1-25.昇天という黒魔法弾丸《ブラック・ピストル》

 「あ、、AA、AAAA、AAAーーーー!!!!!!!!」


 サキュの魔力が、ユーサの体をむしばむように侵食しんしょくする。


 少しずつ。

 ユーサの髪の色。

 肌の色。

 まとわりつくオーラの色が変化する。

 

 「あなた!!」

 「……ディア様。お下がりください。彼は、もうあなたの知る夫ではありません」

 「ク・エルさん! どうして、貴女あなたにそんなことがわかるんですか!?」

 「……わかります。長年ながねん、天使として生きてきたのですから。危険な悪魔の存在は……特に……わかります」


 なんとかして近寄ろうとするディアを必死で止めるク・エル。


 「A、A、A……AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーー!!!!!!!!!!」


 人間の声とは思えない叫び声。

 それと同時に、音速衝撃破ソニックブームが発生した。

 ユーサを中心に墓場が、大地が、壁が、あたり一面が衝撃破により崩れ吹き飛んだ。


 「……!!? ディア様! マリアちゃん!!」

 「__え? キャアーーーーー!!!」


 ク・エルが緑色のオーラを発生させて、背中から緑色の天使の片翼を出した。


 そして、盾になるように身構えたが、ディア達と一緒に吹き飛んだ。


 「……このままでは……不味い。……せめて………衝突だけでも」


 ク・エルの片翼が、ディア達を包んだ。

 地面と接触する瞬間。

 ク・エルの天使の羽がクッションになり、全員致命傷ちめいしょうは避けた……。


 「……不覚」


 __筈だった。

 

 ク・エルは確認後、自分を責めた。


 吹き飛ばされて壁に叩きつけられないように、ディア達の背中を天使の片翼で守っていたが、ディア達の正面を守るには、片翼と自分の身体だけでは足りなかった。

 

 吹き飛んだ墓場の石、地面のコンクリートがディア達を攻撃し、その場にいたク・エル以外は大怪我をした。

 天使の片翼と緑色のオーラが消える。

 

 「A、、A、、A、、、」


 ユーサの叫ぶ声が弱くなると同時に姿が変貌へんぼうしていった。


 髪の色は、黒から茶色と金色が混ざる色に変わり。

 肌は褐色の焦げた色。

 瞳は、意識が無いのか焦点が定まっていない、瞳孔が開いたままであった。

 

 「……まだうつろな状況……ユーサ・フォレストも取り込まれないように戦っている? ……それよりも」


 目の前の悪魔になりかけている男が、まだこちらを襲ってこないと判断したのか。


 「……急いで治療を」


 ク・エルが、真っ先にディアに駆け寄り、マリアを守るように抱きしめていたディアの顔、頭、背中、手足の切り傷、打撲した箇所を確認した。


 「う……ぅ……すー……すー……」

 「……マリアちゃんは寝ていますね。……あの衝撃波でも眠ったままとは……いったい」


 マリアの眠りへの執着に脱帽だつぼうしているところで、ディアへの本格的な診断が始まった。


 「……足が酷く腫れている。……頭も強く打っている。このままでは」


 コンクリートの瓦礫か、墓場の石が当たったのか、ディアの左足が折れていた。 

 頭も強く打っているのか、出血の量が多く。

 抱きしめているマリアに怪我がない分、ディアは無防備に衝撃破の影響を強く受けていた。


 「ぐ。。畜生ちくしょう。。なんで俺は、何もできないんだ!」

 「オトキミ様……申し訳ございません」

 「ご、め、ん(役立たずで)」


 声がする方を、ク・エルは見た。

 オトキミ達も怪我をしていたが、ギルドの戦闘経験の差か、ディアよりは軽症だった。

 しかし、三人に戦闘させることはできない怪我とも判断した。


 「ク・エル……天使長。俺達は良いから……早く、ディアさんを。マリアちゃんを」

 「……分かりました。貴方達は後ほど。……マリアちゃんは、無事です」


 ク・エルの言葉に安心したのか、オトキミ達が少し安心した表情になった。

 その場を自力でどうにかしようとする行動を起こしていた。


 「……ディア様。今、お助けいたします」


 ク・エルが、大鎌を地面に刺して、両腕を広げ、ディアを抱きしめた。

  

 「 ≪……神よ、さぁ、お気にすがままに…≫ 」


 ー ピカー!! ー


 ク・エルの呪文と同時に、緑色のオーラと天使の片翼が再び光り輝きながら現れた。


 「 ≪ 【神の奇跡エル・ラーク】 ≫ 」


 抱きしめているディアの全身も緑色に輝き始めた。

 

