1-30.浄化の危機


 「救世主メシア……デイ……だと?」


 ジルの言葉にサラキ・エルが首を傾げる。


 「聞いたこともない名前のかみだな」

 「聞いたことがないのも無理はありません。デイという名前は私がつけた、神の仮の名前です」

 「どういう事だ? やはり異教徒は信用ならん」

 「理解してもらわなくても結構です。サラキ・エル最天使長。大事なのは、死から生き返ったという事実です」


 ジルは何ひとつ武器は持たず。

 ユーサを守るように両手を広げ、サラキ・エルに話しかけていた。


 「私達の神、デイ様は慈悲深じひぶかいのです。多額の寄付は必要無く。神に貢献こうけんした実績も生き返った後でも良い。という慈悲深さなのですから」

 「……それは、我らの神を侮辱ぶじょくしている事でよろしいか? しかも、我らの悪魔狩り異端審問を邪魔するとは」

 「? それは素晴らしい。ですが、本当に貴殿きでん達の異端審問は完璧なのですかな? 私には見えません」

 「ほう。疑うか。……やはり、神を勝手に創造し宗教を作る不届き者には、さばきを与えねばな……」


 サラキ・エルの指示により、武装した信徒がジルを拘束しようと動き出した。


 「エル教会の神を侮辱したつもりはありません。私がここに参ったのは、私の神がいる証拠をお見せする為です。もし違えば、この場で私の首をねてもらって構わない」

 「ほう。……そうか、わかった」


 圧倒的有利あっとうてきゆうりな立場にある余裕なのか。

 サラキ・エルが、手を上げて武装した信徒達に静止するように合図を出した。

 


 「それで? 何をしていただけるのだ? 異教徒の神主かんぬし

 「私が、デイ様より授かりし神秘。【神の秘術】でユーサ・フォレストが悪魔ではないという証拠をお見せしましょう」

 「__え!? ちょ、ちょっと待って……」


 ジルの発言にユーサは驚き声を出した。


 __自分が。という証拠を見せるなんて無理だ!! 自分のせいで誰かを犠牲にしたくはない。


 ……と考えたユーサはジルに話しかけようとしたが。


 「大丈夫ですよ。ユーサっさん。ボスに任せてください」

 「ギアド!? でも……」


 ギアドがユーサの肩に手を添えて呟いた。

 自信満々の表情を浮かべるギアド。


 「ほう……。それは大変興味深い。良いだろう、是非見せていただけるかな? 異教徒の神主」


 ジルとギアドの自信に満ち溢れている表情に苛立ちを感じたのか。

 サラキ・エルがジルの申し出に許可を取った。


 「ありがとうございます。その前に、私の力を確認する為にお願いがございまして」

 「ほう。なんだ?」

 「本日、ユーサ君以外の異端審問にかける予定だった者をこの場に呼んでいただきたい」

 「ほう。よくわからないが、許可しよう。おい」

 「ハッ! サラキ・エル最天使長様!!」


 ジルの申し出に、一瞬サラキ・エルは首を傾げた。

 しかし、何をするのか気になる好奇心こうきしんが勝ったのか、武装した信徒に本日の処刑予定者を広場にまとめて呼ぶように指示を出した。


 「全員で十四名。広場にお連れしました」


 そこには、消耗しきっていた顔をした処刑予定者が十四人。

 今、この場で処刑される絶望が読み取れる男女がジルの前に並んだ。


 「先ずは、皆さんにこれを見てもらう。ギアド、あれを」

 「我らの主ウィーッシュ! 承知しょうち!!」


 ギアドが、両手をキツネの形にして、持っていた大きな瓶をその場にいる全員に見せた。


 「秘術が施されたこの瓶の中をご覧ください。拘束した下級悪魔レッサーデーモンが入ってますね?」


 瓶の中には、おぞましい骸骨ガイコツの悪魔が入っていた。

 瓶のふたが閉まっている筈が、小さいうめき声が聞こえそうなほど、下級悪魔の表情は悲痛に歪んでいた。


 「キャアーーーーー!!!」

 「何をやっているんだ!! あの異教徒共は!!?」


 広場に集まった市民からは、悲鳴と非難の声が相次あいついだ。


 「あ、大丈夫っすよ、皆さん。蓋は開けないので問題ないっす」


 市民の不安をかき消すように、笑いながら安全である事を周知するギアド。

 

 「では、この瓶に入っているのが、悪魔である。という事は、皆さん一目瞭然いちもくりょうぜんですね?」


 まるで今から手品を始める奇術師きじゅつしのように振る舞うジルとギアド。

 そして、ギアドが持っている瓶に、人差し指をかざすジル。


 「今から私の【神秘術】だけで、瓶を割らずに悪魔だけを消滅させてみせます。お見せしよう。コレが私の【神秘術】。太陽の力」


 ジルの体全体から、オレンジ色のオーラが現れた。


 「 ≪ 永遠とわの太陽に、手を伸ばすように…≫ 」


 ジルが呪文を唱え始める、全身から人差し指の爪先つまさきにかけて、オーラが移動する。


 「【神秘術】 ≪ 【生きる意味を照らすシャイニング・心の光レイ】 ≫」

 

