんだよ、今までそんな事は気にしてもいなかっただろうが。帰って適当に水で流せばいいや、って」


「血塗れの騎士と、血塗れの女の子じゃ意味合いが違ってくるだろう」


「女の子とか言うな」


「汚れに強い素材に代えるか、何らかのコーティングをする必要があるな……」


 歩きながらブツブツと呟くクグツ。しばらくしてからパットンはその言葉の違和感に気が付いた。


「ちょっと待て。何でこの身体を改造する事が前提なんだ。金を貯めたらまた、騎士型のボディを揃えてくれよ」


「効率の良い狩りをする為にも、まずはその身体をある程度バージョンアップさせないと」


「そこまではわかる、まあいいだろう。だが汚れ落としは関係なくないか?」


「汚れでパフォーマンスが落ちるというのは良くある事だよ。汚れや臭いで敵に発見されやすくなったり、関節に詰まって動きづらくなったりと。決して疎かにしてはいけないんだ!」


「お、おう、そうか。済まなかった……」


 魔道技師が自信を持って言い切るのである、対してパットンは自分の身体であるとはいえメンテナンスの素人だ。なんとなく説得力もあってパットンは引き下がったが、やはり釈然としないものは残った。こいつは女性型ボディを愛でたいだけではないのか、と。




 地上に戻り冒険者同業組合のテントで帰還報告をしている時も、受付嬢は訝しげな顔でパットンをチラチラと見ていた。ある意味でこれが普通の反応というものだろう。


 パットンは不快であったが、ここで何か言えば余計に話がややこしくなるだろうと考えて黙っている事にした。


『何を見ていやがる、文句があるなら言ってみろ』


 と、凄んだところで、


『君が可愛らしいから気になるのさ』


 と、身内が後ろから刺してくるのは想像に難くない。


「持ち出しは迷宮オオカミが一体、確認しました。こちらで買い取りしましょうか?」


 迷宮で回収した食材や素材は周囲にいる商人と交渉して買い取って貰った方が高値で売れるが、交渉ごとが苦手だったり時間がもったいないという者は組合に買い取ってもらう事が出来る。人付き合いの苦手なクグツは考える事なく受付嬢の提案に乗った。


 奥からやって来た職員が迷宮オオカミの肉質を確認し、銀貨数枚を差し出す。これを受け取って帰宅するのが迷宮探索の流れである。


「これが食費で、こっちがパットンの改造費で……。いやいや、ある程度貯めてから良い素材を買うべきか……」


 クグツは歩きながら銀貨を数え、ひとりでぶつぶつと呟いていた。


「なあマスター、ひとつ聞きたいんだが」


「ああ……、うん。え、何だい?」


 相棒に話しかけられ、クグツは夢から覚めたように振り向いた。


「どうでもいいと言えばどうでもいい話なんだが、迷宮オオカミの肉ってどうなんだ。俺は飯食わないからわかんないけどよ」


「うん、迷宮オオカミの肉ね。固くてマズいよ!」


「マズいのかい……」


 満面に笑みを浮かべてそんな事を言われても困ると、若干引き気味のパットンであった。


「骨ごとミンチにして獣脂を加えて、味の濃いソースで誤魔化せばなんとか食えるってレベルだよ。酒で舌を麻痺させればなお結構だね」


「結構、という言葉の意味が人間とゴーレムで違うらしいな」


「これは手厳しい」


 と、クグツは笑って見せたが、その笑いはどこか寂しげなものであった。


「選り好みはしていられないのさ。食料の大半を迷宮の獲物で賄おうって国だ。歪なんだよ、最初から。それでも……」


 クグツは少し間を置いてから言った。


「それでも、人は生きていかねばならない」




 それから数日後。何度か迷宮探索を繰り返し、それなりに貯まった銀貨を前にしてクグツは唸っていた。


「さぁて、こいつをどうしたものか……」


「まず腕を改造してくれ、腕をさ。いくら素早くってもパワーがなけりゃ何にも出来ねえ。丸太みてえなぶっとい奴を頼むよマスター」


 指を振りながらリクエストするパットンに、クグツはゆっくりと首を横に振った。


「腕だけ重くしたら全体のバランスが悪くなって、最悪ずっこけるよ」


「む、それなら脚だ。騎士型か採掘型のパワフルな脚にしてくれ!」


「それこそ素早さという利点を完全になくしてしまうな。しかも予算的に改造できるのは片方だけだ、片脚マッチョの前衛芸術になりたいかい?」


「いや、世間に訴えたい事なんか何もない……」


 天井を見上げて唸るパットンに、クグツは優しく諭すように言った。


「バランスは大事だよ。魔道技師の仕事の八割はバランスを整える事だと言っても過言じゃあない」


「ええと、つまりあれか? 少しずつ男性型ボディに代えていくとかそういうのは無理って事か?」


「全部まるごと取っ替えるしかないね。無論、そんな金はない」


「オーノー……」


 パットンは頭を抱えてしまった。悩む本人の前では言えないが、やはり可愛らしいなと心配しながらニヤニヤと笑うクグツであった。

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