1-23.悪魔の理性解除《マーダー・ライセンス》


 「アラアラ、ク・エル。お久しぶりね。ご機嫌はいかがかしら? シ・エルは一緒ではないのかしら?」

 「……サキュ・B・アーク。……貴女あなたが事件の元凶げんきょうだったのですね」


 視線を僕から小悪魔の方に移して、ク・エルが小悪魔と話し始めた。


 「アラアラ、ワタクシが挨拶あいさつしているのに、返事ぐらいしてくださいな」

 「……悪魔と話をする事など、ありません」


 ク・エルが、首元の宝石ペンダントを取り出した。

 エメラルドがついている宝石を冠位悪魔の灰に向けたまま、上空に浮かぶ小悪魔と話しをしている。


 シュー……。


 エメラルドの宝石に、冠位悪魔の灰が

 アレが、【秘宝石】か。


 やはり、天使長を仲間にするしかないのか。


 「アラアラ。怖いわ。ねぇ? ユーサ・フォレスト?」

 「え?」


 ギリギリ僕の攻撃が届かない範囲を見抜いているのか。

 上空に浮かんでいた小悪魔が、近寄ってきた。

 こちらが抵抗しても無駄な距離で近づいてきた。


 「ねぇ、ユーサ・フォレスト。あの無愛想ぶあいそな天使ちゃん。殺してくれない?」

 「は?」

 「アラアラ。ワタクシと貴方の仲じゃない」

 「な。何を言ってるんだ?」


 まるで仲間のように、れしく話しかけてくる小悪魔。


 「……。残念です」

 「え?」


 ク・エルが、僕と小悪魔に向けて大鎌を構えた。

 戦闘態勢せんとうたいせい

 今にも、あの大きな刃が襲いかかってきそうだ。


 ドクン。 ドクン。


 刃の光を見た、一瞬。自分の心臓が早くなるのを感じた。

 大鎌でがフラッシュバックし、動けなくなった。


 「!? ク・エルさん! やめてください! 夫は敵ではありません!!」


 ディアが寝ているマリアを抱えたまま、ク・エルに駆け寄ろうとする。


 あれ?

 僕の知らない間に知り合っていたのか?


 「……ディア様。危険です。お下がりください」


 ク・エルが、ディアの前に片手を伸ばした。


 「えっ? ク・エルさん。それは、どういう……」

 「……ディア様。落ち着いてお聞きください」


 僕にディアを近寄らせないように警戒しながら、声をかけ続ける。

 ディア達に背を向けて、こちらと小悪魔を見比べて睨む視線を感じた。


 「……貴女の夫。ユーサ・フォレストは、可能性があります」

 

 「「 え ? 」」


 ディアと僕の声が重なる。


 「……理由としては、先ず。死んだ筈のユーサ・フォレストが生き返った事です」


 こちらの方を警戒しながら、ディアに説明をするク・エル。


  「……死者を蘇らせる方法は二つ。

   一つ目は、使になり神様の加護により、使命を果たすために生き返る。

   二つ目は、になり悪魔と契約をして、転生して生き返る。

   のどちらか。……と言われております」


 ク・エルが、この世界の死者蘇生ししゃそせいの方法を口にする。


 神の加護により死者が蘇るという奇跡が存在する。

 そんな便利な奇跡ならば、誰もが教会にお願いし、亡くなった家族を蘇らせるだろう。


 __しかし、その奇跡を叶える為には条件があった。


 「……ディア様。フォレスト家は、何処どこの宗教にも属していませんでしたよね? ……それに、死者蘇生の為に、多額の寄付きふをしたり、教会に貢献したという報告も聞いておりません」