 ジルの指先から、瓶を持ったギアドに向けてオレンジ色の光線がビームのように照射された。


 「ギアドっ!!!?」


 ジルの放つ光線により、ギアドの姿が消えた事でユーサが大声を出した。 


 「AAAAAAAAAAA-------------!!!!!!」


 ユーサの心配とは裏腹に。

 聞こえたのは、瓶に入っていた悪魔の悲鳴だけだった。

 蓋が閉まっているにも関わらず、市民にまで悲鳴が轟いた。


 光が消滅した頃。

 ギアドは、何事も無かったかのように瓶を持ったまま、無傷で直立していた。


 「悪魔が……消えている」


 そして、瓶に入っていた悪魔はどこに行ったのか。

 まるで、手品を見せられているかのようにユーサは驚いた。


 「なんだ今の光は!?」 

 「え? 嘘!? あの骸骨はどこにいったの?」


 その場にいた市民達の声が続く。

 さっきまで瓶の中にいた、悪魔が消滅している事に市民達が驚きざわめいていた。


 「これが、私の【神秘術】、光です」

 「我らの主ウィーッシュ!! 俺は無傷っすよ!」

 

 自分が傷一つ無い事を市民にアピールするギアド。

 そして、瓶には傷一つ、ひび割れ一つ無い事、蓋を開けて逃がした形跡も無い事を大げさにアピールしていた。


 「「「「「__ッツ!!? ヒッ……ヒィィィィーーー!!!!」」」」」


 浄化。

 悪魔にとって、その言葉は。

 消滅、『死』を意味する。


 目の前の光景を見た処刑予定者の十三名の男女が、恐怖に支配されたかのように、その場を立ち去ろうとした。


 「そして、この者達にも……≪ 【生きる意味を照らすシャイニング・心の光レイ】 ≫」


 悲鳴が聞こえる方向にジルが指を刺した。

 今度は広場に集められた十四名に、まとめてオレンジ色の光線を照射するジル。


 「「「「「 AAAAAAAAAAAAAAAーーーー!!!!!!!!!!」」」」」


 そして、オレンジ色の光が消えた後。

 残ったのは。

 逃げようとしなかった女の子が一人、その場に立っていた。


 「__え?」


 残った一人の女の子は、何が起こったのかわからない声を出した。

 自分以外の十三名が、一瞬で消えていなくなった驚きで固まり、辺りを視線だけで見渡していた。


 「お分かりいただけただろうか? 市民の皆さん。逃げようとした十三名が消滅して、逃げなかった一名の女の子だけが生き残りました。彼女は悪魔ではありません。人間です。この意味がお分かりでしょうか?」


 ジルの発言に、サラキ・エルの態度が変わり、周囲の空気に緊張が走った。


 「エル教会のの異端審問にかけられた者は、全員処刑されます。生き残った者はおりません。無実の人間がいたかもしれない中、強制的に断罪だんざいしようとしたのです」


 ジルの発言に、市民達がざわめき始めていた。


 「そして、も無実の罪で異端審問にかけられた可能性があります」


 ジルの言葉にある

 市民達の目がに集中する。


 「この【神秘術】を彼に……ユーサ・フォレストに向けて照射します」

 「ほう。なるほど。それで、ユーサ・フォレストが消滅すれば悪魔。消滅しなければ人間という訳か」

 「__え?」


 ジル、サラキ・エルの発言に驚くユーサ。


 悪魔を浄化する【神秘術】

 ユーサの脳内でジャンヌが言っていた、威力や能力が通常の秘術よりも優れている【神秘術】の説明を思い出されていた。


 悪魔を消滅させる光線。

 その対象にユーサは、自分がされている事に固まっていた。 

 そして、ユーサの目の前には。



  ー 逃げろ アレを 受けては ならない ー



 「え?」


 ユーサの視界に、黒い文字が浮かび上がる。


 昨日。

 ユーサのもう一人の人格と話す事ができた時に、浮かび上がった黒い文字。

 

 ユーサは、目をこすりながら視界を調整した。

 しかし……。



 ー 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ  逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ  逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ  逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ  逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ 逃げろ ー



 不気味な黒い文字がまるで生きているかのように。

 ユーサの目の前が真っ暗になるほど。

 考えられなくなるほどに、大量発生させて指示を出していた。

 

 「___っ!?」


 羅列られるする黒い文字が、ユーサに『死』を連想させた。

 大量の冷や汗と共に、今にも失神ブラック・アウトしてしまいそうになるほどの恐怖に襲われたユーサは、その場を離れようとした。


 「あなた?」


 ディアは、ユーサが挙動不審きょどうふしんになっている事に誰よりも早く気が付いた。

 

 「ディア……」


 ユーサは視界が暗くなる中、ディアが心配する顔を見た。


 「……信じてる」


 ディアの声がユーサに届いた瞬間。

 ユーサは、恐怖に支配され逃げようとした足を、止めた。


 「では、皆さん。ご覧ください。≪ 【生きる意味を照らすシャイニング・心の光レイ】 ≫」


 ジルの指先から、オレンジ色の光線がユーサに向けて放たれた。


 「__あ」


 ユーサは、自分が浄化され、この世から消滅していくような感覚に襲われた。

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