第219話 朝から騒々 ④
「うわっ、また外した! 肝心なときに……どうした?」
手指で弄るディバイス画面に、サッカーゲームのプレーヤーはゴールのシュートが外れた。
「昼飯、また決めてないだろ?」
「食堂で適当に頼めば良いだろ」
「神宮寺さんが俺たちを誘っている。お前は来るよな?」
ため息をついて、隆嗣は肩をすくめる。
「悪い。俺は乗らない」
亮はいたずらな口調で隆嗣を説得しよとする。
「せっかく葉月さんと一緒に食べられるチャンスだぞ」
「俺は容疑者と飯を食う趣味はない」
「は?藪から棒に何だよ。どの事件の誰を言ってる?」
強張った横顔のまま、隆嗣は亮を斜めに見た。
「お前こそ、知ってるくせに。よくも平然とあの女と仲良くできるな」
「おい、バカなことを言うな。神宮寺優月さんが事件の容疑者なわけないだろ」
隆嗣は天王像みたいな憤怒の顔で一喝する。
「おかしいのはお前だ!初恋相手を何があっても信じたい気持ちは分かる。けどな、現実を見ろ。犯罪に関わったかもしれない人間を、命まで賭けて庇う。それはお前らしくない!」
その声に、教室中の視線が集まる。
怪しい組織や怪人化の薬、不用意に広めたくない単語が飛び出す前に、亮は止めようと手を伸ばした。
「隆嗣、やめ――」
その時、掠れた、小さな声が割って入る。
「……弾間くん。話があるなら、怒鳴る必要はありません……コホ、コホ……」
優月は喉の痛みを堪え、手で口元を押さえた。
「神宮寺さん、無理して話さなくていい」
それでも優月は、自分の口で言うことを選んだ。
「……大丈夫です、矢守くん。どうやら、何かの事件に関わっていると、弾間くんは私を疑っているのですね。私は逃げません。疑いがあるなら、どうぞお好きに取り調べてください……コホ、コホ」
隆嗣は具合が悪い優月に対して、遠慮なく真正面から告げる。
「結論から言う。最近、新都各地で起きた怪人・怪獣の連続事件は、お前が関わっている」
「では伺いましょう。私が関わっている証拠は?君の推理を聞かせてください」
「神宮寺優月。お前は異能を持つ人間だ。普通の人間には見えない力を。そして、人間の網膜に映らないそれを首につけている」
亮は内心で呻く。
――ダメだ。最初からそれは通らない。今の科学常識にない話は、ただの妄想にされる。
優月は咳を収め、静かに問い返す。
「……その異能とは何でしょうか?」
「マナだ。お前のペンダントは、マナの光しか反射しない素材。科学の探査機器には映らない。エネルギーもほぼ全ての光も吸収する。だから世間には認知されにくい」
理路は組み立てられているが、亮はこめかみに汗を浮かべる。
――説明の時点で覆される。妄想扱い一直線だ。
「……そんな異能やアイテムがあるなら素敵ですね。まるでチャンネルゲームにある剣と魔法の世界の話ですね。仮に本当だとして、どうして弾間くんが見えるでしょうか?」
「俺と矢守、ごく少数人には見える。あいつは特別な人間だ。……それに俺は地球人じゃない。月から来た王子だ」
この一言を、事件の真相を知る者が聞けば、驚愕し、言葉を失うだろ。
だが、何も知らぬ一般人の耳には、アニメやゲームの設定を真に受けた妄想話としか映らない。
きっと呆れたようにため息をつき、笑い飛ばすに違いない。
隆嗣の告白に、亮は思わず目を見開いた。
こみ上げる動揺をぐっと飲み込み、静かに視線を優月へと移す。
優月は小さく首をかしげ、柔らかな微笑みを浮かべた。
「童話絵本みたいなおとぎ話みたいで可愛らしい表現ですね、じゃあ私は何者ですか?」
「月から来た姫だ。そして、意地の悪い悪女でもある」
「……じゃあ、さらに聞かせて。50歩を譲りましょうか、もしその仮説が真実だとして、私はどうやって事件に関わったんですか?何て容疑者を扱いになるでしょうか?」
隆嗣の視線に迷いはない、指差して告げた。
「惚けるな。お前がやっていることは全部知っている。月の“監査”の代行として、俺はお前の周りを見てきた。都合のいいように、友人も、家族も、平気で利用している。お前は周りの命を安く犠牲にする、最低の悪女だ」
言葉の重さに、優月の胸の奥が傷つく。
咳がこみ上げ、強靭だった意思がわずかに揺らぐ。
「いい加減にしなさい!妄想なら、その辺でやめて!」
