第9話 祠 中
俺たちは横穴に入った。よく目を凝らさとないわからない場所にあったせいか、隠されているようにも思えた。
この穴の先にある、扉の向こうが魔物の住処、そして例の物がある場所。
不恰好な穴の中を慎重な足取りで歩いていくと、ついに扉を見つけた。とは言ったもののこれも地味な作りで色も洞窟の背景と馴染んでいる。
「これが例の扉か――」
「分身体の方を準備してください」
俺は一号を出した。こいつに魔物が注意を引き付けられている間に、カエデが集中砲火するという算段だ。
カエデには一号に魔法が当たっても構わないと言ったが、流石に俺と瓜二つの物に当てるのは気が引けるらしくできる限り当たらないようにするとのこと。
カエデが杖を扉に向け、何か呪文のようなものを言い放つ。するとそれまでは見えなかった、青く光り輝く線のような模様が所々に浮き上がる。そして重厚な音を立てながら扉が開いた。
中は正方形型となっていて、意外に綺麗な作りだった。壁に柱が二本づつ等間隔に並んでいて、ずっと奥まで続いている。そこまで広くは無く、壁に不思議な模様があるせいか、より場の異質感を引き立てた。
「中々雰囲気があるな」
「進みましょう、今からはいつ魔物に襲われてもおかしくないですから」
俺は一号を先に歩かせ、横にいるカエデが常時戦闘態勢になる。明かりは相変わらずカエデの火魔法しかなく、周りは暗い。
すさまじい緊張感の中俺たちは歩みを進める。
ここはまるで異世界の中の異世界のようだ。
しばらく無言の時間が続いたことで音へ敏感になる。最初聞こえるのはポツポツと水音ぐらいなものだった。だが歩みを進めていくと奥の方から時折キリキリといった謎の音が聞こえてくる。
「さっきから変な鳴き音が聞こえるんだけど」
「祠に住み着く魔物、カムリの鳴き声でしょう。何度も戦ってきましたが未だに奴らの見た目には慣れません」
奥に進んでいくうち徐々に鳴き声は大きくなっていく。
そしてとうとう、俺たちはついにその鳴き声の主たちと出くわした。
見た目は異形その物、まるで地球の虫ゲジゲジをそのまま大きくしたような見た目だ。大量の足、色は薄茶色でひざ下ほどの大きさだが、奴らの持っている強靭なあごが恐怖感を煽った。カエデの言う通り、この見た目には慣れることが出来そうにない。
三体ほどいて一号の姿を視認するや否や一斉に飛び掛かかり、体にへばりつく。
そこをカエデが狙いを定める。
「黒鳥」
黒い鳥の形をしたものが三体作り出され、正確に魔物へと命中する。へばりついていた魔物カムリは三体共が吹っ飛ばされ、強く地面に激突した。
成り行きを見守っていた俺は魔法の命中精度に感服、地面に打ち付けられたカムリはピクリとすら動かない。
「おお!この調子だったら案外余裕なんじゃないか?」
「カムリが恐ろしいのは数です。一体見つけたら少なくとも周りに10体はいるといわれていますから」
まるでゴキブリだ。
カエデの言った通り、次々とカムリが出てきた。キリキリと気味が悪い鳴き声を上げながら一号に容赦なく飛び掛かってくる。
同時に出くわす数も3体から5体、5体から10体と増えていく。ある個体は地面を這いつくばり、ある個体は横壁から飛んで一号に襲い掛かる。そのたび、カエデが黒鳥で撃退していくものの次第に処理が追い付かなって来た。一号も何度も煙になっては俺の口へ戻り再び出すというのを繰り返している。使用制限などは無いのだろうか。
「おかしいですね、前来たときはこんな数が多くなかったのに……一号さんがいなければ危うく死んでいたかもしれません」
「やっぱり数が多いよな」
「なんだか嫌な予感がします……」
「だな、俺も鳥肌が止まらない」
多分、カムリの見た目がキツすぎるからだけど。
「――いったん戻った方が良いかもしれないです」
そうこうしているうちに奥の方から大量のキリキリ音が近づいてくる。
カエデはやむを得ないといった顔で、再び戦闘態勢。俺は一号にあえて目立つように手を動かしたり肩を揺らしたりさせた。はたから見れば完全に不審者だ。
奴らが目前にまで迫って来た。数にして20体は越えている、流石のカエデも額に汗を垂らしている。
