結婚編

第18話 結婚指輪

~枇杷亭~

「ただいま。」

龍希が帰宅したのは朝日が昇るころだった。

あの後、本家に雷が落ちたことに驚いた一族が次々と集まり、説教の終わりが見えなくなった。


龍栄派はここぞとばかりに龍希を責め立てたが、肝心の龍栄は

「くだらない理由でお祝いに水を差すな。」

などと言ってやたらと機嫌がよかった。


『やっぱり大嫌いだ!あの野郎!』


龍栄は龍希と同じことを考えているのだ。

面倒な次期族長の座は異母兄弟に押し付けようと。


「お久しぶりでございます。」

フクロウの獣人母子が桔梗の部屋の前で待っていた。

母親のシュシュ医師とその娘で同じく医者のシュンだ。

「芙蓉は?」

「まだお休みになっておられます。」

シュシュは桔梗の扉を見る。

「体調は良くなったか?」


「私どもが初対面の奥様にどれだけのことができると?

こんなことは初めてでございます。普通は嫁入り前から、奥様のご体調管理ができるように勉強するのですよ。」


シュシュとシュンは龍希を睨みつける。

「あーそれは悪かった。」

「奥様によれば、つわりという人族の妊娠期の不調なので心配はないとのことです。何事もなければ8月ころのご出産だと。」

「はあ?そんなに先なのか?まだ2月だぞ。」 「ご懐妊は12月頃だろうと。人族の妊娠期間は280日近くもあるそうです・・・」

「は?」

龍希は驚いた。

そんな長い妊娠は聞いたことがない。

「お前ら十分詳しいじゃないか。」

「全て奥様に教えて頂いたのです。雛の頃から、人族の出産の手伝いをされていたそうで、役立たずの私共に一から丁寧に教えてくださいました。

それなのに・・・」

シュシュとシュンは軽蔑の目で龍希を睨んでいる。


「あーそうだ。シュン、族長がお前を妻の専属医兼侍女にするそうだ。」

「畏まりました。奥様は私がお守りします。

こんなに粗末に扱われるなんて!あんまりでございます!」

シュンは全身の羽を逆立てて怒る。

「いや・・・そんなつもりじゃ。まさかこんなに早く妊娠すると思わなくて。妻にはちゃんと謝るから。」

こればかりは素直に自分の非を認めるしかない。



「芙蓉、リュウカの部屋に移ってくれ。」

夕方、芙蓉は体調が少しよくなったところで、執務室に呼ばれ、若様からそう言われた。

「リュウカの部屋ですか?」

芙蓉は首を傾げる。

「ああ、この部屋の向かいだ。リュウカは紫竜の妻の証だから。」

そう言って若様は2つのリュウカを芙蓉に差し出した。

それは孔雀の奥様の巾着袋に入っていたペンダントトップと同じものだった。


「・・・。ありがとうございます。」


芙蓉は素直に受け取る・・・しかない。


「あとは指輪だな。明日、朱鳳の宝石商が来るから一緒に選ぼう。」

「指輪ですか?この間頂いたばかりですが?」


「あれは婚約指輪だろ。結婚指輪も必要じゃないか。」


若様はさらりと言ったが、芙蓉は驚いた。


『え?私のことが竜湖にばれた上、妊娠が分かったから仕方なく結婚するんじゃないの?』


雪光花の指輪をもらったのは竜湖に見つかるより前だった。

婚約指輪?

え?

若様は一体いつから結婚するつもりだったんだろう?