 ク・エルが言う、神の加護により死から復活する最低条件。


 いち、教会の死者蘇生ができる宗派に属している事。

 、本人、もししくは縁者えんじゃが教会に多額の寄付を行っている事。

 さん、神への信仰力が高く、神のお目にかかるほど教会へ貢献をしている事。


 僕らは、エル教会に入団しているわけではない。

 だから、ク・エルが言いたいのは……。


 「……ですので、彼は悪魔と契約を結び、魔人となった可能性が高いのです」

 「そ、そんな事ありません! 彼は私の夫です! そんな事はしません! 私達と同じ人間です!」


 ディアの言葉に、胸が苦しくなる。


 「悪魔と契約なんて……」

 「……ディア様。悪魔と契約した者は、親しい者の供物くもつを悪魔に捧げる悪しき存在となります。……教会の人間として見逃せません」


 この世界では、悪魔と契約をして魔人になった者は、強大な魔力を得る。


 その対価として、人間の振りをしたまま人間社会にまぎれて、悪魔に人間を捕食させる為の中間地点となり、大きな災いを呼ぶとされている。


 「で、、でも、、、」

 「……ディア様。悪魔と契約を結んでいるかどうかを、見分ける方法がございます」

 「え?」


 ク・エルの仮面越しに、真剣な眼差しが向けられている事に気づいた。


 「……ユーサ・フォレスト。私の問に答えなさい。貴方は、悪魔に支配されていますか?」


 ……。この問い。

 どう答えるべきなのだろうか?


 シ・エルが率いる天使の軍団。

 彼女はその一人だ。

 僕が魔人とは違う、姿

 という事は知っている筈。


 なのに何故なぜをするのか?


 「あなた……」


 ディアが、こちらを見つめてくる。

 不安。信じる。の境界きょうかいにある顔だ。

 何をやっているんだ僕は。


 トムさんの言葉を思い出す。

 大事な人にしてはいけない事。

 それは、


 「僕は……人間です。ディアの夫であり。マリアの父親です」


 少なくとも、僕はそう思っている。


 「……わかりました。では質問を変えます」


 何か意味があったのか?

 少し、安心した顔になったディアが見えたが。

 すかさず、ク・エルが質問を投げてきた。


 「……貴方を生き返らせたのは、ですか?」


 ドクン。


 気のせいか。心臓に謎の違和感を感じた。


 ー 君を生き返らせたのは、わたし、ジャンヌ・D・アークと、 ー


 時間が止まったような錯覚。

 まるで釘を刺すかのように。

 一瞬だけ神様の言葉。

 召命しょうめいが脳内で再生される。

 

 __神様が言っていた機会って、ココか?


 答えなければ、無防備のまま防御が間に合わず、あの大鎌で今にも首を切られ、死ぬ。

 神様の名前を答えると、死ぬ。


 言葉を間違えると、自分の命が無くなる。

 少しの沈黙が凄く長く感じた、なんとも居心地の悪い瞬間だ。


 「神様……です」


 は、言っていない。

 間違ったことは言っていない。

 自分の胸を触り、鼓動から生きているのを確認した。


 「……無宗教の貴方がですか?」

 「そうなんだよ。自分でもびっくりしている」


 これも。未だに理由が分からない。


 あちらは武器を構えているが、こちらは武器を構えず無防備のまま。

 敵対する意志は無いという態度で答えた。

 無実の罪を着せられた罪人が清廉潔白せいれんけっぱくを訴えるように。

 ただ信じて欲しいという一心で喋った。


 「……では、ユーサ・フォレスト。……貴方を生き返らせたを教えなさい」


 ドクン。


 また一瞬。

 心臓に違和感を感じた。

 まるで、見えない大きな手に、心臓を鷲掴わしづかみされているような感覚。

 

 「教える事はできない」

 「……何故です?」

 「神様が、そう言っていたから」

 「……。」


 これも、を言っている。

 嘘はついていない。

 ジャンヌ神様の名前を言ってない。


 天使は、嘘を見抜く能力に長けている。と聞いたことがある。


 僕の仕草、態度に嘘、偽りがないせいか。

 ク・エルは考え込み、どこか判断しかねている様子。


 「そもそも、神様の名前を答える必要があるのかな?」

 「……あります。答えられないとすると、やはり貴方は悪魔の魔に魅了されて魔人になった。と判断します。ご覚悟を」


 大鎌の刃を自分の後方に振りかざし、いつでもなぎぎ払える体制に入りク・エルは質問を止めた。


 どうする?

 どうする。。。。


 「アラアラ。なんだか面白そう! ワタクシも気になっていましたの。もしかしてユーサ・フォレスト。貴方を生き返らせた神様って、ワタクシの主人、魔王様に生き返らせてもらったのではなくて?」

 「は? 魔王?」


 打開策を考えていたら、急に小悪魔が間に入り始めた。


 魔王?

 神様が言っていた、最悪魔邪神王。

 インク・B・アークの事か?


