プロローグ

 戦争というものは自分達にとってはいつまでも縁遠いもので、例え起こるとしてもその相手が果たして誰なのか分かっている以上、戦い方も十分に理解している。そのつもりだった。


 それ故に、『第三次世界大戦』と呼ばれる大事件は多くの日本人の考えを一変させる事となった。


・・・


 西暦2025年9月1日。東京湾に面した東京都港区は今、戦禍に飲まれていた。


「撃て、撃て!」


 お台場の一角で銃声が響き、道路が鮮血で赤く染まる。陸上自衛隊第1普通科連隊は今、第1偵察戦闘大隊や中央即応連隊とともに都内に中隊規模で展開し、『侵略者』と激戦を繰り広げていた。


 建物の影や軽装甲機動車を盾にしながら、中隊は前へ進み、銃を撃つ。その目前にあるのは鎧を身に纏った重装歩兵の列と巨大なドラゴンの姿であり、重装歩兵は長方形の盾を前に構え、ザッザッと足音を響かせながら進む。そして銃弾は盾を貫通してその奥の兵士にも当たるが、最前列の者は中々に倒れず、倒れた者も十数発を受けてようやくといった有様だった。


「くそっ、化け物どもめ!」


「泣き言言ってる暇があったら撃て!これ以上の侵攻を食い止めるんだ!」


 小隊長はそう叫びながら、敵兵の頭に向けて89式小銃の引き金を引く。銃口から放たれた5.56ミリ銃弾は敵歩兵の顔面に直撃し、前のめりに頽れる。と直後、歩兵の隊列の合間にいるドラゴンが首を伸ばし、口をカパッと開いた。


「ッ、後退―」


 小隊長が叫ぶと同時に、一人の隊員が大急ぎで16式機動戦闘車の背後に隠れる。直後、複数頭のドラゴンは一斉に火炎を吐き出し、炎の波が隊員達を押し倒した。


「ぐうっ…!」


 何千度にも及ぶ火炎は16式機動戦闘車の装甲表面を焦がし、軽装甲機動車は飴細工の様にドロリと溶け落ちる。16式機動戦闘車は即座に105ミリ砲を撃ち、ドラゴンの一頭を粉々に砕くも、その死体を踏み越えてもう一頭のドラゴンが現れる。


「くそ、数が足りない!中即は何をやっている!」


 16式機動戦闘車の車内で、車長の石村康太いしむら こうた三等陸尉は叫び、砲手は歯軋りする。


「中即は今、浦安で化け物対峙中です!あそこのテーマパークはしばらくファンタジーメインのエリアは人気が落ちますよきっと!」


「代わりに宇宙旅行や兎とともにタクシーに乗る奴の人気が高くなりそうだな!次弾装填急げ!」


 そう叫ぶ最中にも、16式機動戦闘車はじりじりと下がり、石村は主砲と同軸に装備されている74式機関銃を撃って敵歩兵をまとめて倒す。僅か1両の戦闘車だけで数千はいる歩兵と数頭の巨怪を相手にしている上に、普通科隊員が盾代わりにしていた装甲車は一瞬で破壊されている。周囲の地面がどんな状態になっているかは、正直見たくはなかった。


「32普と34普も必死に戦っているとはいえ、古臭い歩兵の大軍団相手に防衛戦はキツイな!しかも相手の『飛び道具』も携帯対戦車火器並だ!仲間はどうした!」


 石村が叫んだ直後、敵軍の真横に銃弾の驟雨は降りかかり、数十人が倒れる。同時に数発の砲弾が降り注ぎ、爆発が敵兵を数十人単位でバラバラに吹き飛ばした。


「車長、偵察中隊の支援です!何とか別の敵集団を片付けた模様!」


 操縦手が嬉しそうに叫ぶ中、1両の87式偵察警戒車が25ミリ機関砲を撃ちまくり、敵歩兵を薙ぎ倒していく。その両脇を2両の軽装甲機動車が固め、84ミリ無反動砲の砲撃でドラゴンに傷を負わせる。それを迎え撃つためにドラゴンは首を曲げたが、石村はそれを見逃さなかった。


「撃て!」


 105ミリライフル砲から火焔が噴き出し、その中から装弾筒付翼安定徹甲弾APFSDSが飛び出す。空中で砲弾を包んでいた装弾筒が分離するや否や、ダーツの様に細長い砲弾は超音速で飛翔。数百メートル先のドラゴンの首を抉り取った。


「よし、命中!」


 僅かに砲塔が旋回する合間にも、装填手が主砲に砲弾を装填し、僅か数秒で発射準備を完了。次のドラゴンへタングステンの一撃を叩き込む。その頃には対戦車ヘリコプター部隊が現場に到着し、敵歩兵集団を薙ぎ払っていった。


「これで、何とか一息つけるか…だが、余りにも酷い光景だ…」


 砲塔上部のハッチから身を乗り出した石村はそう言いながら、多数の黒焦げになった死体と、銃弾で蜂の巣になった敵歩兵の死体の山を見下ろした。


・・・


 戦場は地上だけではなかった。


「敵機、第一波来ます!」


 海上自衛隊ミサイル護衛艦「まや」の戦闘指揮所CICに報告が届き、艦長の山村直樹やまむら なおき一等海佐は歯噛みする。すでに東京の空は未知の生物群によって占領されており、地上にも多くの武装集団が現れている。そして目前には、300隻の帆船からなる大艦隊と400騎以上のドラゴンの群れ。


