1-6.デイ教神社、遺族控室 ディアの視点


 夫の葬式そうしきが終わり、数時間が経過した。


 今は、夫のお墓から離れた場所。

 葬儀そうぎを行なってくれた神社。

 デイ教と呼ばれる神社の遺族控え室に移動してきた。


 「それでは、皆様お揃いのようなので、一旦お食事を持ってまいります。フォレスト家の皆様、しばしお待ちくださいませ」

 「ありがとうジルちゃん。悪いはね、何から何まで」

 「いえいえ、トムさんのご家族の為なら……何なりとお申し付けください」


 トムさんが、ジルと呼んでいる神社の神主様かんぬしさまである青いひげが目立つ中年男性と部屋の扉近くで話をしている。


 「トムさん……失礼を承知でお聞きいたしますが……何故、エル教会ではなくこちらに?」

 「うーん……。ちょっと……ね。あそこは今、信用してないのよワタシ。詳しくは後日話すわ」

 「……承知いたしました。ではのちほど」


 小声で何かを話している二人。

 色々とあり過ぎて、言葉は聞こえても、脳が内容の理解に追いつかない。


 気付けば、扉の音がしないように丁寧に締め終え、その場から離れたジルさん。

 トムさんが、私の方を向いた。


 「ディアちゃん大丈夫? 後はワタシ達がやっておくから、休んでちょうだいな。マリアちゃん預かるわよ?」

 「トムさん……ありがとうございます。マリアは泣き疲れて寝ちゃいましたから、大丈夫です。このまま……抱っこしています」


 今は、疲れても、娘の側(そば)にいたい。


 何故かはわからないけど。

 娘まで遠くに行ってしまうのではないか。

 娘も、私が遠くに行ってしまうのではないか。

 謎の不安を感じている。

 私自身、少しでもその不安をまぎらわしたいのか、娘と離れたくないのか、抱きしめる力をあまり緩めていない。


 「あら、そう? ならせめて足が疲れるでしょうから、この椅子に座りなさいな。無理しちゃダメ。昨日から眠れていないでしょう?」

 「はい……ありがとうございます」


 トムさんは、椅子を私の後ろに持ってきて用意してくれた。

 疲れているのは事実で。

 取りつくろ空元気からげんきも見抜かれている。

 お言葉に甘えて、椅子に腰掛けた。


 「遠慮しないで良いのよ、ディアちゃん。ユーサの親として、私にとってあなたも家族であり、マリアちゃんは孫みたいなものなんだから」


 トムさんが、私と私の腕の中で寝ているマリアの顔を見て優しく微笑んだ。


 優しく振る舞うが、きっと……トムさんも眠れていない筈……。

 メイクで誤魔化ごまかしているが、目の下のくまがあまり上手く隠せていない。

 トムさんも辛いのに……気遣ってくれるその優しさが嬉しくて、涙が出そうになる。


 トムさん。本名はトム・マイピー。

 身長が百九十センチ以上はありスリムな体型のドワーフ族の希少種。

 身長が低く、酒樽さかだるのような体型が多いドワーフ族の中でも珍しく、モデルのような体型でカラフルなタキシードを着こなす亜人。

 ダンディな顔立ちでオネエ言葉を発するが不快感はなく、むしろろ美しいと思えるたたずまいをする中年の男性。

 夫の所属するギルド『オトムティース』のおさである。


 怒っている所を見た事がない、いつも優雅で美麗びれいという言葉が似合う。

 夫にとっての育ての父親であり。

 自然に家族として甘えたくなる母親の母性を合わせ持った人。


 

 「トムだけじゃないよ。ディア。こういう時こそババアを頼りにしな。孤児院を出てもアンタは娘で、マリアは孫みたいなもんなんだから」

 「あら、ナザちゃんごめんなさい。セリフ奪っちゃったわね。フフフ」


 ナザさん。本名はナザ・リー。

 ほうれい線が見える、しわがかかった褐色エルフ。

 ピンク色の長い髪を一つ結びにした、自分の事をババアと呼ぶが人間でいう四、五十代ぐらいの見た目。

 豊満な体の上に白衣を着ていて、煙の出ない煙管きせるを常にくわえている。

 私の働いているナザ病院の院長で、子供の頃記憶を無くした私を拾ってくれたリー孤児院の『ザキヤミ』支部の院長。


 「ナザさんも……ありがとう。わざわざ来てくれて」

 「やだねぇ、この娘ったら。他人みたいに。遠慮してんじゃないよ」

 「んんん。ナザさんは病院長の前に……私にとっては本当に大切な親だと思っているよ。いつもありがとう」

 「当たり前……じゃないのよ……。この娘ったら」


 私の言葉に、ナザさんが顔を見せないように反対方向を向き、煙の出ない煙管きせるを吹かす。


 「もう……十年以上になるのねぇ。アンタが八歳の頃からアタシの孤児院で面倒見てから……。卒院した子は皆、アタシの子供さね。たとえ大きくなっても子供は可愛いもんなんだから、辛い時はなんでも良いな」

