第4話『ボーダー』展開

西暦2035(令和17)年9月15日 大華国緑岸市 港湾部


「壮観な光景だな…」


 桟橋の一つで、大華陸軍の軍人である馬勇英マー・ユーエイはそう呟きながら、上陸支援ユニットを用いて揚陸されていく陸上自衛隊の装甲車両群を見つめる。


 元々フィンランドの〈AMV〉装輪装甲車のライセンス生産や共通戦術装車の開発などで普通科部隊の機械化を押し進めていた陸自であるが、今回大華に派遣が進められている統合戦術打撃任務群ITBFは、装軌式装甲車を中心とした第7・第8・第16師団より抽出した戦闘団を主軸としている。


 イルスハイド王国臨時政府からの技術支援で整備を進めていたと言えども、日本の様な交通インフラなど殆ど存在せず、装輪車の強みである機動力が発揮出来る様な道路ではなかった。特に主戦場となる西部の砂漠地帯など尚更である。


 まだ見ぬ敵に対処するべく派遣された10式戦車と、89式装甲戦闘車の後継として開発された29式装甲戦闘車の車列を眺めつつ、馬は海の方に目を向ける。そこには輸送船団を護衛してきた海上自衛隊護衛艦群の姿。


 それらは、付近の港に停まっているジャンク船の何倍も大きく、圧倒的な威容を誇っていた。確かにこの強大な戦力をイルスハイドが欲したわけである。


「馬将軍、ニホン軍の方々が来られました」


「分かった。直ぐに会おう」


 馬は部下にそう答え、桟橋を離れる。そして数分後、馬とイルスハイド軍将校のルーメルは大華軍本営にて自衛隊ITBF『ボーダー』の指揮官である宇治本うじもと陸将と対面していた。


「自衛隊ITBF司令官の宇治本です。お初にお目にかかります」


「大華陸軍西部方面軍参謀の馬です。こちらはイルスハイド軍将校のルーメル将軍です」


「ご紹介に与りました、ルーメルです。先ずは状況をご説明致します」


 ルーメルはそう言いながら、地図を広げる。そして駒を置きながら説明を始めた。


「現在、我が大華軍は5個軍団、兵数10万で戦線を構築。イルスハイド軍及び臨時政府直属部隊『マジシャンナイツ』は戦線各所にてゲリラ戦を展開し、ベルディア軍に打撃を与えております。対するベルディア軍は、推定20万の兵数を中心に、600騎もの飛竜を配置しており、砂漠に人工的に緑地を築き上げて橋頭堡を設け、戦線を押してきております」


 全ての駒が並べ終えられ、宇治本は顎に手を乗せて唸る。


「…飛竜に対する策は?」


「敵の飛竜はベルディアがエレジアに持ち込んできた、元々この世界に存在しない生物です。しかも彼の国は魔力を意図的に暴走させて魔物化させた生物兵器も多数投入しており、我が軍は敵の戦術研究と、戦闘での敵装備鹵獲、そして新兵器の開発で対抗してきました」


 ベルディア皇国がエレジア西部を併呑して以降、遠距離攻撃の手段は使用者が少なく、費用対効果が低い魔法攻撃から、使用者を容易に増やせる上に費用対効果が高い銃や大砲に取って代わられたという。『マジシャンナイツ』には個人で1個軍団に匹敵する者も複数名いるが、相手の量は彼らの活躍の効果を弱めていた。


「そこで、我らに助けを求めたと。貴軍の装備はある程度把握しましたが、確かに火縄銃や古いタイプの大砲ばかりである様にお見受けします。よって相手の戦力はある程度過大に見ておいて損は無いでしょう」


 そもそもナローシアの侵攻軍は、魔法によるブースト抜きでも19世紀初頭のヨーロッパ相当の技術水準を持ち、それと同レベルの敵だと理解すれば対応方法は直ぐに思いつける。宇治本自身も10年前のナローシアとの戦争で多くの経験を積んでいた。


「馬将軍、ルーメル将軍。我ら『ボーダー』は必ずや、皆様の心強い援軍として活躍してみせましょう」


・・・


「しかし、凄い手段で運ぶんだな…魔法様々、といったところか」


 緑岸郊外の大華陸軍基地にて、石村はそう呟きながら、目前の『門』を見上げる。


 『門』の背景は、広大な田園が広がる。だがその内側には、砂漠ばかりの全く異なる風景があった。その正体は『転移魔法』を術式として体系化させた『時空間移動ゲート』であり、従来の馬車を用いた移動手段では届かない様な場所にまで物資を運べる様にしていた。


 今回展開しようとしている戦力は余りにも膨大である。よって燃料の節約も出来るイルスハイドの支援は非常に心強かった。なお日本では現在、国際条約によって基礎研究すら禁止されているナローシア式転移魔法の研究を、地球への帰還手段の模索と題して特例措置で解禁したばかりである。


「しかし、10年前のナローシアに匹敵する敵軍を相手にするのか…かなり骨が折れそうですね」


 部下の呟きに対し、石村は腕を組みながら答える。


「だが、今の我々には十分に対抗する実力がある。先ずは施設科の面々とともにお先に渡って、空自の連中に迎える準備を済ませるとしよう。出発準備を進めろ!」


『了解!』


 部下達は敬礼をして答え、その場から離れていく。そうして自身も準備に取り掛かろうとしたその時、一人の若い少女が目前に現れる。その少女は赤毛のセミロングが印象的で、背丈は170センチぐらいか。


「ニホン陸軍第16戦闘団の指揮官のイシムラ将軍ですね?」


「え、ええ…如何にも、自分が石村です。貴方は?」


「イルスハイド王国臨時政府直属部隊『マジシャンナイツ』所属、一等魔術師のセレン・エルリックです。今回、ニホン陸軍に対して連絡士官として派遣されました」


「そうですか…しかし、『マジシャンナイツ』とは凄いですな…一人で歩兵や砲兵、工兵に衛生兵と様々な兵科をこなせるとは…それにこの『門』も、貴方がたが設置されたのですよね?」


 歳は分からないため、敬語で話す。するとセレンはニッコリと笑いながら言う。


「ええ。この『時空間移動ゲート』は、『マジシャンナイツ』創設者にて『魔法王』の異称を持つシンエイ様の発明ですので!それに『マジシャンナイツ』に選ばれた者はシンエイ様の様に万能である事を誇りに思っております!」


 セレンは自慢げに言いながら胸を張り、服の上からでも分かる豊満なモノを揺らす。石村は苦笑しつつ答える。


「成程…そのシンエイ殿にはいつかお会いしたいものですね」


「それなら、『ゲート』の向こうに渡れば直ぐに会えますよ。一先ずは部隊ごと移動してから、作戦会議の折に会いに行ってみては如何でしょうか?」


「そうですな…では、私はこれにて」

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