 「アラアラ。やはりそうではないかと思っていたのよ。流石さすがは、ワタクシの旦那様ですわ」 

 「……サキュ。どういう事ですか? 貴女が、魔王の? 正妻?」

 「アラヤダ。ワタクシ、魔王様の正妻です事よ? 貴女はシ・エルの……愛人? あ、いえいえ、金魚のフンでしたわね!! オホホホホホホホホ!!!! 独り身は可哀そうですわね!! ク・エル!!」

 「……そういう貴女の主人は、いつになったら表舞台に出てくるのでしょうか? 本当に実在するのですか? 貴女の妄想ではなくて?」


 の名前が出たあたりから。

 何故か、ク・エルが無愛想な態度のまま、やや怒り気味になったのは気のせいか?


 「アラアラ、ク・エル。今回の件については、わざわざ魔王様が自ら出なくても良い程度の事よ? あと、天使達の多くが亡くなった聖戦ジ・ハードをお忘れ? 無様ぶざまに泣きべそかきながら逃げていった可哀想な天使ちゃんは、認めたくないのかしら? オホホホホ!!」


 小悪魔の言葉に、ク・エルから少し怒りのオーラを感じる。


 何の話をしているのか、わからないが……。

 僕を生き返らせたのは誰か問題が流され、神様の名前を言わずに済んだのは良かった。


 しかし、そのせいで、今度は、僕がみたいな感じになっている。

 コレはコレで修羅場しゅらばだ。


 そして、ク・エルと小悪魔の間に何か確執かくしつがある事はわかった。


 「……では、その魔王も未だ傷が癒えていない不完全なまま、という事ですね? 自分の部屋に引き篭もったままの魔王なんて笑い話ですね」

 「あ? なんですって?」

 「……天使わたし達は、あの聖戦ジ・ハードから進歩を続けました。私は子供達が平和に暮らせるように、多くの人々を守る為に強くなりました」


 小悪魔の態度が変わり、ク・エルが強気な姿勢で話しかける。


 「……今度は負けない。私達は、絶対に悪魔に勝つ。悪魔は全て、喰らい尽くします」


 ク・エルが大鎌の刃を小悪魔に向けて、そう言い放った。


 「アラアラ。フ。。アッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!!!!」


 ク・エルの言葉に小悪魔が高笑いを始めた。


 「今度は? ? ? アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!!」


 今まで上品に話をしていた小悪魔が下品な喋り方と笑い方をする。


 「では聞くわよ、ク・エル。今回の件で、のかしら? のかしら?」

 「……っ!!?」

 「聖戦ジ・ハードの時は、天使に毛が生えたようなメスガキが? 天使長って言われるようになって? 自分が有能だと勘違いしちゃったのかな? アッハッハッハッハッハーーー!!!!!!」

 「……黙りなさい!!!」


 激情するク・エルを始めて見た。

 ク・エルは自分の身長以上の大鎌を一瞬で振り回した。


 ザシュ! ザシュ!!


 大鎌の刃により生み出された風の斬撃が、こちらに飛んできた。


 「__っ!? 危なっ!!」


 ク・エルの挙動から考えるよりも先に、体がギリギリの所で避けてくれた。


 そして、近くにいた小悪魔の方に目をやる。

 小悪魔は、風の刃により八つ裂きにされた……かのように見えた。


 「アラアラ、無駄よ。その程度の信仰力が込められた攻撃では、ワタクシの【魔法マジック:冬のまぼろし】は壊せなくてよ? アッハッハッハッハッハ!!」


 春が訪れ始めているが、まだ冬の寒さを感じている。

 まぼろし


 「……無傷!?」

 「アラアラ。コレが、天使長になった? ク・エルちゃんの攻撃かしら?? まだユーサ・フォレストの秘力の方が通りそうな気がしますわよ? アッハッハッハッハッハ!!」


 こちらを一瞬だけ見て、ク・エルに嫌味を言う小悪魔。

 ク・エルの攻撃は、まるで幽霊を相手にしているかのように通り抜けた。


 ザシュ! ザシュ!!

 

 「……攻撃が通らない」

 「アラアラ。残念だったわね、ク・エル。ワタクシ、仮にも魔王様の正妻ですもの。これしきの攻撃は無意味よ」


 何度か、ク・エルが攻撃をするも、大鎌の刃がただ空を切るだけであった。


 「アラアラ。どうしたのク・エル? 教えてくださるぅ~? 人間を守る? 悪魔に勝つ? あの時とどう進歩したのかしらぁ~? どう強くなったのかしらぁ?」

 「……!? っく!!」


 ク・エルの顔が苦痛に歪む。


 「アラアラ。早くしないと……そうねぇ……貴女の後ろで守られているを、ちゃおうかしら?」


 ……ピキ。


 は?


