アグリノーツ

山田 唄

第一章 アグリノーツ

プロローグ

 砂煙がもうもうとビル街の一帯に立ち込めていた。この砂煙はARによって映像化された単なる虚像に過ぎなかったが、しかしその真ん中に立ち尽くしているといささか息苦しさを覚える。箔を付けるように大きく息を吸い込み、吐いた。

 右腕に展開された盾状の装甲を構えるとほぼ同時、装甲に凄まじい衝撃が走る。携帯端末にインストールされた専用アプリから、戦闘開始を告げる単調な電子音が響いていた。



 時は20XX年。かねてより研究が尽くされてきたAR技術とVR技術は、もはや日常に当たり前に見られるものとなり、世界はそれ以前とはまるで様変わりしてしまった。会社や学校に行かずともオンラインで集まって会議や授業を行う事が出来、医療や外食、観光といった産業もほぼそれらの技術にとって代わられた。

 結果として人類は自宅からほとんど出ない生活を手に入れ、しかし健康維持の為にある程度動かなくてはいけないという課題を架せられた。


 それを解決すべく、国が出資して研究を始められたのがARとVRを融合した「現実投影仮想」技術、AVRである。

 その安易な名前のついた技術を用い、その頃急速にシェアを伸ばしていたゲーム会社「ラグナ」がバトルロワイヤルゲームを発表する。それが現在、若者を中心に莫大な人気を博している超巨大タイトル「アグリノーツ」なのであった。



 衝撃に耐える為四肢に力を込めると、アシストスーツが軋みながら稼働し、彼女、莉桜りおの身体の対応した部位のダメージを抑える。それでも筋肉繊維がぶちぶち切れるのを意識しながら、莉桜は衝撃を受け流し盾を振るった。接触していた相手の武器の矛先がそらされ、懐を大きく晒す。

 そこに左腕の槍を叩き込んだ。


『GAME SET!!』


 端末が再び電子音で莉桜の勝利を告げる。彼女はほっと息を吐くと、今しがた胸を貫かれた対戦相手を見やった。


 右腕に槍状の装甲を持つ、中距離系のスピード型といったところだろう。中距離系バランス型の莉桜にとっては、ただ耐えるだけで隙が生まれる非常にやり易い相手だった。

 相手の纏っていたアバターがほろほろと霧状になって霧散し、高校生くらいの一般的な男の子がそこに残される。


「くそっ、三連敗か」


「お疲れ。模擬戦だから良いような物の、あんまり不甲斐ないとゲームオーバーになっちゃうよ」


 莉桜もアプリを操作してアバターを解除する。体を覆っていた装甲――神器が霧になって散って行った。


「情けないなあ、男の子」


「わかってるけどさ、莉桜は強すぎるよ」


「いやいや、君の攻め方がパターン的過ぎるんだって」


 何回か手を合わせてる内に動きが読めるんだよ。そう言った莉桜の顔を悔しそうに睨みつけると、模擬戦の相手、いぬいは情けなく溜息を吐くのだった。


 二人はアグリノーツで知り合った、いわゆるオン友である。二カ月程前に急に戦闘を仕掛けてきた乾を莉桜がぼっこぼこにした所、乾のほうからフレンド登録を申し込んできたのだった。莉桜のアバターの弱点は、相手が固く守って手堅い攻めを展開してきた時に対応し辛い事だ。だから、その状況を打開できるスピード型の乾のアバターは都合が良かった。

 そんなわけでフレンド申請を受諾し、晴れてフレンドとなった二人はタッグを組み、アグリノーツにおける全てのプレイヤーの頂点、「日ノ本」を目指しているのである。



 いつものように戦闘訓練モードでの模擬戦を終えた二人は、大型ショッピングモールに入り喫茶店で一息つく事にした。恰好を付けているのだろう、ブレンドコーヒーのブラックを注文する乾に対し、莉桜は相変わらずバナナフラッペをオーダーする。客もまばらな座席について、ちびちびとそれぞれの飲物をすすった。


「そういえばさ、あの噂知ってる?」


「”あの噂”って聞き方で解る訳ないでしょ」


「…まあ…。いやね、”神堕ち”をやってるプレイヤーの話なんだよ」


 コーヒーを見るからに苦そうに口に運びながら、乾が興奮気味に語る。


「聴く所によると、しばらく前から二週間に一人くらいのペースでゲームオーバーのプレイヤーが出てるらしい。それもほとんどが同じプレイヤーの仕業だって言うんだ」


「へえ…それはちょっと興味あるね」


「興味ある、なんてのんきな感想言ってる場合じゃないよ!」


 乾が大きな声を上げたので、店内のわずかな客と店員が怪訝そうに振り向いた。はっと顔を赤くして、小さな声で話を続ける乾である。


「絶対物凄い力のあるプレイヤーだ。神堕ちは他にも何人かいるけど、これだけの数を常習的に勝ってるプレイヤーなんてありえない。遭遇しないようにしないと…」


「まあね、私はともかく君は一戦でゲームオーバーになりそうだもんね」


「…もうっ」


 真剣に取り合わない莉桜を相手に、彼はへそを曲げて眉を寄せた。莉桜はバナナフラッペを飲み終わり、残った氷を口に含んでカリカリと噛み砕きながら笑う。


「まあ、私達一介のプレイヤーには、そういう手合いを相手にせずにせいぜい生き延びるのがお似合いなんだよ。気にしてもしゃあないしゃあない」


 まだ不満そうにコーヒーを飲み干すと、乾は大げさに溜息を吐くのであった。

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