第5話 心の器
翌朝、クグツとパットンは迷宮前の受付にやって来た。案の定というべきか、受付嬢は怪訝な顔をして書類とパットンを交互に見ていた。
「困りますよクグツさん。新しいゴーレムを連れて入るならちゃんと登録していただかないと」
「新しくはないですよ、コアはパットンのままです。ボディがちょっと変わりましたがね」
「ちょっと……?」
「はい」
受付嬢が書類とパットンを交互に見る速度がさらに上がった。
とんだ羞恥プレイだ、やめてくれ。パットンは今にも泣き出したいような気分であった。涙を流す機能があったら間違いなく泣いていただろう。
「あの、これは必須の質問ではないので無理にお答えいただかなくても構わないのですが。何故、騎士型のゴーレムを女性型に?」
「可愛いでしょう?」
「え、あ、はい。まあ……」
「以上です」
「そうですか」
受付嬢は納得したというより、これ以上こいつと話しても無駄だと悟って書類にサインをした。
迷宮内に入ったクグツとパットン。第一層は混雑、人混みといったほどではないにせよ他の冒険者の姿を見かける事が多々あり、魔物と出会う事はなかった。
「今日は迷宮オオカミか巨大イノシシの肉でも持ち帰りたいねえ」
クグツがピクニックでもしているようなのんびりとした口調で言った。
彼らが住む『山頂の王国』は一年通して気温が低く、夏ですら最高気温十度といった環境であった。冬になるとマイナス三十度が当たり前という世界である。
作物はあまり育たず野生動物も捕獲しづらい。その為、迷宮で食材を集めて市場に流し生活をしているのである。迷宮は国のあちこちに点在し、人口の約四割が冒険者であった。
「ボディの調子はどうだい?」
クグツが聞くと、パットンは不本意だがと前置きしてから言った。
「寄せ集めのパーツにしてはなかなかよく動く。騎士型に比べてかなり軽いな。大分パワーダウンしているのがちょいと心配だ。今までとはまったく違った戦い方をしなけりゃならんだろうな」
「調子が良いか、それはなによりだ」
「良くねえよ! 俺は男型人格だ、いつまでも女の身体に入っていられるか!」
薄暗い迷宮内に魂の叫びが響き渡る。
「その事なんだが……」
と、クグツは後頭部を掻きながら言った。
「ゴーレムの人格に男、女の違いはない。つい最近学会でそう発表された」
「何だって? いや、でも俺は男だろう? お偉い学者センセイがそう言ったからって、はいそうですかと納得できるかッ!?」
「ずっと男性型のボディに入っていたから自分は男だと思い込んでいるだけで、女性型に慣れてきたら女だと思えるようになるんじゃないか?」
「そんな無茶苦茶な話があるか! それじゃあ何か? 犬型のボディに入っていたら自分は犬だと思い込むようになるのかゴーレムって奴はよぉ!?」
「そうかもね」
「ぬぅぅ……ッ」
あっさりと言われてしまった。これに対して何か反論しようとするものの、パットンに専門知識がある訳ではなく、上手く言葉が出てこなかった。
「……俺は諦めんぞ。女の身体に入ったとしても、男の心を失うつもりはない!」
「それもいいんじゃないか。自分が何者かは自分自身が決める事だ」
クグツはパットンの尻を眺めながら言った。必死にヤスリがけして滑らかにした自信作である。
納得というよりも適当な感じで返され、パットンはますますムキになって決意した。俺は男だ、男であると。
雑談をしながら第二層に降りてしばらく歩いていると、パットンがピタリと足を止めた。
「前方一体、何かがいるぜ」
グルル、と凶悪な唸り声をあげて闇の中から姿を現したのは迷宮オオカミであった。
パットンは少し緊張しながら安物の剣を抜いた。以前のような騎士型のボディであれば片腕で捻り潰せる相手であったが、今のボディでどこまでやれるかはわからない。
気に入らないボディとはいえ、これを破壊されては今度こそ破産である。たかが二層の魔物、しかしこれはパットンたちにとって運命を左右する一戦であった。
「来いよワン公。おね……、お兄ちゃんが遊んでやるぜ」
今、とんでもない事を口走りそうにならなかったか。深く考える間もなく迷宮オオカミが涎を撒き散らしながら襲いかかってきた。
「こんにゃろ!」
パットンは剣を袈裟斬りに振るう。しかしボディに慣れていないせいか距離感が上手く掴めず、いとも簡単に避けられてしまった。
壁を蹴って飛びかかる迷宮オオカミ、鋭い牙がパットンの眼前に迫る。しかしパットンは身を捩ってこれを避けた。自分でも驚くほど身体がスムーズに動いた、華麗な回避である。
……身体が軽い、これならばいけるか!?
パットンは迷宮オオカミの無防備な脇腹を斬り上げた。不用意に飛び上がった為、空中で方向転換の出来ぬ迷宮オオカミはその一撃をまともに食らい血を撒き散らしながら落下、絶命した。
「やった、か……?」
パットンは信じられないといった気分で呟き、右拳をぐっと握った。今まで鈍重な騎士型の動きに慣れきっていただけに、軽くて素早いボディでの戦いは実に新鮮であった。
「気に入ってくれたかい?」
クグツが笑って聞いた。自分の仕事に満足して貰える、それは研究者としても職人としても非常に嬉しい事だ。
「ああ、なかなか良いボディだ。気に入ったよ」
そう口にしてからパットンは何かに気付いたように慌てて手を振った。
「いや、待て。別に女の身体が気に入ったって訳じゃないぞ! 軽くて動きやすいボディも悪くないって話だ!」
「まだ何も言っていないじゃないか」
「言うつもりだったろ?」
「まあね」
「こいつは……」
クグツは相変わらずにこにこと明るく笑っている。パットンも怒り続けている事が馬鹿らしくなり、プッと吹き出してしまった。薄暗い迷宮に男と女の笑い声が響く。
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