「芙蓉、どうした?」

「あ、いえ・・・紫竜一族も結婚指輪をするのですか?」

「妻の風習にも従うのは当然だろう。婚約指輪は妻だけ、結婚指輪は夫婦でつけるんだろう。これはちゃんと調べた。」

若様はにこりと微笑む。

芙蓉は思わず苦笑いした。

『こんなにまめな人だとは思わなかった。あ、人じゃないか・・・』



~枇杷亭の寝室~

「若様もう起きましょう。11時ですよ。」

腕の中で妻は困った顔をしている。

「んー。もうちょっと。」

夜どおし本家で説教され、やっと帰宅したら昨日はシュンが妻に張り付いてずっと睨んでいたのだ。

妻の侍女は龍希には従わない。

しばらくは寝室でしか二人きりになれないだろう。

「芙蓉」

右手で顎に触れると妻は少し困った顔をして目を瞑る。

唇を重ね舌を絡めて楽しんでいた時だった。


「ん?」

嫌な匂いがした。


「早すぎるだろ・・・」


約束は昼過ぎだったはずだ。

俺にさんざんせっかちだと説教しておきながら。

自分のことは棚に上げる・・・それがあの伯母だ。



「はーい。龍希。」

竜湖はまた勝手に執務室の前まで来ていた。

不機嫌な顔で寝室から出てきた龍希を見て同行者は怯えて後ずさりしているが、竜湖は気にも留めない。

「約束の時間をお忘れで?」

龍希は睨む。

「覚えてるわよ。でもシュンが早く来てって連絡してきたのよ。朝9時に。」

龍希はフクロウを睨む。

「私の奥様を返してください。」

シュンは龍希を睨み返した。

「俺のだよ!」

なんとも面倒な侍女をつけられたものだ。



~応接室~

「おはようございます。竜湖様、お待たせして申し訳ありません。」

芙蓉は広い応接室に入るなり頭を下げる。


「いいの、いいの。奥様が簡単に頭を下げちゃだめよ~。あ、紹介するわね。娘の凰蘭おうらん凰鈴おうりんよ。」


芙蓉はぽかんとした。

「お初にお目にかかります。奥様。」

そう言ってお辞儀をしたのは2匹の赤い鳥の獣人だった。

「私は朱鳳しゅほう一族に嫁いだからね。娘たちは宝飾品を扱う商人なの。

それでも大変だったのよ~

人族の作る宝飾品は希少だから。」


竜湖がそう言うと二人の娘が応接間の机に一対の指輪が入った透明なケースを並べ始めた。


「申し訳ありません。20組しかご用意できず。若様と奥様のお気に召すものがあればよいのですが・・・」

娘の一人が並べながら謝罪する。

「指輪なんてどれも同じでしょう。20もあるんですか?」

若様が眉をひそめる。


「だからあんたは女に嫌われるのよ。」


竜湖だけでなく娘二人も呆れた顔で若様を見ている。

さすがの芙蓉も笑顔を作る気にはなれなかった。むしろ睨まなかったことを褒めてほしい。

「急なお願いでしたのに、こんなにたくさん。ありがとうございます。」

芙蓉は代わりにお礼を言う。

「ううん。11月から準備してたから。」

竜湖がウインクする。


「11月?」


若様が怪訝な顔をする。

「旦那の弟と香流渓で会ったでしょ。」

「ああ。確か・・・鳳雁でしたか。」

「そうそう。伯母様に感謝しなさい。龍海には黙っとくよう言っといたんだから。」

「それはどうも。」

「お礼は4個でいいわ。」


若様は舌打ちすると後ろにいるカカに目配し、カカは応接室から出ていった。

芙蓉には全く内容が分からなかったが、どうやら若様もこの女性には逆らえないようだ。


「さ、芙蓉ちゃん。順番につけてみて。全部十八金で宝石入りよ。」


芙蓉は真っ青になる。

きっと芙蓉には想像もつかない値段に違いない。触るのも怖い。


「・・・。龍希は一族の稼ぎ頭だから、妻への贈り物は最高級のものでないと商人としてのメンツが立たないわ。」

竜湖は芙蓉を見る。


そんなことを言われると芙蓉が選ぶわけにはいかない。困って若様の顔を見るが、若様は興味がなさそうにあくびしている。


「・・・」


あれだ。香流渓でメニュー選びを芙蓉に任せたときと同じ顔をしている。

芙蓉は困ってシュンを見た。

このフクロウの獣人はどうやら芙蓉の侍女らしい。


「奥様が気に入られたものはすべて買ってもらえばよいのです。甲斐性だけが唯一の取り柄ですから、この若様は。」


シュンはにこりと笑う。

やはりこの侍女は若様のことが嫌いらしい。

芙蓉に拒否権はないようだ。

諦めて順番に指輪を試着することになった。



「え!」


芙蓉は14個目の指輪を見た瞬間に思わず声をあげた。