鋭い声で叱咤したのは木村紗凪だった。
もともと隆嗣の評判は良くない。紗凪の一喝に女子たちが続く。
「そうよ、優月さまにそんなこと言うなんて酷い」
「自分の妄想キャラを人に被せるとか、気持ち悪いね」
付き合いの浅い長森瑞音でさえ、学校を通う日にはほぼ付き合っている優月を守りたい、それでも怯えた声で言う。
「弾間くん、証拠もないのに、容疑者扱いは良くないと思います……」
男子たちも次々に声を上げる。
「弾間、それただの中二病だろ」
「葉月さん追っていて姉の優月さんにバレて、拒絶された腹いせか?」
「それ、本当ならクズだぞ」
「サッカーが上手いのは認めるけど、今のはないわ」
クラス委員長・佐田圭馬が静かに制す。
「弾間くん。言葉表現の自由は尊重するが、ここは公共の場だ。根拠のない
圧力がかかっても、隆嗣は全員をぐるりと見渡し、揺るがない、堂々と言い返す。
「そう来たか、お前らに罵られようと、真実は変わらない」
そして視線を優月へ戻す。
「神宮寺優月。お前は何をしたか、自分自身が分かっているはずだ」
その時、次の授業のチャイムが鳴った。
張り詰めた空気を断ち切るように、亮は大きく拍手をする。
「はい、お前ら落ち着け。弾間はただ演劇部の台本練習しているだけだ、特に気にしなくで良いさぁ。もう授業始まるし、席に戻ろうか」
真剣に耳を傾けていた生徒たちも、自然と席へ戻っていく。
「なんだ、芝居の練習か」
「本物みたいで焦ったね」
「弾間にそんな才能あったけ?」
「ピエロ役なら似合ってるけどな」
それでも女子陣はまた許せない呟いている。
「でも、優月さまを練習相手役にするのは最低だよ」
「本当に、まじ引くわね」
「なにせ、厚顔無恥のネアカちょろい虫だよね」
空気はゆるみ、表向きの騒ぎは収束した。
隆嗣は無表情のまま黙り、ちらりと亮を見ただけだった。
ちょうど茅切が前扉から入ってくる。
騒ぎは気づかれずに済んだらしい。
しかし、徹底的に優月を庇った亮に、隆嗣は硬いへの字の口で不快を滲ませる。
「先生。騒ぎを起こしてしまいました。これ以上は授業の妨げになる、みんなの学ぶ権利を邪魔したくないので、本日は早退を願います」
「事情は分からんが、気分が優れないのだろう。許可する。ただし条件がある。次の中間テストは学年一位を取れ。できないなら一ヶ月補習だ」
「分かりました。その条件を受けます。失礼します」
席に戻って端末を落とし、鞄を肩に掛ける。
「隆嗣、お前――」
隆嗣は鬼気迫る目で、亮をすり抜け、隣の優月を見据えた。
人目に触れないほど小声で、異国の言葉を囁く。
「白状しないなら構わない。皇月の法を犯した結末を、お前は知っているはずだ。好き勝手に人を傷つけ続けるなら……どんなことがあろうと、俺はお前を止める。ティアミス王女」
その響きに、優月は目を見開く。
「待って……弾間くん――」
抑えきれない咳が込み上げ、息苦しい彼女は無垢な涙が目尻に滲んだ。
彼は小走りで後ろ扉へ向かい、教室を出ていく。
亮は隆嗣の背中を見つめ、頬杖をついて茅切の授業を聞くふりをしながら考えた。
――隆嗣があの顔を見せるのは、どうしても許せない“難事件”のときだけだ。
幼い頃から、身近な誰かが容疑者になっても止まらない。真相を上げるまで諦めない。それは元警察官の父親の譲りだろ。
――今の彼の囁きは、明らかに人類が使う言葉じゃない気がする。もし皇月の言語なら……さっきの問い詰めと合わせると、あいつが優月と葉月の入れ替わりも見抜いている?さらに、葉月を囮にしたことに怒っているか?
――皇月の監査権、五大王族、里子としての彼の正体は、まさか王子……?
思考の枠が軋むほどの衝撃に、亮は軽い眩暈を覚える。
前方では茅切の授業が淡々と続き、優月は窓の外に視線を遠く見ている。
木の枝に止まる三羽のカラスがしきりに鳴き交わし、やがて遠くへ飛び去っていった。
その一部始終を見ていた真旺は、口の端を吊り上げ、ディバイスを開く。
――ビッグニュースだ。皇月が動いた。お姫様は動揺中。月が見えない、情報を通り【
送信ボタンに触れる。すぐに既読が二つ、ぽん、とマックが付けた。
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