第2話 再起動

 身体中が痛い。飛んできた瓦礫が頭をかすめ血が流れ出ていた。それでも立ち止まっている暇はないとクグツはゴーレムコアを大事に抱えて逃げ出した。


 クグツは走った、走り続けた。恐怖と疲労で心臓が止まりそうだ、肺が破れそうだ。それでも走り続けた。第四層への階段を上がり、ギガントミノタウロスが追って来ない事を確認して、ようやく壁に背を預けて立ち止まった。迷宮の腐敗した空気を胸いっぱいに吸い込んで、思わず嘔吐しそうになった。


「……臆病者が、一体どういう風の吹き回しだ?」


 ゴーレムコアがチカチカと光りながら声を発した。


「ああ、私は臆病者だからね。友達を見捨てた後の世界でどう生きればいいのかわからないんだ」


「見捨てた、って。誰がどう考えたってあそこは逃げる場面だろうが。百人に聞けば百人がそうだって答える、誰も責めやしねえよ」


「私自身が責める」


 クグツの声は震えている、だがハッキリしていた。これは決意を持って放たれた言葉だ。今のパットンに口はなく、肺もない。心の中で大きくため息を吐いてから言った。


「ありがとよ、そこまで想ってもらえて悪い気はしねえ。だがここからが問題だぜ、なんたって貧弱ボウヤひとりで、魔物を避けて地上に出なけりゃならんのだ」


「大丈夫、なんとなく行けるような気がするんだ」


「その根拠は?」


「今月の星占いで三位だった」


「オーケイ、来世でもよろしくな」


 投げやりになったつもりはない。腹をくくった、後は運を天に任せるのみである。


 第四層の魔物の隙を突いて素早く通り抜けた。第三層で戦っている冒険者たちの横を通り過ぎた。そうして半日かけて第二層、第一層へと辿り着き、やがて出口の光りが見えてきた。


 奇跡だ、信じられない。そんな顔でしばらく立ち尽くしていたクグツであったが、やがてニヤリと口の端を上げて腰袋にしまったゴーレムコアに向けて話しかけた。


「どうだい、ご感想は?」


「一位と二位は大富豪にでもなってんじゃねえの」


 顔も身体もないが、パットンは笑っているのだとよくわかった。




 迷宮の前は準備や待ち合わせをする冒険者たちであふれかえっていた。また、冒険者たちを相手にする出店も数多く出ている。迷宮から持ち帰った素材を買い取る店もあり、怒声に近い呼び込みが飛び交っていた。


 同業者や店には目もくれず、クグツが向かった先は冒険同業者組合ギルドのテントであった。


 そこには身長三メートルを超す拠点防衛型ゴーレムが鎮座しているので遠くからでもひと目でわかった。


 拠点防衛型は迷宮から迷い出てきた魔物を倒すために控えている。恐ろしく強力だが、その巨体故に迷宮の探索は出来なかった。その為にパットンたちのように人間と同じくらいのサイズの探索型が必要となってくるのだ。


「帰還報告、お願いします」


 クグツはテント内にいた女性職員に声をかけた。冒険者たちは迷宮に入る前と後に組合に報告する義務があった。ある意味で登山申請のようなものである。


 迷宮は国の管理下にある財産である。報告を怠ると窃盗や不法侵入といった罪に問われる場合があった。それでも迷宮の資源を横流ししようと無許可で入る者は後を絶たないが、それは今のクグツには何ら関係のないことであった。彼は自身の生活に対しては不真面目であったが、倫理観に不足のない男である。


「はい、お疲れ様でした」


 女性職員は明るい声で言った。冒険者が大戦果をあげようと、仲間を失い無様に逃げ帰ろうと、同じ態度で接するのがプロである。


「第五層に巨大な神殿が広がっており、そこに現れたミノタウロスタイプと交戦、ゴーレムが破壊され逃げ帰ってきました。持ち帰った素材はありません」


 神殿、と聞いたときに女性職員の眉がピクリと動いた。どういった原理かはわからないが、迷宮は日々その形を変えている。今まで神殿などなかったぞ、と考えているのだろう。


 またひとつ迷宮に厄介事が増えた。しかしそれも今のクグツたちにはどうしようもない話であった。




 クグツは自室兼研究室に戻ると、ゴーレムコアを大事に専用の台座に置いてから埃の積もったベッドに倒れ込んだ。今になって死の危険に晒された恐怖と、これからの生活がどうなってしまうのかという不安に押しつぶされそうになった。


「ええと、マスター。こんな時に悪いんだが確認したい事がある」


 水晶玉のようなゴーレムコアがチカチカと点滅しながら声を発した。


「俺の新しいボディを作るための材料、これを買う金はあるか?」


「……ない」


「俺抜きで迷宮の探索が出来るか?」


「……絶対無理!」


 ふたりはそのまま黙り込んでしまった。金がないのでゴーレムを直せない、ゴーレムがいないから金を稼げない。ひょっとして『詰み』という奴なのだろうかと、クグツの全身から冷や汗が浮いてきた。


 枕を涙で濡らしているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。そして数時間後、空腹を感じて目を覚ます。こんな時でも腹は減るのだなと自嘲しつつも、少しだけ落ち着きを取り戻していた。


「よし、飯でも食いに行こう」


 そう言ってクグツは立ち上がり、ゴーレムコアを腰袋に放り込んだ。パットンはクグツの声が震えていない事に気付き、心中で安堵のため息を吐いた。


「やるべき事は決まったか?」


 ドアに魔力を流し込んで施錠するクグツに、パットンが聞いた。


「飯食ってゴミ漁りかな」


「おいおい、まさかホームレスに転職しようって訳じゃなかろうな」


「あれはあれで体力が必要だし、縄張り争いとかもキツいらしいからね。私には無理だよ」


「それじゃあどういう風の吹き回しだ」


「魔道技師学会の裏にゴミ捨て場がある。あそこでまだ動くパーツを探して、修理して使おう。それから迷宮の一層とか二層の浅いところでチマチマ素材を集めて、パーツをひとつずつ新調していこう。元のような強いボディを手に入れるのに何年かかるかわからないけど」


「いいさいいさ、何十年だって付き合ってやらあ。道は途切れていない、希望が残っている事を今は喜ぼうぜ」


「ああ、そうだね」


 パットンはボディを失った事を少しだけ悔やんだ。今のクグツはとても明るく、そして頼もしい笑みを浮かべている事だろう。それが見られないのは残念であった。

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