第6話 龍希

「枇杷亭の若様がいらっしゃいました。」


ワシの獣人が族長に告げる。

「おう、龍希りゅうき!ご苦労さん。」

族長は笑顔で出迎えた。


ここはシリュウ一族本家の応接間だ。

龍希は族長の向かいのソファに腰掛ける。

「ご依頼どおりシリュウ香50個作ってきました。」

龍希がそう言うと、後ろに控えていた疾風がシリュウ香の入った箱を族長に渡す。

「さすがだな。仕事が早くて助かるよ。だん、帰りに龍希に代金を渡してくれ。」

族長はそう言って、ワシの執事を見る。

「畏まりました。」

段は一礼すると、持ってきたワインを2つのグラスに注いだ。

「こないだの礼に黄虎おうこ族が贈ってきた。」

族長はそう言ってワインを飲む。

「悪くないですね。」

龍希はワインを飲みながら答える。


3週間ほど前、龍希は族長の依頼で黄虎族本家までシリュウ香を届けに行った。

往復3日の長旅だったが、その帰りに芙蓉と出会えたのだから儲けものだ。


龍希はワインをおかわりする。

「族長の姪がお前を気に入ったそうだぞ。」

族長がにやりと笑う。

「勘弁して下さい。虎の相手なんかご免ですよ。」

龍希は苦笑いした。

あの雌虎のことだろうが、あんな女の相手は絶対にごめんだ。


「お前の妻はまだ実家か?」

「ええ。」


離婚したことはまだ報告していない。

半年足らずで離婚したとなれば族長はもちろん、年寄り連中の説教がうるさいので黙っている。


「うーん。カラスの族長も困っていたぞ。娘もなかなか強情なようだな。」


族長は腕を組んで唸った。

どうやらカラス族の元妻も離婚を報告していないらしい。

自分で望んだこととはいえ族長の令嬢が早々に離婚したとなれば体面が悪いのだろう。


「そうですか。」


龍希はそっけなく答えるとワインを飲みほした。

「枇杷亭の皆は元気か?」

族長は話題を変えた。

「ええ。カカも来月には戻ってきます。」

龍希はワインを注ぎながら答える。

「儂にもシュンから報告があった。足はすっかり治ってリハビリも順調らしいな。もう歳だろうにたいしたものだ。」

族長もワインをおかわりする。

「鶴族は長命ですからね。あと100年は現役で働く!がカカの口癖ですよ。」


黒の着物を着た鶴の獣人を思い出しながら龍希は笑った。

口うるさいばあやだが、カカの説教だけは嫌いじゃない。

カカはシリュウ一族に最も長く仕え、龍希の亡き母も全幅の信頼を寄せていた。

疾風とタタの教育係でもある。



「失礼します。」


段が応接間に戻ってきた。

「お食事の用意ができました。」

「龍希、久々に昼飯を一緒に食おう。」

族長はワインを飲みほしてグラスを置いた。

「今日は奥様はいないのですか?」


族長の妻は龍希を嫌っている。


「ああ、龍栄りゅうえいのとこだ。すまんな・・・儂がふがないばかりにお前にばかり気を遣わせて」

「俺は別に。」


龍希はワインを飲みほし、族長と連れ立って食事の部屋に向かった。



「どうして芙蓉のことをご報告されなかったのです?」

帰宅中の馬車の中で疾風が尋ねてきた。

今日は本家の馬車なので、御者台には本家の従者がいる。

「別に。もう少し様子を見てからでもいいだろう。」

龍希は外を見ながら答えた。


『族長は勘が鋭いからなあ。婚前交渉なんてばれたら雷を落とされる。』


族長は昔から龍希に甘いが、芙蓉との関係を知れば激怒するに違いない。

龍希の一族では婚前交渉はタブーなのだ。

だから執事はもちろん枇杷亭の誰にも言ってない。

あの遊郭での一夜は龍希と芙蓉だけの秘密だ。



「芙蓉は働き者ですよ。まだ小さいのにたいしたものです。」

疾風は本気で感心しているので、 龍希は呆れた。


『お前はそろそろ気づけよ!?

まだ芙蓉を雛だと勘違いしているのか?』


このヒョウの執事は忠誠心は高いが、鈍い上に思い込みが激しいのだ。

龍希は思わずつっこみそうになって口をつぐむ。


真実を知れば、疾風は芙蓉を隠してしまうかもしれない。


「そうだな。」

とだけ答えて、龍希は目をつむる。

枇杷亭に着くまで寝たふりをすることにした。

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