第9話 未知との空戦
西暦2035(令和17)年9月26日 大華国より西に100キロメートル上空
広大な平野の真上を、数十機の大編隊が飛ぶ。航空自衛隊第3飛行隊を構成する20機の〈F-15EJ〉戦闘爆撃機と、空中よりレーダーで管制を行うE-787〈JWACS-2〉早期警戒管制機が1機。その行先は120キロメートル先にあるベルディア皇国軍の軍事施設である。
「ベルディア軍の後方基地到達まで、あと5分です」
僚機からの報告を聞き、杉浦は顔をしかめる。
「戦略爆撃をする事になるとはな…とはいえ、人工衛星は打ち上げられたばかりで、この世界の全容は未だに把握出来ていない。その中で一歩でも戦局を優位に進める事に注力するのは当然の帰結か」
まるで自分自身に言い聞かせる様に、杉浦は呟く。やがて外の光景が荒涼とした荒れ地から木々が点々と生えている緑地に変わっていき、草原の中央に巨大な施設がある場所が見えてくる。
「見えてきました。アレがベルディア軍の後方基地です」
「ソルジャー11からソルジャー20は敵施設へ爆撃を実施。ソルジャー1からソルジャー10は制空権確保に努める。万が一を考慮し、被弾機は直ちに現空域より離脱せよ。」
『了解!』
部下が頷いて応じ、10機が大きく高度を落とす。と直後、〈E-787〉から通信が入る。
『スキャナーよりソルジャー各機、ボギー・インバウンド!直ちに対応せよ!』
「ソルジャー1、了解」
杉浦は直ぐに答え、真正面を睨む。と直後、HMDに複数のアイコンが投影され、即座に捕捉。引き金を引いた。
「ソルジャー1、フォックス2」
1発の99式空対空誘導弾が発射され、真正面へ飛翔していく。と直後、敵がチカチカと光り、機体のすぐ傍を光線が掠める。杉浦は直ぐに叫んだ。
「全機、
10年前、リードゥス王国は航空自衛隊との制空権争いにて、空戦型ゴーレムを多数投入してきた。それらはUAVとして非常に強力であり、亜音速で飛び回りながらレーザー光線で攻撃してくるため、機銃を用いた格闘戦はご法度とされていた。戦後、魔術を用いたコーティング技術の採用によって被弾即撃墜のリスクを減らしているものの、もしそのコーティングが効かないタイプの攻撃であった場合、僅かな慢心が破滅をもたらす事となるだろう。
やがて、自身の肉眼でも捉えられる距離にまで迫り、数機がミサイルで爆散した直後にすれ違う。相手は
『ベルディアめ、一体いつの間にジェット戦闘機なんてもんを開発したんだ!?』
『泣き言を言う暇があったら全力で避けろ!そしてミサイルで一方的に殴れ!』
回線内に怒号が響き、杉浦は味方を追う敵機に照準を定める。そして即座にミサイルを放った。その攻撃はレーダー警戒装置でも積んでいれば直ぐに把握できる様なものであったが、相手は誘導兵器というものを知らなかった。そしてそれが勝敗を左右した。
機体後部から煙を引きながら墜落していく敵機を見送る間もなく、別の敵を狙う。それはまさに流れる様に、機械的に実行されていく。杉浦は3機目を仕留めた後に地上の敵基地へ目を移す。
10機の〈F-15EJ〉は五つの2機編隊に分かれて展開し、胴体下部や主翼下のハードポイントに吊り下げている227キログラム航空爆弾をバラバラと投下していく。文字通りの絨毯爆撃を前に、ベルディア軍は一層動きにくくなるだろう。
「さて、基地は破壊出来ているとはいえ、まさか相手がジェット戦闘機も持ち出してくるとはな…これからさらに面倒になってくるぞ…」
杉浦はそう呟きながら、再び視線を空へ戻す。と直後、銃火が再び機体を掠め、直ぐに機体を横へ滑らせる。敵機の攻撃手段はレーザー砲のみだが、それ故にECMもチャフやフレアといったミサイルに対する目くらましも効かない。故に自らの操縦能力のみが対策であった。
そして4機目を撃墜した頃になって、爆撃を終えた10機が上昇。自衛用の04式空対空誘導弾を発射して援護をかける。流石に相手も数的劣勢を気にし始めたのか、空戦機動が鈍り始める。そして戦闘開始から10分程が経過し、敵機は西の方角へ撤退を開始した。
