第3話 ゴミ溜めの希望

 適当な店で安い野菜スープを腹へと流し込んだクグツは、次に魔道技師学会へと足を向けた。街は相変わらず騒がしく、人混みが苦手なクグツは眉をひそめながら歩き続けた。


 人、人、人。そこに混じって人型のゴーレムがごく普通に歩いている。他の国ではとても見られぬ光景だ。それくらいこの『山頂の王国』ではゴーレムが普及していた。


 ところで、と前置きしてクグツの腰袋に収められたパットンが言う。


「魔道技師学会ってのは部外者が入ってもいいもんなのか?」


「何を言っているんだ。私は学会に所属する四級技師だよ」


「……ああ、そういえばそうだったか。普段から研究所に籠もるか迷宮に籠もるかしかしてなかったんで、すっかり忘れていたぜ」


「私もほとんど顔を出していないからなぁ」


 クグツは苦笑を浮かべて肩をすくめた。


「いや、ちょっと待て。どういう基準で決められているかは知らねえが、マスターが四級ってのはちょっと低すぎやしねえか? 自惚れた事を言わせてもらうが、俺は地下五層まで辿り着いたゴーレムだ。そんなゴーレムを使役出来るマスターが四級って、上はどんだけ化け物揃いだよ」


「人外の領域に足を突っ込んでいるのは一級と特級だけさ。後はまあ、普通に優秀って感じかな」


「じゃあ、何でだよ」


 パットンの声は不満げであった。ゴーレムにとって自分のマスターが世間に評価されているかどうかというのは、かなり重要な事らしい。


 これは誤魔化せないなと、クグツは諦めたように言った。


「……試験の日になるとさ、お腹が痛くなるんだ」


「はぁ?」


 意味がわからない、そんな声が腰袋から聞こえた。


「四級までなら筆記試験だけで行けたんだけど、そこから上となると実技とか面接があるんだよねえ。緊張してお腹が痛くなって、まともに出来ないっていうか……」


「そ、そ、そんな下らない事でぇ!?」


「下らないって言うなよ。本人わたしにとっては死活問題さ」


「あ、ああ、済まない。いや、しかしな……」


 まだぶつくさと呟いているパットンを放っておいて、クグツは魔道技師学会の門をくぐった。


 今日もあちこちから木材や金属を加工する音が聞こえる。


 実験に失敗した研究員の悲痛な叫びが聞こえる。。


 学会という言葉が持つイメージからかけ離れた、最高で最低の学び舎だ。クグツは薄く笑っていた。まともな人混みよりも、こうした変人の巣窟の方が居心地が良い。


 懐かしげに周囲を見回しながら歩き、クグツたちは裏手のゴミ山へとやって来た。一体何に使ったのか、何のパーツなのかよくわからない物が山のように積まれ、異臭を放っていた。


「さぁて、やるかぁ!」


 クグツはゴミを拾い、確かめては投げ、確かめては放り投げと繰り返す。中には腰に来るほど重い物もあり、なかなかの重労働であった。


「すまんな、こういう力仕事こそゴーレムの出番だろうに」


「人生なかなか上手くはいかないものさ」


 申し訳なさそうに言うパットンに、クグツは明るい声で応じた。


 またクグツはゴミ漁りを再開し、やがてドンガラガッシャンと激しくゴミ山が崩れる音がした。


「おいマスター、大丈夫かッ!?」


「ああ、問題ない」


 クグツの答えはどこかぎこちなく、苦痛の呻きのようにも聞こえた。


「マスター、本当に無理だけはしないでくれよ。あんたはただでさえ貧弱なんだから」


「そりゃあゴーレムに比べればね。いつも迷宮に籠もっているんだ、人並みの体力はある」


「しかし……」


「パットン、君の想像している通り私は今、少しだけ怪我をしている、ちょっと打ち付けた。だが何の心配もしないでくれ」


 相変わらずの弱々しい声。だがその中心に強固な覚悟のようなものも感じられた。


「これは君の為にやっている事じゃない、私たちの為にやっている事だ。怪我の心配などしなくてもいい、ただ成果を出した時に認めてくれ。男の仕事とはそうしたものだろう」


「……そうか、わかった。俺も腹を括ろう」


「腹、ないけどな」


「じゃあ探し出してくれよ、期待しているぜ」


 ゴミに埋もれて冗談を交わし、笑い合ってからまた作業に戻った。


 パーツを見つけた。出来が悪い、ゴミだ。クグツは腕のパーツを放り投げた。


 パーツを見つけた。中まで腐りきって修繕は不可能。クグツは脚のパーツを放り投げた。


 日が傾き、クグツの汗と汚れの目立つ顔が照らされ暖色に染まる。今日はそろそろ帰ろうかと考えていた頃、また激しい音がしてゴミ山が崩れた。何度も痛い目にあった為か、クグツはこれを器用にひょいと避ける。そして崩れたゴミ山の一角に、白くて丸いものが見えた。


 ……あれはゴーレム用のボディでは?


 悪臭漂う賽の河原で見つけた希望の光。クグツは慎重に足元を確認しながらゴミ山に登り、邪魔な物を次々と放り投げた。


「おいマスター、時間は大丈夫なのか?」


「大丈夫。今日はこれだけ、最後にこれだけ……ッ」


 パットンの不安げな声に、クグツは興奮気味に答えた。パットンに視覚はなく、クグツの腰袋の中から周囲の音が聞こえるだけなので何が起こっているのかわからず不安で仕方がなかった。


 やがてゴミを漁る音が止まった。


「やった、あった! あったぞ!」


「見付かったか!?」


「ああ、壊れてはいるが修繕すれば十分使えるボディだ。魔道技師の中には金持ちのお坊ちゃんも多いからな。ちょっと壊れただけですぐ捨てる奴もいるだろうと思っていたが大当たりだ!」


「今なら仕事ぶりを褒めてやるぜ、よくやったマスター!」


「あっははははは!」


 ふたりは夕日の下でいつまでも笑い合っていた。


 この時、パットンは疑問に思うべきだったかも知れない。貧弱なマスターがひとりで持ち帰れるサイズのゴーレムボディとはどのようなものであるのかと。


 クグツが大事そうに抱えているのは以前使っていた騎士型とはほど遠い、小さくて丸みのある女性型だった。

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