1-8.不気味な笑い【スマイル】



 「シ・エル……何しに来た? 教会の最高位にあたる最天使長様は、葬儀そうぎのマナーを知らないのかしら? 家族葬かぞくそうってご存知? 今日はお引き取りくださいな」


 誰だかわからないぐらい怖い声。

 しかし、会話をしながら少しずつ冷静になったのか後半は、いつもの優しい口調とオネエ言葉に戻っていった。


 「……シ・エル様、やはり日を改めた方が」

 「いや、今日でなくてはダメなんだよク・エル」


 ナザさんとブンちゃん達が前にいる為、よく見えない。

 二人の隙間すきまからかろうじて見えるのが

 シ・エルと呼ばれていた藍色の軍服コートを着た男性と

 ク・エルと呼ばれた緑色の着物を着た女性だった。


 確か……シ・エルと呼ばれた男性は、ここから遠い上級国民を超える冠位アーク国民しか住む事が許されない国家、『ガーサ』都市の教会中の『最高』の最天使長様と呼ばれている有名な天使様。

 ク・エルと呼ばれた女性は、この『ザキヤミ』の一部の支部で天使長様をされている。……、一人だった筈。


 「今日でなくては・・・・・・・。とはどういう意味かしら? 早急に謝罪の言葉でも述べにきたのかしら? お気遣きづかいなくてよ、シ・エル。さっさとお帰りなさいな」


 普段、誰にでも聖人君子せいじんくんしのように振る舞う優しいトムさんが煙たがり横暴な態度をとっていた。


 「トム……。いつもの君らしくないご挨拶だね」

 「当然よ……。むしろ、よくワタシの前に顔を出せたわねぇシ・エル。ギルド長であるワタシに黙って、ユーサを連れて行った・・・・・・・・・・貴方が目の前に現れたんだから。大変気分が悪いんだけど」


 ……えっ?


 トムさん。今、何て?


 最天使長様が、夫を……?


 「あぁ……その件もあるけど、これから良くない事が起こるので早めに手を打とうと……」


 後ろから見ていてもわかるように、トムさんが藍色の最天使長様の胸ぐらを掴み、会話を途中でさえぎった。


 「既に良くない事は起こってるのよシ・エル!!

  お わ か り ?

  ギルドのお得意様だからって優しくしてたら良い気になるんじゃないわよ。

  時と場所が分からないのかしら? お客様だからって、常に神様気取りか?」


 顔を近づけ、睨みを効かせ、口調がコワモテの男性のように強めになるトムさん。


 「いえいえ、余は天使であって、神様気取りなんて、そんな烏滸おこがましいことはできないよ」

 「……シ・エル。知っているかしら? 冗談っていうのは相手が面白いと思った時に成立するのよ。教会始まって以来の『最高』の最天使長様だからって……殴られないとでも?」


