水珠の遺
そうざ
Auction on the Celestial Sphere
豪華客船の如き佇まいを以て静謐な闇を往く銀河競売館。
今ここに、綺羅星の如き参加者が一堂に会している。と言っても、各人は各様の
◇
「今回の
主宰の声に合わせ、展示プレート上に出品物が登場すると、感嘆の声が木霊した。但し、空気を振動させている訳ではない。意思と意思とを直接対話させている。
それは無職透明の液体。重力の支配が及ばぬ空間に
その単位はnm《ナノメートル》。しかし、競売の参加者は物理的な大きさなどに囚われない。
「1万ユニバースからのスタートです」
通常であれば、開始数値の提示と同時に
ところが、時として飛び込みの出品物がお目見えする。
それは往々にして競売に於ける事実上の主役に成り得るが、
『質疑権を行使する』
参加者の一人が沈黙を破ると、同様の台詞が次々に飛んだ。出品物に関する情報開示請求は、参加者に等しく与えられた当然の権利である。
『発問。基本的な事柄からお訊ねする。当該品の組成は?』
「
『発問。H2Oか?』
「御意。液体状に
『発問。産地は
「惑星系〈#TS―8+5〉宙域、恐らくは〈
館内が更なる
外表面にH2Oが液体として存在した事で知られる惑星〈水珠〉の遺物となれば、誰にとっても垂涎の的である。
『発問。しかし、天の川銀河に在った
「御意。
『発問。〈水珠〉由来と特定せし根拠は?』
「天然のH2Oと考えるには些か不自然な点が確認されたからでございます」
『発問。天然物でないとするその証拠とは?』
「文明の痕跡でございます。具体的に申さば人工放射性物質、
再び
この悠久の
◇
『2万ユニバース!』
『5万ユニバース!』
『10万ユニバース!』
『30万ユニバース!』
参加者が投じるのは金銭ではない。気紛れに奪取した
『100万ユニバース』
その世にも奇っ怪な
「100万ユニバース。他にいらっしゃいますか?」
『150万ユニバース!!』
『200万ユニバース!!』
『300万ユニバース!!』
『310万ユニバース!!』
『1000万ユニバース』
参加者の視覚が一点に集まった。
『貴君は初参加であるか?』
『はい、新参者です』
それを聞いた参加者は挙って口吻に
『初回であれば、黙して見物に徹するべきである』
『競売は賭け事と同義ではない。
『大恥を掻く前に金額を訂正した方が良い』
『全ては先人から若輩に向けた助言と心得よ』
矢継ぎ早の口撃を、主宰は泰然と静観している。
『主宰っ、競売の速やかな進行を要望する』
『異議なし』
『異議なし』
『異議なし』
「現在の価値は1000万ユニバース。更なるご入札は?」
『主宰っ、改めて最初から――』
「競売は只今、正常に進行しております」
『主宰っ!』
「更なる入札はっ!」
『1010万っ』
『1500万っ』
『1550万っ』
『1555万っ』
『5000万ユニバース』
一瞬、誰もが発声の仕方を忘れたようになる。が、主宰が終了の合図を出そうとするのを見るや、阻止する為の発語が成される。
『1億ユニ――』
『10億ユニバース』
遂に本当の静寂が訪れた。
◇
競売は終了した。
参加者は50億年後に再び開催される競売への意気込みを新たにし、それぞれの住処へ散って行った。
この場に居残っているのは主宰と新参者――今や栄えある落札者となった彼だけである。
『貴方の指示通り自作自演の片棒を担ぎました。今度はボクとの約束を果たして頂けますね?』
「あぁ、どんな問いにも答えよう」
彼は、空気を震わせる器官のみならず、言語に類する伝達方法すら有していない。因って、主宰は彼の
『
「成り行きに過ぎない。仮死状態の君を発見した者としての責務……否、素朴な好奇心と言おう」
『ボクが〈水珠〉由来の実体を持つ生命だと直感したからですね?』
この宇宙に於いて実体を有す生命は、即ち低級である事を意味する。主宰や競売参加者の如き実体のない意識こそが高級生命の名に相応しい。
そんな価値体系に統べられた宇宙に於いて、彼の存在は余りにも
「君の生命力には感服する。この宇宙では
蘇生は速やかに行われた。本来の彼には頭部があり、胴体があり、四
『もう一つ教えて下さい。貴方はボクの体内に残っていた僅かなH2Oを競売に掛けましたが――』
「君の唯一の所持品を勝手に出品した事は、申し訳なく思っている」
『何故、それをボクに落札させたのですか? 貴方には何の利益も生まない茶番でしょう?』
「入手した〔遺物〕を競売に掛けるのが主宰の役儀だ。しかし、
それは、己が身の恒常性維持以外に生きる目的など存在し得ない彼にとって、余りにも高次過ぎる回答だった。
『では、何故ボクその物を競売に掛けなかったのですか?』
主宰は直ぐには言葉を継ごうとせず、彼に心の丈を全て吐き出させようと無言で構えている。
『競売参加者は生命の僅かな痕跡にさえ色めき立つ連中です。実体を持つ
もし彼の記憶領域に昔日の思い出が一欠片でも遺っていたら、この瑞々しく輝く〔遺物〕から故郷である〈水珠〉を連想出来ただろう。
しかし、彼は〈水珠〉に於いては
「間違いないのは、この
それだけを言い残し、主宰は消えて行った。主宰の姿もまた
競売館に本当の静寂が訪れた。再びの競売まで、これから50億年の
そして、彼もまた再びの永い
全ての意識体が消えても、〔遺物〕は物理法則の
水珠の遺 そうざ @so-za
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます