第14話 竜湖

「おかえりなさいませ。」

カカは、一日遅れて帰ってきた主たちを出迎えていた。

「お帰り早々申し訳ございませんが、竜湖りゅうこ様が至急お会いしたいとのことです。」

若様はあからさまに不機嫌になる。

「なんの用だ?」

「ばあやには分かりませんが、明日お越しになるそうです。」

「はあ?なんであの方はいつも強引なんだ!」

若様は頭をガリガリとかく。

「来るなら午後にしてくれと返事しろ。あと白ワインを3本冷やしておいてくれ。」

若様はそう命じると執務室に入っていった。


カカは苦笑いしてしまった。


相変わらず若様は竜湖様には頭があがらないようだ。

さて酒蔵からとっておきの白ワインを探してこなければ。下手なものを出せば若様が数時間お説教されてしまう。

それに・・・カカはナナとニニを呼び、明日一日屋敷の外で過ごすように命じた。



「はーい!龍希。どこ行っていたの?」

翌日、紫色の髪を結い上げ、深紅の乗馬服を着た女が一角獣からひらりと飛び降りた。

龍希は呆れた。


「お久しぶりです。竜湖様。また馬車ではなく一角獣に騎乗していらっしゃったのですか?」

「あら?悪い?」

竜湖はずんずんと枇杷亭の玄関に入ってくる。

「いいえ。応接室にどうぞ。」

龍希は玄関で出迎えていた。 そうしないと執務室に突撃してくるからだ。


「あら?あなたの部屋でいいのに」

「応接室に白ワインを用意しております。」

「さすが!私の好みを覚えててくれたのね。」

竜湖は笑顔で応接室に入っていった。


『な~にが「覚えててくれたのね」だ!

昔、赤ワインを出したら2時間も説教したくせに!』


龍希は舌打ちすると竜湖を追って応接室に入った。



~枇杷亭 応接室~

「それでわざわざ竜湖様がお越しになるとは何事ですか?」

龍希は、竜湖が白ワインを一口飲むのを待ってから切り出した。

そうしないとまた3時間の説教をくらう。

「大人になったわねえ~あなたはせっかちな子だったのに。」

竜湖はにやりと笑って龍希を見る。

「竜湖様のおかげです。」

龍希は営業スマイルのまま答えた。



竜湖はワイングラスを置くと途端に真面目な顔になった。


「龍栄の妻が流産したわ。」


「え!?」

龍希は真っ青になる。

「妻は心身のダメージが大きいらしくてね。最低半年は妊娠できないそうよ。」

「そんな・・・」

龍希はショックのあまり言葉が出ない。


一体いつになったら龍栄に子どもが産まれるんだ?

だが、そんなことより芙蓉だ。

せっかく人族の風習をカカが調べてきて指輪を渡したところなのに。

あと半年先まで芙蓉を隠しておくのはさすがに・・・てか無理だ。



竜湖は龍希の顔を見ながら、再びワインを飲み始めた。

「ねえ、3日もどこに出かけてたのか伯母さんに教えて頂戴よ。」

「俺が出かけるのは仕事か酒ですよ。」

龍希はワインを飲んで喉を潤してから答えた。

とっとと竜湖を追い出してカカに芙蓉のことを相談したい。


「ふふ。お嫁さん探しとでもいえば説教が減るのに。」

「伯母様に嘘はつけません。」

「わかってるじゃない。で、ほんとはどこに行ってたの?」

「・・・。今日の説教は、早く再婚しろですか?」


龍希はワイングラスを置く。

ここは大人しく説教を聞いて帰ってもらおう。

だが、


「まさか。私はそんなこと言わないわよ。」


龍希は驚いてまじまじと竜湖の顔を見た。

「龍峰は全然わかってないわ。変なお節介焼いて。この間も頭抱えてあんたのこと心配してたのよ。笑っちゃったわ。」

竜湖は鼻で笑うが、

「笑うことですか?」

龍希は首を傾げる。

「おかしいでしょ。ま、だ、心配してるんだもの。」

竜湖と龍希の目線がぶつかる。

「おかしくないですよ。」

龍希は目を合わせたまま答えた。


「あ!そーだ」


竜湖はパンと両手を叩いて立ち上がる。

「これお土産。」

そう言って紙袋を龍希に手渡すので、龍希は面食らった。

「・・・ありがとうございます。酒以外とは珍しいですね。」

「うん、サツマイモのきんつば。」

「なんですか?それ?」

龍希はキョトンとする。


「食べ損ねたんでしょう?香流渓で」


「俺がそんなことを覚えていると?」

龍希は冷や汗をかいてきた。


『なんで香流渓に行ったことを知ってるんだ? それに・・・まさか!?』


「誰と行ったかは覚えてるんでしょう?伯母さんに会わせてよ。」

竜湖はニヤリと笑う。

「・・・」

龍希はもう竜湖と目を合わせる余裕はなかった。

よりにもよってこの伯母にバレるとは。

龍栄の流産よりもこっちが本題だったわけだ。

気づいてももう遅い。


「ふふ。やっぱりあんたは可愛いわ。顔にすぐ出るもの。もう一人の甥とは大違い。

な~んで男たちは気づかないのかしら。」

竜湖は上機嫌で2本目のワインを開ける。

「・・・」

「で、黒毛のかわいこちゃんはなんで執務室にいるの?リュウカの部屋は空いてるでしょ?」


「は?なんで?」


龍希は驚きのあまり立ち上がった。

「今のはあてずっぽう。」

竜湖はニヤリと笑う。

龍希は無言のまま椅子に座った。

「なんで隠してるの?白状しないと龍峰にばらすわよ。」

竜湖は脅してきた。

「隠してないです。鶯亭の出産が済んだら報告するつもりでした。」

龍希はため息をつきながら答える。

「よかったわね。いま報告したら一族は大歓喜よ。龍栄派も寝返るんじゃない?」

「しませんよ。過剰な期待をされても困ります。」


竜湖はぽかんとする。

「あんたはそんなこと気にするタイプじゃないでしょ?」

「気にしますよ。 ・・・龍栄殿はそれで離婚したじゃないですか。」

「ああ、ココちゃん? ん~ちょっと違うわ。

龍栄が悪いのよ。2回目の死産の後、実家に戻るのを許すから。ココちゃん里心が出て帰ってこなくなっちゃって。半年も別居してたのよ。」

「え!?」

龍希は初耳だった。

当時、龍栄は結婚4年目だったはずだ。

十分、白鳥族の妻に執着していただろうに・・・里帰りを許すなんて信じられない。


「今日来たかいがあったわ。すぐに一族を集めなきゃ。」

竜湖は満面の笑みでワインを飲みほした。

「あ!いや!まだリュウカを探してて」

龍希は慌てて立ち上がる。


「え?カラスから回収してないの?」


竜湖は驚いた顔で龍希を見るが、

「カラス?」

龍希は何のことか分からない。カラスがリュウカと何の関係があるのだろう?


「あー。オッケー!リュウカが見つかるまで黙っといてあげる。」


「ありがとうございます。」

龍希はほっとして頭を下げた。

「口止め料は5個でいいわよ。」

竜湖はニヤリと笑う。

龍希は呆れた。


『シリュウ香5個!?強欲ババアめ!』


龍希は文句を言いかけて黙った。もう疲れた。これ以上、竜湖に付き合う気力はなかった。

「持ってきます。」

龍希はおとなしく執務室に向かったのだが、これが失敗だった。



~執務室~

「若様。おかえりなさいませ。」

龍希を見て、執務室のソファーにいた芙蓉が立ち上がる。

万が一、竜湖が芙蓉の匂いに気づくと困るので、龍希の匂いが強い執務室で芙蓉を待たせていたのだ。意味なかったけど。


「まだ来客中なんだ。もう少し待っててくれ。」龍希は芙蓉に微笑みかけると棚に保管しているシリュウ香を箱に詰めた。


「ん?」


龍希が匂いを感じると同時に執務室の扉が勢いよく開く。


「取りにきたわよ!」


竜湖がノックもせず執務室に入ってきたので、龍希は啞然とした。


竜湖は芙蓉を見つけるとニヤリと笑う。

「初めまして。私は竜湖。龍希の伯母よ。」 「え?ふ、芙蓉と申します。」

芙蓉は困惑したまま頭を下げて挨拶した。

「あら~可愛い名前!もしかして薬事の女神様と関係ある?」

「え?は、はい。」


「勝手に入ってこないで下さいよ!」


龍希は怒鳴ると竜湖の肩を押して執務室から追い出した。

「何怒ってるのよ?」

竜湖は廊下を歩きながら龍希に笑いかける。


「俺の芙蓉が怯えてたじゃないですか!」


「あんたの怒った顔なんて久しぶりに見たわ。驚いてただけよ。奥様に挨拶して何が悪いの?」

龍希は無言で睨み続けた。

「ふふ、また来るわ」

竜湖はそう言うと龍希の手からシリュウ香の箱を奪って、靴を履いて玄関を出た。


「もう来ないで下さい!」


龍希はそう叫ぶと踵を返して執務室に戻った。



『あー面白かった。龍希はあの様子だともう大分執着してるわね。

さて、龍峰は今日、本家のはず。』


竜湖は一角獣に騎乗すると一族の本家に向かう。



~シリュウ本家~

「お待たせしました。」

龍峰が竜湖の待つ応接間に入ってきた。

「龍峰。龍希のリュウカを回収しに行くわよ。」

「は?龍希ですか?」

「そう。カラス族本家にいくわよ。」

「龍希に行かせる話では?」

龍峰は怪訝な顔をする。


「鈍いわねえ。父子の会話のきっかけを作ってあげてるの。それに龍希から報酬はぶんどってきたわ。」


竜湖はシリュウ香5つを机に置いた。

「なんでまた急に?」

龍峰は渋る。

「さっき会いに行ったら、リュウカがないって困ってたの。もう元妻のことはすっかり忘れてたわ。

龍希が再婚するのにリュウカは必須でしょ?」

「・・・分かりました。来週でもいいですか?」

龍峰が折れた。

「いいわよ。あんたが忙しいのは知ってるから。」

竜湖はそう言ってシリュウ香2つを龍峰の方に押す。

「いいです。息子の後始末ですから。」

龍峰は竜湖の方にシリュウ香を押し戻した。


「もう成獣よ。あんたは末息子を甘やかしすぎ。そんなんだから龍希が逆に気を遣うのよ!」


竜湖は龍峰を叱りつける。

「はい・・・」

龍峰はおとなしくシリュウ香2つを受け取った。


『今年で58になるのに。姉さんにはたぶん一生頭が上がらない・・・』

龍峰はため息をついた。


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