 普段のトムさんからは考えられない発言。

 今にも一方的な暴力が始まりそうな瞬間だった。


 「トム。気持ちは分かるけどやめときな。相手は教会で最高位の人物さねえ……。後々面倒になる。……やるなら別の場所でやりな」


 止めに入ったのかと思ったら、そうでもなかったナザさんの声。

 名前を呼ばれて、一瞬我に返ったのか、またトムさんが少しオネエ言葉に戻った。


 「それならここで殴って正解よナザちゃん。ここは教会じゃないわ。この人達の神様は見てないものねぇ」

 「……っ! 何を!!?」

 「ちょっ……トムちん! 流石さすがにそれはマズいっTE!!」


 今にも一方的な殴り合いが始まりそうな一触即発いっしょくそくはつな空気。

 その空気を止めようとするク・エル天使長とブンちゃん。


 けど……。

 シ・エル最天使長様は、二人の方に手の平を向けて「大丈夫。落ち着いて」っといった感じで、二人を静止させた。


 「トム。お怒りはごもっともだ。遅くなったが、ユーサの件について、先におびをさせて欲しい」

 「びる? 今更何を言うのよ? 貴方が謝ったらユーサは生き返るのかしら? 生き返らせてくれるのかしら?」

 「それは……」

 「答えなさいよシ・エル。貴方って『時』を操る事ができるから『最高の天使』って言われているらしいじゃない? なら……してみせなさいよ! さぁ! 早く!!」


 トムさんが再び強い口調になった。

 ……けど、先ほどとは違い、怒りよりも、悲しい気持ちの方が伝わってきた。


 「トム……すまないが、我は確かに『時』をつかさどる奇跡を授かっているが、『時を戻す』ことはできない。申し訳ない」

 「何よそれ……。『最高の最天使長様』が聞いて呆れるわね……じゃあ、何ができるっていうのよ!」


 きっと、トムさんも分かっている。

 強い言葉と文句を言っているけど、できない無理難題を言っている事も。

 どこに向けて良いのかわからない苛立いらだちを、ただぶつけているだけなのも。


 「シ・エル。ユーサの身体を見たかしら? 傷だらけで、血だらけだったのよ? ねえ、わかる? 自分の息子が……家族が……そんな状態で帰ってきた時の、ワタシ達、家族の気持ちが……ねぇ。貴方にわかる?」

 「……」


 シ・エル最天使長様は、ただ黙っていた。

 目元が隠れている仮面マスクでは、本当の表情は分からない。



 「そして、シ・エル。貴方、何か隠している・・・・・・・でしょ? ユーサは、ウチのギルドでも一番強かったのよ? そんな子が事故で死んだ・・・・・・? ふざけんじゃないわよ! 納得いかないわよ! どうせ貴方達、教会お徳の隠蔽いんぺいか何か、したんじゃないの!!?」


 トムさんが悲痛な思いと、私も確認したい事・・・・・・・・を聞いてくれた。


 自分の家族を過大評価するわけではないが、夫はこの『ザキヤミ』地区でも5本の指に入る強さと評判だった。

 それほど強い夫が、どんな事故・・・・・にあったのか。

 詳しい情報は、妻である私にも教えてもらうことはできなかった。


 しかし……。


 「答える事はできない。申し訳ない」

 「__っシ・エル!! 貴方って人は!!」

 「トム。本当にすまない。その件について、余なりのやり方でおびしよう」

 「……っ!? シ・エル様!!? いけません! 天使がたみに顔を見せるなど!!」


 シ・エル最天使長は、自分の顔を隠していた仮面マスクを外して答えた。


 「トム。何度も言うが、余からは……言う事ができない・・・・・・・・。答えたくても、答えられない。余も君達ユーサの家族に伝えたいが、伝える事ができない・・・・・・・・・。納得できないと思うが、せめて、余の素顔に免じて、許していただけないだろうか?」


 シ・エル最天使長様が、素顔をさらけ出して、彼なりの謝罪を続けようとする。


 「ユーサの奥さんと娘さん。そして、家族であるトムに、余ができるのはこれぐらいの事だけなんだ。本当に申し訳ない」


 素顔を見せた後、頭を私達に下げる最天使長様。


 確か……。


 教会の天使達は。

 『天使になった者は、素顔を人に見せてはいけない』

 という謎のしきたりがあった筈。


 本当の理由は分からないけど。

 人間を超越した存在になった天使としての証、とかいう噂を聞いた事がある。


 その為、天使はマスクをして顔を隠して一生を過ごさなければならない。

 人に素顔を見せてしまうと、教会から重罪じゅうざいで罰せられる。

 もしくは、天使という地位を剥奪はくだつされる。


 つまり、シ・エル最天使長様は、天使の地位が無くなっても構わない。

 ……と思うぐらい、私達に謝罪を伝えているのかもしれない。


 「シ・エル。貴方……それは……、一体……どういう事よ」

 「賢い君なら分かる筈だトム。最高と言われても、余も結局のところ、エル教会の一部いちぶの最天使長。最上の召命・・・・・には逆らえない」


 シ・エル最天使長の素顔を見せた行為に、同様するトムさん。

 そして、何か意味深な事を伝えるシ・エル最天使長。


 マスクの下に隠れていた、透き通った綺麗な藍と黒のオッドアイ。

 中性的な綺麗な顔立ちの男性が、トムさんに言葉ではなく、目で何か・・・・を訴えっていた。


 二人にしかわからない、何か・・

 私達はただ二人を見守るだけだった。


 「……わかったわよ。貴方にも事情があるのなら聞かないであげるわ。気持ちは伝わったから、早く顔を隠しなさいな。長い付き合いだものね、貴方が重罪じゅうざいになる。……なんて嫌だわ」

