ゴーレムマスター ~MAKE MY LADY~
荻原 数馬
第1話 ハッピー・バースデイ
「マスター! こりゃあ一体どういう事だぁ!?」
レオタード風のボディスーツを
いや、よく見れば少女ではない。首、肘、膝、さらには腰などの可動部は球体関節になっている。彼女は精巧な人形であった。
激昂する人形の目の前に座るマスターと呼ばれた男、白衣を着た不健康そうな顔の青年は暗い笑みを浮かべて言った。
「大丈夫、すごく可愛いよ」
「それが問題なんだよぉぉぉ!」
何故こんな事になったのか、時は一ヶ月ほど前に
薄暗い迷宮の奥深く。腐った血が染みこんだ石畳を足で叩いて進むふたつの人影。
ひとりはとても冒険者に見えない、線の細い青年である。名をクグツといった。
もうひとりはクグツよりも頭ふたつ分ほど高い大男であり、全身鎧を纏いながら軽々と動く騎士であった。名をパットンという。いや、『騎士』と呼ぶのは語弊があるだろう。『騎士風の』と呼ぶのが正しいかも知れない。彼は人間ではなかった、ナイトタイプのゴーレムであり、クグツはその
たったふたり、直接戦力になるのはパットンただ一体だけだと考えれば、迷宮の地下五層まで来られるのは相当な高性能である証である。
俺たちは最強のコンビだ、お互いにそう考えていた。そこには多少の驕りがあり、それは最悪のタイミングで我が身に降りかかってきた。
第五層をしばらく進んでいると、ここが地下迷宮の奥深くである事を忘れそうなほど広大な神殿が眼前に広がった。
「こいつは、凄いな……」
クグツは目を輝かせて呟いた。大発見だ、そしてここには様々な新素材が眠っているかも知れない。そうなれば相棒のゴーレムを大きく強化する事も出来るだろう。
研究者らしい好奇心を剥き出しにしてキョロキョロと落ち着き泣く辺りを見回しながら進むクグツ。そんな相棒を微笑ましく、少し呆れながら見守っていたパットンがピタリと足を止めた。
「マスター、下がっていろ」
パットンの真剣な声に、クグツは浮かれ気分を胸の内に押し込んで素直に彼の後ろへと回った。
太い柱の陰からのそりと出てきた、高身長のパットンが見上げるほどの巨大な魔物。牛の頭、四本の腕。そして腕の全て使って巨大なハンマーを掴んでいる。
「とりあえず『ギガントミノタウロス』とでも名付けようか」
「『クソ牛』で十分だ!」
パットンは大剣を構えて突進した。誰が相手であろうと勝てる自信はある。そしてこの貧弱なマスターに思う存分、神殿探索をさせてやりたかった。
「ぐぅおおおお!」
神殿全体がビリビリと震える咆哮と共に巨大なハンマーが振り下ろされた。
パットンは化け物の懐に飛び込んで角切りビーフにしてやるつもりだったが、ここでひとつの誤算が起こった。ハンマーの速度が予想よりもずっと速かったのだ。
……あの巨体、あの巨大なハンマーでこれほど素早く動けるのか!?
常識的に考えれば無理だろう。しかしその無理を通す為に四本の腕がある、丸太のような腕四本でハンマーの柄を掴んでいるのだ。奴にとって巨大ハンマーなど、食卓に並べられたスプーン同然であった。
避けきれない、そうと悟ったパットンは大剣を咄嗟に振り上げた。無駄な抵抗、そんな言葉のお手本のようなものであった。迷宮の第五層まで辿り着いた屈強なゴーレムの身体は、ただ一撃で大剣ごと粉砕されてしまったのだ。
「パットン!」
信じられない、信じたくない。クグツの悲痛な叫びが神殿に木霊する。
「マスター、逃げろ、逃げてくれ……ッ」
残骸から転がり出た水晶玉から声が発せられる。これこそゴーレムの本体であり人格が納められたゴーレムコアだ。
……長い旅の終わりにしてはずいぶんとあっさりしたもんだが、まあ悪くない人生だったと言うべきか。
いくら人格があろうともゴーレムは物であり、消耗品だ。それを二十数年も大事に使ってもらえたのだ、数年で使い捨てにされる他のゴーレムたちに比べて幸せだったというべきだろう。事実、死の間際だというのにマスターに対して恨みは感じず、ただ感謝の念と楽しい思い出しか湧いてこない。
大好きなマスターだ。だからこそ自分がいなくなっても強く生きて欲しい。そう願っていたはずなのだ。
……おい待て、足音が近付いているだと? 何をしているんだあの馬鹿はッ!?
腰に剣を差してはいるがほとんど使えない、おまけに気の弱い男だ。そんな奴がこちらに向かって走り出しているのだ。
今のパットンに眼は見えない。周囲の音が聞こえ、発声が出来るだけである。それでもクグツが自分を助ける為に走って来ているのだという事はわかった。。
逃がした羽虫が何故か寄ってきた。理解出来ないといった顔でギガントミノタウロスがハンマーを振り上げる。一瞬の疑問が一瞬の隙を生み、ハンマーが振り下ろされたのはクグツが間一髪でゴーレムコアを拾い上げた後であった。
神殿の床が大きく抉れるほどの衝撃。クグツの身体も紙切れのように吹き飛ばされ床に叩き付けられたが、その腕にはしっかりとゴーレムコアが抱えられていた。
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