『敵機、逃走を開始しました!』
『追撃は不要だ!全機、帰投せよ!』
〈E-787〉から通信が入り、杉浦は安堵の息をつく。そして真下の廃墟と化した敵基地を見やり、再び顔をしかめた。
・・・
翌日 黄丘
「敵軍がジェット戦闘機を使用、か…」
黄丘の前線基地司令部にて、宇治本は杉浦達からの報告に頭を抑える。幸いにも全機帰投出来たし、魔術コーティングも機能してくれていたが、これまでワイバーンが主要な航空戦力であった敵が、短期間のうちにジェット機で対抗してきた事は衝撃的であり、司令部に来ている連絡士官のセレンもただ顔をしかめる。
「ニホンの空を守る戦力が如何程に強いのかはスフィオさんから聞かされていますし、実際に防空戦で目にしているので理解はしているのですが…」
「少なくとも、機動力に関しては〈イーグル〉と張り合えるだけの性能はありました。それにミサイルまでも持ち込まれたら厄介でしたが…戦い方を見直す必要性があります」
杉浦の言葉に、宇治本は頷く。現在本土では、ワイバーンによる被害が深刻化していた事もあって、魔法を用いた航空機用防御手段の研究と開発が防衛装備庁主体で進められており、近々『ボーダー』の空自部隊にもフィードバックされるだろう。
「それに、航空戦力が一気に近代化したという事は、地上戦力も同様の事が起きていると想定した方がいいだろう。対戦車部隊も連れて来て正解だったな」
「ええ…それに、魔法を用いての奇襲も考慮しないといけません。イルスハイド軍が警戒網を構築してくれた事で対処は取れますが、油断はできません」
杉浦がそう言った直後、電話が鳴る。受話器を手に取り、スピーカーにつないだ直後、警報が鳴り響く。それだけで一同は察した。
『敵襲だ、西の方角より複数の航空機の出現を確認!さらに地上兵力も視認した!序盤はウチの高射特科で何とか対応する!』
・・・
敵の出現地点は、特科火力の届かない距離40キロメートル地点。その距離は空自の戦闘機がスクランブルを掛けても離陸までには間に合わない絶妙な位置であり、石村は相手の狡猾さに舌を巻く。
「流石に相手も仕掛け方に手を入れるか!だが、無策で通してないのはこっちも同じだ!」
石村はそう呟きつつ、指示を出す。対応するのは陸自第16戦闘団に属する高射特科中隊の面々。手始めに4機程度の戦闘機が低空飛行で迫りくるが、その様子は暗視装置でしっかり見られていた。
「撃て!」
命令一過、27式近距離地対空誘導弾が16連装発射機より放たれる。11式短距離地対空誘導弾と93式近距離地対空誘導弾の後継として開発された地対空ミサイルである27式SAMは、陸自部隊では3.5トントラックの荷台に16連装発射機を載せ、別車両に搭載されたレーダーと射撃管制システム、そして観測班の観測装置を用いて運用される。
果たせるかな、奇襲を試みた敵機は真正面からミサイルを食らい、そのまま地表へ突撃。砂塵を爆風で舞い上がらせる。遅れて今度は28式自走対空戦闘システムが敵機に砲口を向け、攻撃を開始する。87式自走高射機関砲の後継たる28式自走対空戦闘システムは、対UAV戦も想定して開発されており、10式戦車の車体を流用した装軌車型と、16式機動戦闘車の車体をベースにした装輪車型の二種類がある。うち第16戦闘団に配属されているのは装軌車型であり、2門の40ミリ機関砲と8発の27式近距離地対空誘導弾で武装している。
40ミリ機関砲の猛射は敵戦闘機をズタズタに引き裂き、撃墜。遅れて27式SAMは高空を飛んで戦略爆撃の意趣返しを目論む敵大型機へ攻撃を開始する。石村はそれを見上げつつ、ヘルメットをかぶり直した。
「…さて、厳しいのはここからだ」
異世界熱戦録 広瀬妟子 @hm80
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