 「 ≪ 【再生女神の抱擁カレス・オブ・ヴィーナス】 ≫ 」


 ク・エルが呪文を唱え終わると、ディアの傷はまるでなかったかのように再生し始めた。

 数秒後、無傷の状態に戻ったディアがク・エルの腕の中で意識を取り戻す。


 「__えっ?」

 「……ディア様。……これで、……なんとかなりますね。……ッ!?」

 「ク・エルさん!?? 大丈夫ですか!?」

  

 ディアの無事を確認したところで、ク・エルの体から緑色のオーラと片翼が消えた。

 仮面の下から、冷や汗が大量に出て、地面に手をつけて俯くク・エル。

 

 「アラアラ。だいぶ消耗してるみたいだけど。戦えるのかしら?」

 「……勿論もちろん。……ずいぶんと余裕ですね」

 「それはそうでしょう」


 隙だらけだったク・エル達に襲い掛かる事はなく。

 ただ、気だるそうに話しかける小悪魔が不快に感じたのか、睨みを効かせるク・エル。


 「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAーーー!!!!!!」

 「私が出る幕は、完全になくなっていますもの」

 「……!?」


 ユーサの姿をした悪魔が叫びながら、ク・エルを指差した。

 

 パチ! パチ! パチ! パチン!!


 ユーサは左手の指を鳴らした。

 左人差し指に、大気中の黒色の魔力が圧縮し始めた。


 「《  ー 〇 呪文(スペル) ●魔法(マジック) ー  》 」


 「……魔法!? ユーサ・フォレスト!! 待ちなさい!!!」


 「《  ー ◎ 昇天という黒魔法弾丸ブラック・ピストル ー  》」


 BANッ__!!!


 大気が震えた。

 耳が痛くなるような発砲音。

 ユーサの指先から鉄砲ではなく、大砲が発射されたかのような音が響いた。


 「オトキミ様。俺達、死ぬかもです」

 「え?」

 「ほ、ん、と、?」

 

 魔力感知ができるアユラが、死期を悟るほどの魔力。

 強力な黒色の魔力が込められた弾丸が、ク・エル達の方に襲い掛かった。


 「……避けられない」


 避けてしまえばディア達に当たる。

 ……と判断したク・エルは、地面に刺していた大鎌を手に取った。

 疲弊ひへいした体を起こすような状態で、もう一度緑色のオーラを出して呪文を唱える。

 

 「 ≪ 【神の奇跡エル・ラーク】 ≫ 」


 ー シューー! ー


 大鎌のハエの彫刻ちょうこくが、緑色に光輝きながら台風の目のように風を集め始めた。


 「 ≪ 【果てしない空への風撃イン・ザ・エアー】 ≫ 」


 ク・エルの周りに風の防御壁が現れ、黒い弾丸は風に沿って軌道が変わった。


 黒い弾丸は、遠く離れた方向に向かい、やがて壁に衝突した。

 その瞬間。


 「え?」


 ディアの顔が青ざめた。


 壁に激突した弾丸は、ブラックホールのような渦を生み、壁が消失した。


 壁が吹き飛び、瓦礫がれきが飛ぶ……ではなく。

 最初から壁など無かったかのように、消えた。


 あの弾丸に当たっていたら、自分達は消滅していたかもしれないという恐怖。

 それを、自分の夫に撃たれた、という絶望がディアを襲った。


 「アラアラ! 素晴らしい!! なるほど……とは、こういう意味だったのですわね!!! なんて素敵な魔法なのかしら!!!」

 「……咄嗟とっさに、風で軌道をらして正解でした」

 「ど、どういう事ですか? ク・エルさん」

 「……さっき、ユーサ・フォレストが唱えた黒い魔法の弾丸は、恐ろしい魔法という事です。……あの弾丸を大鎌で防ごうとしたら、私達は死んでいたという事です。……ですので」

 

 ク・エルがディアに説明した後、風のごとくユーサに襲い掛かった。


 「……ユーサ・フォレスト!! その恐ろしい魔法を家族がいる方向に唱えた貴方を……悪魔に支配された、と認定して……破壊します!!!!」


 ク・エルが一回転しながら大鎌を薙ぎ払い、ユーサを切り裂いた。


 ブシューーーーーーーーーーー!!!!


 ユーサの身体が大鎌の刃により、出血する。


 しかし。


 「AAAAAッーーーーーー!!!!!!!」


 何事もなかったかのように、ユーサはク・エルに襲い掛かった。


 「……!? っう!!!」


 普通の人間であれば致命の一撃クリティカルヒット

 完全に仕留めた。

 ……と油断したク・エルの腹部に、ユーサの右拳が命中した。


 しかし、ユーサの拳がク・エルの腹部にめり込む直前。

 ク・エルは持っていたL 字型の大鎌の取っ手を上に挙げた。

 大鎌の長柄ながえでユーサの拳を上空にすくい上げ、接触のダメージを最小限にした。


 「……危なかった」


 攻撃が浅かったせいか、ク・エルはバックステップで距離を取った。


 「AAAAAAAAAAAAAAAーーーー!!!!!」

 「……っく!!」


 ク・エルの巨大な大鎌の刃に恐怖することなく、襲い掛かるユーサ。

 そして、曲芸者のように大鎌の刃をくるくると、何度も高速に回転させてユーサを攻撃するク・エル。


 グサッ! グシャッ! ズシャ!!!