「なあ、カエデさん。これだけの数を一人で捌ききれるか?」
「厳しいかも、しれません」
「だよな、さっきでも手一杯って感じだったし、どうする?無理だとは思うけど走って逃げるか?」
「しらみつぶしで倒していくしかないでしょう。やれるだけやるしかないです。」
「なんかごめん、俺、囮出すぐらいしかできなくて、完全に足手まといだ。恩を返すとか大口叩いてたのにな……」
「私言いましたよね、カイトさんがいなければ死んでいたかもしれないって、だから役にたってなくなんかないです。命の恩人なんですから胸を張ってください」
「そうだといいけど」
間を取って警戒していたカムリ達はついに前進を始めた。内、5体が一号目掛け飛び掛かる。
それを皮切りにカエデが5つ連続黒鳥を放つ。
かわそうと抵抗した接近する5体共に見事、命中した。他のカムルたちは攻撃されたと判断するや否や、一斉に加速して一号へ飛び掛かる。すると一号は見るも無残な虫まみれの姿へと変わり果てた。絶対に近寄りたくは無い。
だが逆に言えばチャンスだ。今攻撃すれば、一号についている大量のカムリをまとめて殺すことができる。
しかし、何故かカエデは魔法を放たない。攻撃をある程度受けると、一号は煙へと変わり口の中に戻ってしまうので早く仕留めなければならない筈だが、カエデは杖をカムルの方へ向けるだけだ。
「どうしたんだ?」
「5発連続で撃ったせいか、次の装填まで時間がかかっています。普段ここまで連続して魔法を使うことが無いので、感覚が分かりませんでした。はっきり言って間に合いそうにありません。」
「それってかなりヤバめじゃ……」
「時間さえ稼げればあるいは――」
「とにかく、俺が何とかするわ」
「すいません、お願いします」
まずいな……このままだと一号の2の次になる。あんな気味の悪い虫にかまれてお陀仏だなんてたまったもんじゃない。
何か、無いか?どうにかしてこの状況を切り抜ける方法は。
一号……俺にある手札は一号しかない。とにかく時間さえ稼げればそれで良いんだが……俺が初めて敵と対峙したグールを一時的に木へ張り付けたことがある。あの時は見間違いだとも思ったが今になってそうでは無いと分かる。まるで一号が餅のような個体へと変化していたのだ。恐らく一号はあの時、思考から状況を読み取り最良の選択をしたんだろう。
どうすればあの時と同じことを再現できるのか。命令するだけで一号は手取り足取り自由に動く。まだ一号の本当の正体が分かっていない以上無闇に出すことは控えて居るが、今のところ一号は万能ラジコンなのだ。それなら――
「一号!グールをへばりつけた時みたいに変化しろ!」
今にも煙に戻りそうだった一号は、命令通り餅のような個体へと変化した。大量にへばりついていたカムリ達は、餅の中にうずまり、まるで虫取り粘着シートへ絡まったような状態になる。
「やったぞ!」
「ええ?何が起きたんですか!?」
「一号に命令したんだよ、形質を変化させろって」
「そんなことまでできるんですか……ほんとにその力便利ですね、正直羨ましいぐらいです。」
羨ましい……か、正直納得はいかない。努力して手に入れたのならまだしも何の努力もせず得た力だ。水泳部で日々苦痛に耐え、努力を欠かさずに続けてきた俺にとって、努力もせずぽっと出で得た能力を使い勝ち誇った顔をする人間を好きにはなれないだろう。それどころか嫌悪感や嫉妬心、理不尽さに怒り狂うかも知れない。
だから、俺はこの力をひけらかすような人間にはなりたくない。
しかし命を救われたのも事実、今後も本当に必要な時だけ使うようにしよう。
「魔法の装填終わりそう?」
「はい、もうすぐです。カムリ達が抜け出す前には終わります」
「そうか、良かった……」
捕まえられたことで、キリキリとカムリの耳をつんざくような音がうるさくなった。
ま、これでホット一息つける。いったん肩の力を抜――
「カイトさん!上!」
カエデの叫び声ではっと上を向く。するとそこには、クマほどの大きさあるのカムルが俺に向かって飛びつこうとしている寸前だった。
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