 「……!? 何を!?」

 「アラアラ。決まっているじゃない! アンタが大事に守っている人間共を目の前で殺して、再現して上げるのよ!! 聖戦あの時と同じようにね!!!」


 小悪魔が指先から強烈な魔力の圧縮を始めた。


 「……!? 天使能力解放……。【神の奇跡エル・ラーク】……」

 「アラアラ! 遅くってよおおおぉおおーー!!! ク・エル!! 先ずはそのを目の前で殺して差し上げますわーーーーーー!!!」


 __プッツン!


 頭の思考が停止した。


 

 パチ! パチ! パチ! パチン!



 「GYYYYAAAAAAAギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーー!!!!!?????」


 聞くに堪えない声が、聞こえる。


 ボトンッ!!!


 地面に何かが落ちた音がした。

 小悪魔の片腕だ。


 「ユ、、、ユーサ・フォレストぉおおーーー!!! 貴様まああああああーーー!!」


 小悪魔の汚い雄叫びで、呼ばれて気づいた。


 気が付けば、右手の召喚武器を握って、振るっていた。


 敵の腕を、無意識に切り落としていた。


 「な、何故! 何故!? 貴様が、ワタクシを攻撃することができますのっ!!???」


 ごちゃごちゃと五月蠅うるさい。


 「僕の家族に、手を出そうとしたんだ……お前も」


 言いながら、怒りが抑えきれなくなる。


 「やすらかに、らくに、ねると思っているのか?」


 声をかけると、小悪魔がおびえ始めた。


 「アラアラ……。な、なんて恐ろしい顔。人間の顔をは思えないわ。……まるで憤怒の悪魔が取り付いてるかのような……ん?」


 冷や汗を流しながら、片腕を再生させようとしている小悪魔。


 「フフフ……ンフフフ。アッハッハッハッハッハ!! なるほどね!! そういう事でしたのね!!!」


 痛みで頭がおかしくなったのか? 小悪魔が急に笑い始めた。


 __再生を待たずに、もう一本いっとくか?


 「ユーサ・フォレスト。今のあなたを見て、色々と確信しましたわ」


 ……?

 小悪魔が何か聞こえないように呟く。

 何を言っているんだ?


 「《  ー 〇 呪文(スペル) ●魔法(マジック) ◎ 悪魔の理性解除マーダー・ライセンス ー  》


 この呪文は、確か……さっき倒した悪魔の能力向上魔法?

 誰に向けようとしてるんだ?


 「……まさか! ユーサ・フォレスト!! 下がりなさい!!!」


 普段の大人しい声とは違う、ク・エルの叫び声が聞こえた。

 咄嗟とっさに、その場から離れようとした瞬間。


 足が動かなかった。



 ー   け る な 。 そ の じゅ もん を  け ろ 。 ー



 「__!!? なんだ!?」


 突然とつぜん

 視界に黒い文字が現れ、訴えかけてくる。


 「こんなところにいたのね……。リノフィー・エターナル!!」


 サキュの指先から現れた闇が超高速でこっちに向かってきた。

 避けられない。


 「_______あああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」


 体中に強烈な痛みが発生した。


 まるで、大量の電気を体に浴びているような感覚。


 目を開けているのに、何も見えない。


 「!!? あなた!!!!」


 だれか。が。よんでいる。こえがした。


 「……ディア様。いけません。お下がりください」

 「ク・エルさん!? 夫が!!」

 「ディアさん、離れてください! ユーサのアニキから、強力な魔力が感じられます!!!」

 「アユラ君!? 魔力ってどういう事っ!?」

 「……もう、隠しても無駄ですね。ディア様。落ち着いて聞いてください。あなたの夫。ユーサ・フォレストは……」


 なんだ?

 みんなが。はなしている。


 「……悪魔と契約をする前から、人間の姿をした特殊な悪魔だったのです」


 ……きこえない。

 ただ。いっしゅんだけ。


 だれか。だいじなひとが。


 かなしそうな、かおを、していたのが。


 さいごに、みえた。

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