 攻撃の命中率。

 ク・エルをじゅうとした場合、ユーサの攻撃は腹部に与えた右拳の一回いっかいだけだった。

 誰が見ても、ク・エルの方が優勢のように見えていたが……。


 「アラアラ? どうしたのク・エル? 神の奇跡を使んじゃない? 息切れかしら?」

 「……っ……ここに来るまで、市民の治療に力を使ったのもありますが、言い訳にはしません」


 ユーサの受けた傷は瞬時に再生される。

 高速で動く、ク・エルの動きが少しずつ遅くなっていた。


 「な、ん、か、変」

 「オトキミ様。ユーサのアニキの再生力が凄いのもありますが」

 「あぁ……ク・エル天使長の動きが、明らかにおかしい」


 ク・エルの動きが少しずつ遅くなっていく事にオトキミ達が気づく。


 「え? どういう事? オトキミ君」


  素人目には何が違うのかわからないディアが質問をする。


 「……体が、視界が。……これは、もしかして」


 ユーサの攻撃が、少しずつク・エルの髪、服、肌に触れる距離まで、だんだんと近づいていく。

 違和感の正体に、ク・エルは気づいた。


 「アラアラ。やっと気づいたの? ク・エル。最初に時点で、貴女の負けだったのよ?」

 

 上空から、サキュは勝ち誇るようにク・エルに話しかけていた。


 「……睡眠すいみん、魔法」

 「あ。まさか」


 雑音がする中、ク・エルの呟く声を聴き分けたディアがマリアを見た。


 「すぅー……。すぅー……」


 戦闘による衝撃、戦闘音がする中、一向に目覚めないマリア。


 ユーサが得意とする、マリアの寝かしつけ。

 それは、単純に父親の優しさで娘が寝ていただけではなかった。

 ユーサは無意識に睡眠魔法を唱えていたのではないか。とディアは気づいた。


 悪魔の姿をしたユーサは、その睡眠魔法を、最も効率良く戦闘で利用していたのであった。


 「アラアラ。気づくのが遅かったわね。人間の三大欲求。食欲、性欲、そして睡眠欲。睡眠を取らないと生きていけないのは、天使も共通だったみたいね?」

 「……ぁ。……ぅ」

 

 ク・エルの表情が歪む。

 戦闘中の判断力が落ちていたのは、疲れにより体力が落ちているわけではない。

 神の奇跡を使い過ぎたことによる力の枯渇、というわけではない。


 ク・エルは、まるで何日も徹夜続きで疲労困憊な時のように意識が朦朧としている。

 今にもベッドで眠りたいと思えるほどに、瞼が重くなっていた。


 「AAAAAAAAAAAーーーー!!!!」


 ドコッ!!!


 先程とは違い。

 防御が疎かになったク・エルの腹部に、ユーサの右拳が直撃した。


 「……あああぁあーー!!」


 ク・エルが叫びながら吹き飛び、壁に激突した。


 カラン。カラン。


 地面に大鎌が落ちた。

 壁に激突した衝撃により力が抜けたのか、ク・エルは大鎌を持つ手を離してぐったりと気絶したかのように、無防備になった。


 「ク・エルさん!!」

 「アラアラ!! 無様な天使ちゃん!!! さあさあ。ユーサ・フォレスト!! ソイツを殺しなさい!!」

 「!!? やめて!! あなた!!!」


 ディアがク・エルとユーサの間に入り、戦闘を中断するように訴える。


 「アラアラ!!! これは良いわ!! 悪魔に家族なんて必要ないですわ!! 無様な天使と一緒に消しちゃいなさい!! アッハッハッハッハ!!! 」

 「___。」


 パチ! パチ! パチ! パチン!!


 サキュの声に反応して、ユーサは左手の指を鳴らし。

 左人差し指に黒色の魔力を圧縮し始めた。



 「《  ー 〇 呪文(スペル) ●魔法(マジック) ー  》 」



 ユーサが再び、指先をク・エル達の方に向けた。


 「__んん? パパァ?」


 全く起きる気配のなかった、マリアの目が覚めた。



 「《  ー ◎ 昇天という黒魔法弾丸ブラック・ピストル ー  》」



 BANッ!!!



 グシャッ!!!



 ユーサの指先から、耳が痛くなるほどの発射音と。

 何か、肉体が潰されるような音があたりに響き渡った。

 

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