 「フッ……ありがとうトム。大丈夫だよ。ここには、余達の神様はいない・・・・・・・・・。……だろう?」

 「もう、シ・エルったら。何言ってんのかしら」


 先程までの一触即発な空気から、長年の付き合いがある友人のような優しい空気に変わった。

 殴り合いのような物騒な事にならなくて良かったけど、何故か不穏な空気が続くのを感じた。


 「長い付き合いになるが、いつも冷静な君があれだけ怒った所は見たことがない。初めてだ」

 「あら? そうかしら?」

 「あぁ。それほどまでに、君にとってユーサは大事な存在だったんだね。だからこそ、本当に申し訳なく思う」

 「当たり前でしょう。子供を大事に思わない親なんていないわよ」

 「そうだね。余もそう思う。ユーサを羨ましくも思うよ」


 何故か、こちらを向いて優しく微笑むトムさん。

 

 そして。

 シ・エル最天使長様は何故か、横にいるク・エル天使長様を横目に見て微笑んでいた。


 「トム。先ほどの素敵な怒り・・を忘れてはいけないよ。怒り・・は、最高の力を生む。誰かの為に怒り・・を覚えるのは、人として当然であり、素晴らしい事なんだ」


 仮面マスクを顔に付けながら、シ・エル天使長が続ける。


 「『憤怒ふんぬの悪魔』と戦い、天使になって以来、余には『怒り』という感情が無くなってしまった。だから……大事にして欲しい。人間としての、その感情は、間違っていない」


 シ・エル最天使長は、自分の腰にかけている土星型の大きな鈴に目をやりながら話をしていた。

 何かさっきからずっと、意味深な助言を伝える天使様だな。と思った。


 「………シ・エル様。そろそろ、本題に」

 「あっ! そうだったね。え~っと……なんだっけ? トムの怒りが凄すぎて、ど忘れしてしまった」


 先程まで、真面目な雰囲気で話をしていたのに、急に気の抜けた声が聞こえてくる。


 「確か……急いで手をうたないと。……とかなんとか、言いほざいてなかったかい? シ・エル最天使長さんよぉ」

 「おぉ、そうだった。これはこれは、ナザ病院長。それに『人魚の涙ブルー・ティアーズ』の姫君ことブン氏まで……素敵なご家族だねトム。これなら心配ない」

 「どうもご挨拶ありがとうNE、『ガーサ』の最天使長様。因みに、心配ない……って何がだYO?」


 ナザさんとブンちゃんが、空気に耐えかねたのか、会話に入っていった。

 シ・エル最天使長が私達を見て、仮面マスク越しではあるが、再度真面目な顔立ちになった。

 ……気がする。


 「緊急事態だ。二点お伝えする」


 チョキの形を私達に見せて話を続ける。


 「一点目は、ここから各自、早急に持ち場に戻って欲しい」

 「持ち場?」

 「あぁ。貴方達の所属するギルド、病院にだ」

 「なんでYO! ウチに至っては、何百キロも離れた隣の都市なんですけど! さっさと帰れってKA!! ……はっ!! やはり、帰り賃はババアに前借りしろって事だNE? 最天使長様」

 「おい、ブン。なんでそうなんのよ」


 ブンちゃん達が大きめな声で漫才めいた会話をするが、無視して話を進める最天使長様。


 「理由は詳しく言えないから……そうだね。危機ききがもう直ぐそこまで近づいているからだ」

 「危機ききが……近づいてRU?」

 「詳しく言えない。って何なのさアンタ。さっきから。ずっとフワフワとした説明だし」

 「そう責めないで欲しい。ナザ院長。余の力は、そういう制約・・・・・・なんだ」


 シ・エル最天使長が、あやふやな説明をする為、何が言いたいのかさっぱりわからない。


 「……シ・エル様の能力。【神の奇跡エル・ラーク】である【≪余の勘よかん≫】は、発生する事案を、『人に詳しく言ってはいけない』という制約があるのです」


 解説をするように、ク・エル天使長がボソッとしゃべり始めた。


 「……未来が視えても、誰かに詳細を教えてしまうと、重いペナルティを負うという奇跡なのです。制約というよりは条件。神に奇跡を授かる対価。と言い変えればわかりやすいでしょうか?」