SAMサム、発射始め!」


 山村の命令とともに、甲板のマーク41ミサイル垂直発射装置VLSからSM-3『スタンダード』艦対空ミサイルが発射。白煙をたなびかせて空中へ飛び出す。その周囲には急ぎ横須賀から錨を上げて展開した第1護衛隊群と米海軍第7艦隊の姿もあり、雲霞のごとく群がる敵航空戦力に対してミサイルを放っていく。


「命中!2…3機撃墜!敵機、接近してきます!」


「主砲、撃ちー方ー始め!」


 命令を受け、艦首の主砲が吼える。マーク45・12.7センチ単装砲から放たれる砲弾は空中で炸裂し、敵ドラゴンの翼をズタズタに引き裂く。さらに接近してくる敵騎に向けてファランクス20ミリ近接防御火器CIWSが迎撃を開始し、海面に多数の肉片が墜ちていく。


「艦長、敵水上艦接近!こちらが空に気を取られている隙に詰められました!」


 と直後、乗組員の一人が叫び、山村は血相を変える。そして敵の帆船が急旋回して、舷側に多数装備しているバリスタを指向したその時、帆船は爆発した。


「敵艦、大破!「もがみ」と「くまの」の砲撃です!」


 それは僚艦の救援の一手だった。その間も艦隊は目前の大艦隊に砲を向け、火力を投射していく。


 そして空では海自同様に、航空自衛隊と米海軍航空隊の戦闘機部隊が必死に戦っていた。


「ソルジャー各機、突撃!トカゲ共を叩き落とせ!」


『了解!』


 隊長機の号令一過、10機の〈F-2〉戦闘機は敵ドラゴンの集団へ突撃を開始。機首の火器管制レーダーで捉えた敵騎に向けて照準を定める。生物として高い飛翔能力を得るための体系は電波をよく反射してくれており、誘導など容易だった。


「ソルジャー1、フォックス2!」


 右手で握る操縦桿のボタンを押し、同時に主翼下より2発の99式空対空誘導弾が投下。空中でロケットモーターに点火したそれらはマッハ4の超音速で敵へ突撃した。


 十数秒後、ヘルメットのバイザー部分に仕込まれているヘッドマウントディスHMDプレイ上にて一つのアイコンが消える。そして即座にもう一つの目標に狙いを定め、次のミサイルを放った。


 東京湾上空では、第3飛行隊に属する20機の〈F-2〉が、米海軍第27戦闘攻撃飛行隊に属する20機のFA-18E〈スーパーホーネット〉戦闘攻撃機とともに、自分達の10倍はいる敵航空戦力を相手に防空戦を繰り広げており、機体そのものの性能差もあって圧倒出来ていたものの、流石に分が悪すぎた。しかも敵の航空戦力たるドラゴンは身体が頑丈であり、ミサイル2発を翼や頭部に叩き込んで漸く撃墜出来た。海上の艦隊も戦ってくれているとはいえ、かなり厳しいと言えた。


 とその時、新たな通信が入る。それは石川県小松市から駆け付けてきた第303飛行隊のF-15J〈イーグル〉戦闘機部隊だった。


『こちら第303飛行隊、現着した!加勢する!』


「ソルジャー1、了解!助かったぞ!」


 隊長はそう言葉を送り、援軍は敵騎へミサイルを発射する。そうして陸海空全ての空間で死闘が繰り広げられている中、首相官邸地下の会議室では井上敏郎いのうえ としろう内閣官房副長官が、首相達とともに戦況を見守っていた。


「まさか、『使者』の言う通りの事態になるとはな…」


「神様も余りにも意地悪なものだ。これまで危機に備える事を怠ってきた怠慢に対する罰だというのなら、これは酷すぎる」


 閣僚達がそう呟く中、井上は小さくため息をつき、隣に座る一人の女性に話しかける。その女性は茶色の長髪が印象的であり、緑色の双眸の輝きはまるでエメラルドの様だった。


「…スフィアさん、これで我らは改めて知る事となるでしょう。この日本に対して待ち受ける『試練』は始まったばかりと。中国やロシアにも、同様に惨禍がもたらされたのは意外ですが」


「はい…ですが、力を持つことを恐れているばかりでは、如何に崇高な理念も容易に踏み躙られる事を、貴方がたは学ぶ事となりました。後は、学ぶ事そのものを忌む愚かな者を如何に扱うか、それのみです」


「…辛口ですな。まぁ、自由は安定と余裕があって成せるものです。今のうちに手は打ちましょう」


 井上の言葉に、スフィアと呼ばれた女性は頷いた。


 後に『第三次世界大戦』と呼ばれるこの戦争は、東アジアのみならずポーランド東部やアイルランド西部、西アフリカに南アメリカといった戦争と長らく無縁だった地にて同時多発的に紛争が勃発するという形で拡大。世界は混乱に包まれた。


 中でも日本は、『ナローシア王国』及び『リードゥス王国』との戦争で、首都圏と九州に甚大な被害を被り、平和は完全崩壊。両国の本土がアメリカの熱核兵器も用いた攻撃に晒された事で終息へ向かうものの、二次被害も含めて百万に達する死者・行方不明者を始めとした被害は日本の経済と安全保障に深手を残した。


 しかしその悲劇は、これから日本に降りかかる試練の始まりに過ぎなかった。

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