 「え? マジぃ? んじゃウチもババアに甘えるWA! ねぇババア、キサガナまでの帰り賃くれる?」


 大きなバナナが本生えているような金髪ツインテールをしたギャルメイクの半人魚(ハーフマーメイド)がナザさんの前に現れた。


 「ババアだけじゃないYOー! お姉ちゃんがいるのも忘れちゃダメだYOー?」

 「黙りな、ブン。アンタに言ってないわ。ったく……なんでアンタは、ディアみたいに素直に育ってくれなかったのかねぇ、このバカメイド。やはり男がいないからかねぇ」

 「おうおうババアぁ! 男と付き合ったら人生変わるのKA!? 結婚が人生の全てじゃないんだYO!!」


 ブンちゃん。本名はブン・リー。

 メイド服の上に白衣を着ている陽気な女性。

 隣の水の都市『キサナガ』にある、水中ギルド『人形の涙ブルーティアーズ』の凄腕の水秘術師ウォーター・アーカーであり。

 私が孤児院にいた時期に、本当の姉のように面倒を見てくれた、どんな時も私の味方をしてくれた家族。


 「ブンちゃんも、ありがとう。忙しいのに……遠くから来てくれて」

 「何言ってんのYO! お姉ちゃんも頼りにしてYO♪ 任せなYO♪ ディアに何かあったら、どんな時でも、どんな場所にいても駆けつけるWA♪」


 私を明るく元気づけようとしてくれる優しさに、涙が出そうになる。


 「帰りちんは、ババアに任せるし」


 ブンちゃんの言葉に、ナザさんがけわしい顔になる。


 「ブン……アンタ、この前貸した十万じゅうまんエイは? それどころかいちエイも返さないままとはどういう了見だい」

 「何言ってんのYOババア? ババアがボケないように、可愛い娘に支援する為に、まだまだ現役で働いてもらう為に、配慮をしているこの娘の優しさが……わからないもんかNE?」

 「わかるかっ!! 何言ってんのよ! ……はこっちのセリフだわ! このバカ娘が! まったく!!」


 ナザさんが怒りながら、ブンちゃんのほっぺをつねり、アーだ、コーだ怒鳴る。

 ギャー! と何度も叫ぶブンちゃん。


 さっきまで暗い空気が部屋を満たしていた筈が、私の家族は少しずつ空気を明るくしてくれていた。


 幼い時にずっと見ていた二人のやり取り。

 普段通りの家族の雰囲気が、雨で冷えきった私の体に少しずつ熱を運んできた。


 「……本当に」


 少しずつ、自分の肩の力が緩むのがわかった。

 少しずつ、自分の視界がぼやけていくのがわかった。


 「皆が……いてくれて……良かった」


 声に出した途端、我慢していた涙が溢れていた。


 「ディア……」

 「好きなだけ泣きなYO。我慢してたんでしょ。涙はね、流しちゃいけないものじゃないんだYO。誰かを想って流す涙は、沢山流して良いんだからNE♪」


 泣いている子供をさとすように。

 ナザさんとブンちゃんが言い争いを止めて、私の方に視線を向けて微笑んだ。


 「ディアちゃん……ユーサの代わりにはなれないけれど、ワタシ達は貴女とマリアちゃんの支えになりたいわ。困ったらなんでも言ってね。血が通ってなくても……ワタシ達は、家族なんだから」


 トムさんが視線を合わせるように地面に膝をついて、泣いている私にハンカチを渡してくれた。


 「トムちん。良いこというじゃないのYO♪ そう! 例えるなら、血ではなく、魂で繋がった家族! ……ってエモくNE?」

 「そうさねぇ。同じ血が流れているのは、ディアとマリアの二人……。だけど、血に負けないモノでアタシ達は繋がっている家族さ。だからこそ、ユーサが繋げてくれた絆を大事にしなくちゃね」


 子供の頃、記憶を無くして、本当の家族の事すらわからない、独りになっていた私。

 それでも、本当の家族のように育ててくれて、今も見守ってくれる人達がいる。


 こんなに幸せな事はない。

 夫を亡くして、不安な気持ちが晴れないままだけど、いつまでも下を向いていられない。


 「皆……本当にありがとう。夫の分まで、マリアの母親として、私……頑張る」



 涙をしながら、今日始めて笑った自分に気づいた。



 そんな中。



 トン。トン。



 部屋の扉をノックする音が聞こえた。




 「あら? ジルちゃんがお食事を持ってきたのかもしれないわ。今日一日中、食事が喉を通さなかったでしょう? 少しでも元気を取り戻すには食事が一番よ!」

 「大丈夫? 一人で食べれる? 食べさせてあげようKA? ババア」

 「なんでアタシなのよ! ディアかマリアに聞くもんでしょうよ!」


 二人の漫才まんざいめいたじゃれ愛に、涙が少しだけ止まり笑ってしまった。


 「フフフ。二人共仲が良くて、面白いわね。皆食べなくちゃダメ。美容にも、心の疲れにも、先ずは食事が必要なんだから」



 トン。トン。



 再び扉をノックする音が鳴った



 「はーい。もう、ジルちゃんったら、せっかちさんねぇ。今開け……」


 トムさんがそう言いながら扉を開けた瞬間、動かなくなった。




 「……? トム? どうしたい?」


 ナザさんがトムさんの様子がおかしい事に、いち早く気がついた。






 「やぁ、トム。そして、フォレスト家の皆様、夜分遅く申し訳ない。少しお時間をいただけるかな?」





 扉の向こう側から声がした瞬間。

 温かい雰囲気だった部屋の空気が、一瞬で凍りつくように変わったのを感じた。


 気づいたらナザさんとブンちゃんが、私とマリアを守るように前に出ていた。




 「シ・エル……っ!!」




 そして、この場にいる誰が声を出したのかわからないほど、怒っているのが伝わる、怖い声が聞こえた。

 それが、トムさんだと気づくのに少しだけ時間がかかった。


 トムさんが呼んだシ・エル。

 無宗教の私でも知っている。

 有名な、エル教会の『最高』の天使と呼ばれている。

 最天使長エル・アーク・エンジェル様の名前だ。

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