第8話 祠 上


「いってらっしゃーい!」

 サトルさんとカスミさんが家の扉の前で手を振っている。

 

「行ってきまーす!」

「行ってきます」


 カエデの元気な声でかき消されそうになりながら俺は挨拶を返した。

 

 今日は天気が良く、晴天の空に太陽が煌々と照りつけている。昨日の辛気臭い雰囲気はどこへやら。カエデが先頭を軽い足取りで歩き、たまに鼻歌を口ずさんでいる。カバンをしょっているのも合わせるとまるで遠足だ。


「随分機嫌がよさそうだな。今から魔物と戦うことになるんでしょ?」

「こうして誰かと、どこかへ出かけるのが久しぶりなんです」

「サトルさんやカスミさん達とは遊びに行ったりしないの?」

「最近は――」

「――勝手に人様の家のこと、口出しして良いかわからないんだけど」

「何ですか?」

「あの2人、ちょっとカエデに冷たいきがするな。朝の家事を丸投げの件とか、その、どうなのかなと思って」

「ママとパパについて悪口を言うのはやめてください。」

 カエデは真顔でそう言った。


 デリカシーの無い発言だってことは分かってる。でも、なんだかカエデが不憫だ。種族が虐げられ、知人すらおらず、あの二人以外に頼れる相手がいない。きっと寂しい思いをしてきたんだろう。だったら彼らはもっと能動的にカエデのことを気遣って行動するべきではないか?

 俺が勝手に決めつけているだけで、ちゃんと面倒を見てあげているのかもしれないが、少なくとも今までの行動を見る限りではそう感じることができなかった。

 

「別に悪口言ったつもりはないくて、ただ、心配でさ」

「私は大丈夫です。パパとママも少し調子が悪いだけで祠に行ったら、すぐに元気になりますから。」

「それと祠に行くのと、どんな関係があるの?」

「――祠にある物、が大事なんです」

「つまり、カエデが言っていた命を懸けて取りに行ってる物、同じく今取りに行ってる物ってやつが、サトルさんやカスミさんを元気にさせる何かだってことか?」

「――はい」

「そういうことなら、最初から言ってくれれば――」

「はい、すいませんでした」

「サトルさんやカスミさんの為にも尚更、気張っていかないとな」

 

 カエデの為にも、だ。

 そういえば過去にも何度か取りに行っていたと言っていたが、2人は定期的に体が悪くなるのだろうか?

 異世界のことはさっぱり分からない。そういう病があったっておかしくないだろう。

 

 道中、赤目ウルフと遭遇したがカエデが漆黒の鳥を杖から放出し難なく撃退。あまりにもかっちょ良く、魔法について興味が沸いた俺は尋ねてみた。

 

 魔法には階級が存在していて六等星から一等星まであるらしく、基本は訓練をすれば凡人でも六等星魔法くらいなら扱えるようになるのだとか。


 属性があり、基本は火、水、風、土の四属性らしい。ただ例外的に光属性や闇属性が存在して四属性とは根本的に違うそう。その違いというのが魔力の発生源で、四属性の場合は基本生き物全般に備わっているものらしいが、光属性、闇属性の場合それぞれ四属性とは別で個別に魔力発生源があるとか。そしてそれは限られた人間、種族しか使うことができないらしい。

 

 闇属性は亜人にもともと備わっている形質らしく亜人ならだれでも闇属性を使う素質を持っているのだそう。そのことが余計人々から怖がられる原因なんだとか。稀に別の種族にも闇属性を持って生まれてくることがあるらしいが、差別の対象になることがあるので、あまり良いことではないと言われている。闇属性と対照的に光属性は、聖なる神の祝福だとされ、それを持って生まれれば町中が沸き立つ程だ。闇属性とは違い決まった種族単位で光属性を持っていることがなく、闇属性を持って生まれることよりもさらに希少らしいが。

 

 ちなみにこの前カエデが使った懐柔という魔法は闇魔法だそうで、中でも上位に位置する高等技術三等星級だとか。

 懐柔と一言つぶやけば魔物の敵意を鎮めることができる。ただ効力には条件があり知能と敵意が低い格下にしか通用しないという欠点がある。

 四つ目ウルフを倒す時カエデは敵意が高いと判断し、別の闇魔法、四等星黒鳥を使った。威力こそ弱いらしいが機動性に優れ、おまけに追従機能も付いているんだとか。足が速く、耐久地の弱い目標にならかなりの強魔法だ。

 見た目も相まって厨二心をくすぐられるが、残念ながら俺に闇魔法の魔力機関は無いらしい。ただ基本四属性に関しては異世界人ながらちゃんと人並みにあると言っていたので魔法を使うこと自体はできるんだとか。

 

 カエデについて行き、一時間ぐらい歩いただろうか。木々が多く立ち並んでいるせいか、遠目から見るとよくわからなかったが、近づいていくうちに洞窟を見つけた。地面にぽっかりと目の形の穴が存在しており、中の暗さと形も相まって、まるで洞窟という生き物がこちらを覗いているようだ。

