第4話 今日から女の子

 次の日も、また次の日もクグツはゴミ漁りを続けていた。元より諦めるつもりなどなかったが、ボディパーツが手に入り相棒の復活が現実的になるとモチベーションが違ってきた。


 使えそうなアームパーツやレッグパーツを見付けて、これを修繕した。


 ヘッドパーツくらいは真新しい物が良いだろうと、市場で素材を買い求めて自作した。


「……出来たぞ、パットン」


 パーツ集めを開始してから一ヶ月後、クグツは自室兼研究所にて満足げに言った。


「おお、そうか! さっそく俺を入れてくれよ!」


 台座に置かれた水晶玉がチカチカと光り、喜びの声を上げた。


 クグツはその水晶玉、相棒のゴーレムコアを大事そうに両手で包んで持ち上げた。コア単体のパットンに視覚はない、触覚もない。だがボディに向かって運ばれているのだという事だけは何となくわかった。


「なあマスター」


「ん、何だい?」


「ありがとう。いや、何度もこういう事を言われるのは好きじゃないかも知れないが、もう一度だけ言いたくなってな」


 それはゴーレムボディを作ってもらった事に対してだけではない。ゴーレムコアとは本来、人間たちにとって人格のある消耗品に過ぎないのだ。それを命がけで救い、友人だ相棒だと呼んでくれる。ゴーレム冥利に尽きるというものだ、こんなに嬉しい事はない。ゴーレムに涙を流す機能があれば、きっとどこかで泣いていただろう。


「……素直に受け取っておくよ、どういたしまして」


 クグツがはにかみながら答えた。


 ゴーレムボディの腹部がパカリと開かれ、コアがセットされた。パットンの意識が一時的に遮断され、クグツがゴーレムボディに魔力を流してコアとボディの感覚を接続した。


「さあ、目を開けてみてくれ」


 クグツの声が今までとは違った立体的な響きで聞こえた。


 パットンは恐る恐る目を開く。ゴーレムなので急に光りを浴びたところで眼を痛める心配などないのだが、どうしても緊張してしまうものだ。妙なところで人間らしいゴーレムであった。


「おお……」


 懐かしき相棒の優しい笑みが見えた。次に自分の手を見る。妙に細くて小さい気がした。


「……んん?」


 何かがおかしい。自分の声が変に甲高い気もする。足を見ると、以前使っていた騎士型とは比べものにならぬほど細い。金がないから安くて小さいボディにした、というのとも少し違うようだ。


 身体に触れてみる。ゴーレムなのだから硬いのは当然として、何故か丸っこい。


 頭に触れてみると妙な手触りがした。これは髪の毛だ。何故ゴーレムに髪の毛が必要なのか、それがわからない。


「なあマスター。鏡、あるか……?」


「うん、あるよ」


 返事がもの凄く早い。まるでパットンがそう言い出すのがわかっていたかのように。


 嫌な予感がする。またしても恐る恐るといった様子でパットンは、クグツが楽しげな笑みを浮かべながら構える鏡を覗き込んだ。そこにいたのは大きな目、輝く瞳、ピンク色のロングヘアー、可愛いらしい女の子であった。


 パットンは首を傾げた。何故か鏡の中の女の子も首を傾げる。

 パットンは手を上げてみた。何故か鏡の中の女の子も手を上げる。


 現実逃避をしようとしたが逃げ道は全て塞がれてしまった。要するにパットンのゴーレムコアはこの美少女の身体に接続されているらしい。


「マスター! こりゃあ一体どういう事だぁ!?」


「大丈夫、すごく可愛いよ」


「それが問題なんだよぉぉぉ!」


 ゴーレムが疲労を感じるはずがない。充填された魔力が切れない限りパフォーマンスの低下なしで動けるはずだ。それなのに、精神にはどっと疲労感らしきものが押し寄せていた。


「……いくつか質問があるんだが、いいだろうか?」


「何でも聞いてくれ。美女のお願いだ、断らないよ」


 自分で面白い事を言えたつもりなのか、クグツはくすくすと笑っていた。こっちはそれどころじゃないんだ馬鹿野郎と怒鳴りつけてやりたかったが、話が先に進まないのでゴーレム忍耐力を発揮してなんとか堪えた。


「確かに俺は何でもいいからボディを用意してくれとは言ったさ。ああ、確かに言った。だが何だって、よりによって女性型ボディなんだ?」


「ゴミ山で見付けたのが女性型のボディパーツだったからだよ。あの時は君も喜んでくれたじゃないか」


「そうだな。感動を返してくれ」


 女性型のボディパーツに合うのは当然、女性型のレッグパーツでありアームパーツだ。そうして全体を整えていくうちに出来上がるのは女性型ゴーレムである。それも当然と言えば当然の流れであった。


 理由はわかった。納得できるかどうかは別として。


「ところでパットン、ここでひとつ残念なお知らせがある」


「俺が女体化した以上に残念な事があるのか、そりゃあ聞くのが楽しみだな」


「本格的に金が尽きた」


「んんッ!」


 シンプル、アンド、ダイレクト。金がない、これほどわかりやすく深刻な悩みは他にあるまい。何故もっと計画的に使わなかったのか、パットンはそう聞こうとして思いとどまった。貯金を吐き出した理由は自分のボディを用意する為だ。たとえそれが途中で変な拘りを出して暴走した結果だとしても、やはりそこを批難するのは信義に欠けるような気がしたのだ。


「オーケーオーケー、話を整理しよう。つまりこういう事だな。俺はこの格好で迷宮に潜らにゃならん、と」


「話が早くて助かるよ」


 ああ、と呟きパットンは薄汚い天井を見上げた。


「山の上に神はいないらしいな」


「会った事はないねえ」


 クグツのあっさりとした返事に、パットンはため息を吐いてから首を大きく横に振った。当人には不本意極まりないであろうが、そんな姿にもどこか艶めかしさがあった。

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