指にはめてもらい、模様をまじまじと見る。

月桂樹の葉を模した彫刻が指輪全体に彫られ、小さな3粒のダイヤモンドが埋め込まれている。


「もしかして・・・キンリョウザですか?」

「さすがね。」


竜湖がにこりと笑う。

実物なんて当然初めて見る。だがキンリョウザを知らない人族の商人などいない。

最古の結婚指輪を作ったとされる宝石職人の一族でいまだにその最古のデザインだけを作り続けている。

時代遅れだと揶揄するものもいるが、その格式と技術の高さは他の追従を許さないのだと学校で習った。


「一体どうやって?」


獣人が仕入れられるはずがない。キンリョウザは店舗でしか買えないのだ。

人族最大の町にあるたった一つの店舗。獣人はもちろん人族だって会員しか入れない。


「ふふ。営業秘密。」


竜湖はそう言って人差し指を口に当てる。

「それにするか?」

若様がようやく口を開いた。


『試されたのかな?』


別に商人の世界では珍しくない。だから商人の子は最低9年は学校に通うのだ。

芙蓉は残り6個の指輪をちらりと見る。どの宝石もダイヤモンドではない。


『いや正解はこれなんだろうけど・・・私がつけていいものじゃない。

いや若様のものを選んでるんだった・・・うん、私はおまけだ。そう考えよう。』


「はい。若様、よろしいですか?」

「妻が選んだものに異存があるわけないだろう。これは何の模様なんだ?」

「月桂樹の葉です。ダイヤモンドと同じく結婚の縁起ものです。」

「ふーん。なるほど。」


若様はもう一つの指輪を手に取って左手薬指にはめた。


「じゃあ次ね!」


竜湖がそう言うと、娘の一人が指輪を片付け、もう一人が木製の宝石箱を机に並べ始めた。

宝石箱は12個あり、娘が蓋を開けていく。

「どれも髪留め、ネックレス、イヤリング、腕輪、ブローチの5点セットよ。12種類あるから好きなのを全部選んで。」

竜湖は芙蓉を見てにっこりと笑う。

「あの・・・私がですか?」


おそろいの色の宝石がついた宝飾品のセットだった。12色の宝石は・・・誕生石だ。


まさかまだ若様に買わせる気だろうか?


「妻への結婚の贈り物が指輪一つなんてありえないでしょ。芙蓉ちゃんの体調がよくなったら一族の集まりもあるから宝飾品が多くて困ることはないわ。」


「は!?妊娠中の妻を本家に連れて行くわけないでしょ。」


若様が竜湖を睨む。

「誰だって妊娠中の芙蓉ちゃんにそんな負担かけたくないのよ。でも仕方ないじゃない。族長息子の結婚よ。一族がその妻に会ったことがないなんて取引先に説明できないわよ。」


芙蓉は思わず若様を睨む。

若様は気まずそうに目を逸らした。


『噓つき。

・・・いや噓はついてない。また隠してた。』


「あんた今度は何やったの?」

竜湖が呆れた顔で若様を見る。

「別に。」

若様は肩をすくめる。

「芙蓉ちゃんは教えてくれるわよね。」


竜湖はにっこり微笑む。

この女の作り笑いほど怖いものはない。


「いえ、以前、若様に龍栄様のご兄弟についておききした時、亡くなられた姉上がいるとお答えになっていただけです。」

芙蓉は正直に答えるしかなかった。


「あー。そうね。龍希はあれを兄とは認めてないから。」


竜湖が笑う。

「違いますよ!妻に嘘を教えないで下さい。」

若様が竜湖を睨む。

「隠し事をする夫は嫌われるわよ。まあ、そういうわけだから選んで。」


芙蓉に拒否権はない。


「・・・集まりに呼ばれるとしたら何月になるのでしょうか?」

「う~ん。不正解。いつになるか分からないから全部買ってが正解よ。」

芙蓉は呆れた。


「え!?いえ、いくら何でも。」


思わず竜湖に反論してしまった。

「早速妻に愛想つかされてるじゃない。あんたの取柄は甲斐性だけなのに。」

竜湖がニヤリと笑って若様をみる。

「そんな挑発しなくても全部買いますよ。これ以上妻を試すような真似はやめてください。」

「いいじゃない。思ったとおり、龍栄の妻より知識も度胸もはるかに上ね。」

竜湖は楽しそうだ。


「だから!龍栄殿と比べるのはやめてくださいよ!」


若様は怒りのあまり叫ぶ。

どうやら芙蓉が思っていた以上に異母兄弟の仲は複雑らしい。


なんで私が巻き込まれてるんだろう?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る