 カエデは不気味な雰囲気の洞窟にひるむ様子もなく近づいて行く。俺はその時点でかなり嫌な予感がしていた。


「カ、カエデもしかしてここが祠だとか言わないよな?」

「何を残念がっているのかわかりませんが、ここが祠ですよ」

「マジかよ……」


 祠といったらもっと石焼かまどみたいな形で所々青く光って、ここが祠ですよ!ってわかりやすく主張の激しいあれだろ……それが何でこんな地味な……

 

「カイトさん、わかってますね?」

「ああ、分かってる。常に警戒心を怠らず特に上方を注意する。もし少しでも気が緩めば命はおじゃん、だよな」


 呆けたように洞窟を見て立ち尽くす俺を見て心配になったのか、道中何度も反芻してきた約束を再び繰り返させた。

 

「基本的には海斗さんの分身体に敵の注意を引き付けてもらうんですが、無視して私たち方へ向かってくる可能性も捨てきれないので。横壁や床に這いつくばって近づいてくる個体ならいいんですけど、戦闘に没頭していると上方はどうしても注意力が落ちてしまうんです」


「任しといてくれ、見つけたらすぐ伝える」


 我ながら魔女っ娘に頼りっきりとは情けないが、一号以外に何の力も持っていない俺は仕方が無いと割り切るしかない。


「では、いざ祠へ」

「早く行って、とっとと済ませよう」


 俺たちはしゃがみ込みながら穴の中に入る。外からは暗くてよく分からなかったが、カエデが火の魔法で照らしだすと以外に中は広いことが分かった。広いと言っても最初は人二人で少し余裕があるぐらいだったが、奥に進むうちだんだん開けていった。

 足場は悪く、祠というか洞窟そのもので何度も踏み外しそうになる。そのたびカエデが「大丈夫ですか?」「怪我は無いですか?」と気遣いの言葉をくれるので、自分のドジっ子ぶりが恥ずかしくなった。

 

「まだ魔物は現れないんだな、ずっと直進って感じ?」

「ここから小一時間程進み、横穴を抜け、扉を開けた先にある整備された場所へ出てからが本番です。横穴に抜けずまっすぐ進めば小さな社がありますけど、そこに目的の物は無いので」

「へー整備された場所ね。祠っていうけど、元々あった洞窟の中の一部を整備しただけで、洞窟全体を祠って呼んでるのか?」

「いえ、この洞窟自体がある一人の亜人、ハドラスによって掘られたものなんです。」

「この規模をたった一人で?なんだそりゃ、その亜人はチートでも使ったのか?」

「チート?」

「あ、いや、とにかく生物の域を超えてるってこと。」

「なるほど、確かにカイトさんの言うチート並みにすごい人物かもしれないですね。他にもたくさんの逸話が残っていますし。でも確証は無くて、時代が巡っていくごとに誇張された作り話かも知れません。本に書いてあっただけなので。」

「じゃあ、もしかしたら存在すらしてない可能性あるんじゃないか?実は伝説上の人物みたいな」

「多分ですけど、実在してるとは思います。種を蒔かないと土のままっていうじゃないですか。」


 なんだその、蒔かぬ種は生えぬの亜種みたいなことわざは。

 

「それにママが会ったことあるって昔言ってた気がします。」

「ちょっと待って……会ったことがある?そのハドラスって人はまだ生きてるのか?」

「どうですかね、そう言ってたのはかなり前のことなので」

「伝記とかって、もう少し時間がたってから作られるイメージだったけど、意外とそうでもないんだな。カスミさんが言ったのってせいぜい10年以上前ぐらいの話でしょ?」

「多分、数百年は経ってると思います。」

「はい?」

「だから、私にママが会ったことあると言ってから数百年は経ってると思います」

「……カエデって何歳なの?」

「うーん、正確に数えていないのでわかりませんが、五百歳は越えてますかね」

「まじかよ、全然わからなかった!」

「どういう意味ですか?」

「五百年って言ったらもっとこう貫禄あるイメージあってさ」

「……すいませんね、私なんかまだまだ成熟してなくて」

「い、いや中身じゃなくて外見のことだよ外見」

「あ、そっちですか。亜人族は長寿なので見た目も老ける速度が遅いんです」

「へー亜人族以外にも長寿な生き物はいたりするのか?」

「いますよエルフやドルクもそうですし魔族の中にも長寿な種が」

「結構普通にいるんだな」

「カイトさんって常識が所々欠落してますよね。もしかして、ですけど……」

 

 まずい俺が異世界人だとばれたか?


「カイトさんってかわいそうなひとですか?」

 

 大丈夫だった。


 そうこうして暗い祠の中をしばらく歩いていると今度はだんだんと洞窟幅が狭くなっていった。

 そしてカエデはポツリとつぶやく。


「あれが横穴です」


 

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