 「ク・エル。解説ありがとう。ちょっと訂正すると、確実な未来が視えるわけではない。先読みや、未来視というよりは、本当にただ、ぼんやりと、おぼろげに【≪余の勘よかん≫】がするのだ」

 「……そして、その【≪余の勘よかん≫】から、皆様に今後の行動について準備をして欲しいという事です」

 「準備って何をするのYO? ギルドに戻って何に備えろっていうのYO?」


 ブンちゃんが、両手に頭をのせて足をプラプラ退屈そうに話しを聞く。

 学院で教師の話を詰まらなそうに聞いている不良少女みたいだ。


 「何度も同じ事を話して申し訳ないが、危機が迫っている。という事だ。なんとなくここからは察して欲しい」

 「ふーん。まぁウチや、トムちんの力が必要になりそうで、危機が迫っているなら……悪魔か魔物の討伐。戦闘寄りの物騒な話かNA?」

 「察しが良くて助かるよ、人魚の姫君。だいたい、そんな感じだ」

 「なるほど。戦闘司令官のお偉いさん向きな能力。『時』を司る最天使様らしい力だけど……なんか説明が面倒くさいNE」


 知り合いじゃなくても、誰とでも話してコミュニケーションを取れるブンちゃんが羨ましく思った。

 病院の薬師であり、ギルド員ではないので、戦闘経験が少ない私からすればよく分からない話だった。

 とりあえず、黙って聞いておくことにした。


 「とりあえず、一つ目は分かったから、次は何かしら? シ・エル」

 「二つ目は、一番の本題だ」


 空気が静まり返った。

 皆が、真剣に天使長様の二本目の指を見て、耳を傾けていた。


 「ユーサの奥さんと娘さん。ディアさんとマリアちゃんを、余達天使が預かり保護する」

 「……え?」


 いきなり、自分の名前を呼ばれて思考が停止してしまった。


 「保護? なんでディア達WO?」

 「ちょっと待ちなさいなシ・エル。いったいどうして……」


 トムさん達が、シ・エル最天使長に疑問を投げかけていた……その時であった。




     




 耳が痛くなる程の大音量の警報音。


 急激に変わる音程と不協和音が、聞く者の危機感と緊張感を高める。



 「__っ!? 何っ!?」

 「これは……避難警報!? なんでE!? ここは中心都市に『結界石』があるから悪魔や魔物は街に入って来れない筈だYO!?」

 「ブン! じゃあコレは、どういう事なんだい!?」

 「わかんないYO! 考えられるとしたら……」



 ブンちゃんが説明してくれた、避難警報。


 都市の中心にある教会から街中に向けて鳴らされる、住民に避難を促す警報音。

 しかし、この『ザキヤミ』に住み始めて十年以上経つが、今まで聞いたことはなかった。


 理由としては、田舎の町とは違い、この都市には教会に『結界石』というものがある。

 それが壊れたりしない限り、中心都市は悪魔や魔物が入って来れない安全地帯と言われている。



 「ママァ……。なに……このおと? こわいよぉ……」



 マリアが急に鳴り出す不快な不協和音に恐怖を感じたのか、目を覚ました。

 先程まで、トムさんの怒鳴り声がする度に、マリアの耳を抱きしめながら塞いでいた。

 流石に、この不協和音は耳を塞いで対処できるレベルではなかったようだ。



 「ごめんねマリア。ママもわからないけど……安心して。きっとすぐに……」



 マリアを怖がらせないように、安心できるように話をしている最中だった。


 皆が、不協和音に気が向いて、外の様子を見ている時。


 マリアに視線を落とした私だけが気付き、鳥肌がたった。




 「……来たか」




 シ・エル最天使長様が、小声でそう呟いた。



 何かを期待していたかのように。

 待ちに待った。

 楽しみにしていた行事が始まる前の子供にように。

 誰にも気づかれないように、一人で喜んでいた。



 天使様とは思えないほど、不気味な笑み・・・・・・を浮かべて。

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