同級生の観察日記

あのあまぐり

学級開き

 極めて平均的な偏差値の、俺が通うことになった公立高校。


「えー、このクラスの担任をする──」


 ついさっき入学式を終えて、初対面──面接で会ってたとしても、多分相手も覚えてない──の担任の自己紹介を右から左に聞き流しながら、俺はさっきの入学挨拶を思い出していた。

 ……どう見ても、あれ小潟さんだったよな……。


「それじゃ番号順に自己紹介ね、一番……は今日欠席だから二番から──」


 しっかり名前も呼ばれていたし、流石に俺の間違いって訳ではない。

 いや、別にいいんだよ? あの人がどういう動機でどの学校選んでもさ。

 ただ、どうしても気になるもんは気になるよなあ。だって俺、クラス名簿を見た時に初めて、同じ高校選んでたんだってこと知ったんだ。

 色々あって接点はあんまりなかったとはいえ、小中学校が同じだったっていうのに……ちょっと悔しいところだな。

 それはさておき、頭の良さ的にも同じ高校を選ぶとは微塵も思っていなかった訳で。

 入学挨拶は、今日欠席の首席の人の代打みたいだけど。

 めちゃくちゃ堂々としてて、いかにも真面目ですって雰囲気が出てて……なんかすごかった。

 しかも、小潟さんこと小潟乃愛おがたのあさんは同じクラスだ。

 さらに言えば、俺が今いるクラス、実はこの学校の特色学科なんだよね。

 一クラスだから三年間ずっとクラス替えがない。加えて俺の隣だ。

 あの小潟さんが隣の席にいる──それすなわち、話しかけるきっかけ!!

 小学生の時から可愛かったもんな、小潟さん。上級生に公開告白されていたのを見たことがある。


「はい、次は──」


 俺としても、席替えするまでにどうにか仲良くなりたいのが正直な本音だ。

 担任や入れ替わりで前に立つクラスメイトに隠れて口元が緩んでいたとしても、それは仕方がないと思う。

 流石にうつむけないから、手で口元隠してるだけなんだがな。

 しかし……小潟さんを語る上で、切っても切れないエピソードがある。

 そう、それは今から六年前のことだ。俺や小潟さんが、まだ小学六年になったばかりの頃に遡る。

 当時の俺は、同じクラスになれてウッキウキだった。

 小潟さんはほとんど皆勤賞だったから、その日も話しかけて仲良くなろうと学校に行ったのを覚えている。

 結論から言ってしまうと、その日小潟さんはいなかった。というか、俺はそれ以上のことは知らない。

 珍しく空いた席に、女子が心配していたっけ。

 それから……小潟さんは休んだその日から、小学生の間はずっと来なかったんだ──というか、中学の終盤まで会ってなかった。

 ある日突然復帰した小潟さんに、ほとんどの人が困惑してたな。俺も含めて……。

 とん、と横からつつかれた。

 なんだ? そう思って振り向こうとしたところで、担任から声がかかる。


「瀬戸内くん。自己紹介の番だよ」

「え? あ、はい」


 やっべ、考え事してて普通にやらかした。何も聞いてないけど……自己紹介ってことは、俺のこと、だよな。

 席を立って気づいたのだが、小潟さんの自己紹介も聞いてないし、初日から失敗した。

 どうしよう。小潟さんが入学挨拶してたのも、隣の席だったのも想定外だったし、つい上の空になってたのがいけなかった。

何話せばいいのかも分からん……あー、とりあえず名前、だよな? その後になんか一言言って終わらせるか。

 とにかく注目も集めてしまっているし、さっさと済ませてしまおう。


「ええと。出席番号十六番の瀬戸内蒼真せとうちそうま、です。三年間よろしくお願いします」


 すっかり言い忘れていたけど、俺は瀬戸内蒼真。この春から高校一年生だ。

 俺の学力に合う所がここしかなかったから、というべきか。通学距離が長くなったせいで、今は少し眠い。

 拍手の中を歩き、自分の席についた。

 こんな緊張感の欠片もない俺が、ついに高校生か……全く実感湧かないな。

 そんなことよりも、だ。俺は目線だけ小潟さんに向けた。

 妥当な学力の学校、絶対他にもあっただろうに……そう思わずにはいられなかった。

 さっきのエピソードのこともそうだけど、この人って結構謎が多いんだよなあ。

 特に中学くらいの頃の話とか、聞きたいことだらけではあるんだが。簡単に聞けたら苦労しないよな。

 幸い三年間の時間がある。仲良くなるついでに、その辺の諸々を聞けたらいいなあ、なんて。

 ──その時、俺と小潟さんの目線がかち合った。

 チラ見は必ず女性にはバレるっていうけど、あれマジだったのかもしれない。

 小潟さんの人差し指が控えめに前を指し示すと、俺はその誘導のままに担任の方を向いた。

 全ては三秒くらいの出来事、だった気がする。

 ……え。え、マジか。

 あの、ちょっとずるくないですかね?

 小潟さんってこんなに破壊力すごかったっけ!?

 当の本人は表情も変えず、さっきの行動がなかったかのように黙ったまま話を聞いているが。

 ええ……俺、この先大丈夫だろうか。

 中学でヒヨって声かけられなかったもんだから、この三年間も遠巻きに観察することしかできないんじゃあ……?

 これが、今更ながらに不安になってきた俺の高校生活──小潟さんの観察──の始まりである。

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