第2話 最初の会談
西暦2035(令和17)年8月18日 大華国緑岸市 都城
大華国の行政区分は、大きい順に道、省、県、市と分類されている。しかし市はその位置や規模によって、県と同等の立場にある『
特に緑岸は、大華東部の
「外務省より派遣されました、
「『イルスハイド王国臨時政府』にて外交局長を務めております、ビスムルク伯爵です。貴方がたの国の事はスフィア殿からお聞きしている。早速だが話を始めよう」
朝野とビスムルクはそう言葉を交わして握手し、席に座る。そして侍従が中国茶を茶杯に注いでから話が始まる。
「まず、我ら『イルスハイド王国臨時政府』は大華より遥か西に3000キロメートルの地域にあったイルスハイド王国より、この友好国である大華国に亡命してきた。今から10年前、大陸の西側に未知の大国、『グラン・ベルディア皇国』の襲撃を受けたためだ」
テーブルの中央には、彼らの言語で『エレジア大陸全図』と書かれた地図が敷かれている。ここ大華国は大陸の東部に位置する国であり、その面積は大陸の四分の一を占めている。北の『ノールガランド』と名付けられた無政府地帯や、南の中小国郡、そして西には『グラン・ベルディア』の表記が書かれた領域。
「我が国や、近隣の友邦は同盟を組んでこれに対抗し、侵略に抵抗した。だが彼らの軍事力は凄まじく、わずか5年で我らはこの国へ亡命を余儀無くされた。大華は自国とエレジア西部を隔てる広大な砂漠地帯を利用して迎撃を行っているが、近年は大陸南部の国々を懐柔し、あるいは占領して進撃を目論んでいる。よって不躾であるが、貴国の力を借りたい」
ビスムルクの言葉に、朝野は視線を鋭くして尋ねる。
「…まさか、此度の我が国の『転移』は、貴方がたが仕組んだモノ。という訳ではございませんね?」
「…確かに、我々には時空を飛び越える術がある。だが館一つならまだしも、巨大な陸地をそのままそっくり移す魔法など、魔力が幾らあっても足りないし、そこまでの魔法があるのなら、我々は大華へ亡命などしなくても良かったのだ。よって我々の策謀の類ではない事は、この場を借りて断言しよう」
『魔法』なる未知の力は、10年前のナローシア王国との戦争によって知られている。日本でも法整備を実施した上で魔法文明の享受が成されており、今では自転車に乗る感覚で箒で移動する学生も珍しくはなかった。もっとも、ナローシアの魔法体系はイルスハイドのそれとは全く異なるそうだが。
「貴国の軍事力はかなり高いと聞いている。どのみち彼の国は貴方がたにも刃を向けるでしょう。自国本土にも被害が及ぶその前に、手を打つべきだと私は考えている。如何かな?」
「…そう、ですね。この話は一度、本国へ持ち帰らせてもらいます」
・・・
8月19日 日本国東京都 首相官邸
「イルスハイド王国が、祖国奪還のために我が国を頼りたいと…図々しい者達もいるものだ」
首相官邸の閣議室にて、
「ですが、このまま大陸での『揉め事』を放置している余裕もありません。砂漠地帯を人工オアシスの設置で突破しつつあるそうで、大華としても看過出来ないところにまであるそうです。もし求めに応じてくれるというのなら、大華に対して食料を安価で我が国へ輸出してくれる様に手回しをしてくれるそうです」
世界規模で物流が停滞に陥った世界大戦以降、日本は年単位での資源備蓄と必要最低限の自給体制を整備していたものの、輸入に対する依存率が大幅に下がった訳では無い。化石燃料や金属資源はナローシア王国から得られている一方で、食料に関しては特に消費量の多い小麦や大豆で不足が見られていた。
「スフィア氏は『この世界では地球以上に軍事力が重要視されている』とのことです。民族や宗教による対立がより激しい以上、生半可な平和主義の主張は却って自国の安全を脅かす事になります。ここはイルスハイドからの求めに応じるべきでしょう」
防衛大臣の言葉に、宮部は頭を抱える。自衛隊はその名の通り、日本の自衛手段としての軍事組織である。中東での平和維持活動に参加した経験はあれど、アメリカの様な外征は出来っこなかった。
だが、そうしている間に危機は迫りつつある。日本には脅威を見過ごせる余裕など無く、今のうちに対策する以外の選択肢が無い。
「…分かった。先ずはメディアを通して国民に周知させよう。例え理解されなくとも、何も知らずに侵略を受けるよりかはずっとマシだ」
この二日後、日本政府は大華国との国交締結を発表。同時に大華国からの要請に基づき、平和維持活動として自衛隊を派遣する事を閣議決定したと発表した。一方でイルスハイド王国臨時政府とのやり取りについては発表は差し控えられ、それは『転移』から三週間が経った9月5日に行われる事となった。
・・・
グラン・ベルディア皇国領 西エレジア公国主都エーヴェンブルク
エレジア大陸は東西に長く伸びた、総面積900万平方キロメートルの広大な大陸である。その南にはエレジアの半分程の面積を持つサスティオ大陸と、エレジアとサスティオの中間に位置し、赤道上を数千の有人島が跨るエレサス諸島があり、南北に幅広い気候が陸海空全てを鮮やかに彩っている。
そのエレジア大陸の西側は、10年前までは十数の中小国がひしめき合う賑やかな地域だったのだが、今では一つの巨大な国が植民地として手中に納めていた。その広さも相まって、『西エレジア』と呼ばれるその地域は、グラン・ベルディア皇国の為政者たる皇帝一族、その王子が公王として封じられ、複数人の州総督を従えて統治していた。
「公王閣下、情報局よりご報告がございます」
エーヴェンブルクの王城、その中にある執務室にて、臣下の一人たるガルス伯爵が公王コール・ファン・ウェストエレジア・ベルダに対して報告する。コール公王は万年筆を置きつつ尋ねる。
「話せ、ガルス」
「はっ…イルスハイドの叛徒共が謎の国と同盟を結んだらしいとの情報を得たとのことです。合わせて大華も、複数の軍団を西方の砂漠地帯へ移動させており、我らに決戦を挑む姿勢を見せております」
「決戦か…図々しい事だ。この機に敵の戦線を打ち崩すとしよう。海軍及び空軍も投じて、一斉攻撃を仕掛ける。直ちに準備に取り掛かれ」
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