第25話 優月の思い ⑤

「分かった、そこまでは話の筋が通った。だけど、もう一つ不可解なことがある」


「何でしょうか?」


「君だけがこの家の養女だとしたら、どうして神宮寺葉月は君に瓜二つなんだ?まるで双子みたいだけど、君たちは二人とも皇月から来たのか?」


 優月が答えるよりも先にピコルスが、少し動揺したように口を開いた。


「お嬢さま、今の段階で彼に話すのは、不適切かと」


「いいえ、加藤さん。近衛ナイトとして護衛をお願いするのですから、亮くんには知っておいてもらわなければなりません」


 優月がきっぱりと言うと、加藤は口をつぐんだ。


「亮くん」


 優月は力強い目で亮を見た。


「葉月と私は双子ではありません。彼女は、神宮寺の生命科学技術で秘密裏に作った、もう一人の私です」


 亮は目を丸くした。


「彼女は君の……クローンなのか……」


 キールスを名乗る男の情報には、真実も含まれていたのだ。


「はい、でも本人はそれを知りません。仁秀よしひで義父とうさんは私たちを双子の姉妹だと教えています。ですから、葉月にはこのこと、内緒にしていてくださいね」


 新暦になった人間社会でも、クローン生命体を作ることには反対意見が多く、研究項目としても違法とされている。神宮寺家はどんな目的で、皇月の姫のクローンを作ったというのだろうか。

 そして、自分のクローンが作られ、双子として共に過ごしながら落ち着いていられることを、亮は不思議に思った。だが、これ以上はプライバシーの深い部分に入り込むことになる。亮はこれ以上踏み込むことをやめた。


「分かった。それで、君はこれだけのことを俺に知らせて、一体何をしたいんだ?」


「そうですね、これからは、私も月読つくよみ高校に通うつもりです」


 前向きに笑って言った優月ゆうづきを見て、ライトは怪訝な顔になった。


「月高に?この屋敷から出ちゃいけなかったんじゃないのか?」


「今までは神宮寺家の中から人類の観察をしてきましたが、これからは一人の女子高校生として、一層身近に人類社会を見聞したいと思いました。それと、もう一つの目的としては、真理派の徒党をおびき寄せたいということもあります」


「それは……随分大胆な話だな。リスクが高すぎないか?」


 亮は純粋に優月の身を案じていた。その一方で彼女の豪胆さに、亮は感服していた。


「人類への災禍を下すか否か、その裁決は近く行われます。今こちらから打って出なければ、真理派の徒党たちは上手く爪牙を隠すでしょう。今夜の事件についても、人類側による親王派への犯行だと言い張るかもしれません。親王派の重臣も、仲間が人類に襲撃されたとなれば、真理派に傾く恐れもあるでしょう。そうなれば、人類の立場は極めて不利なものになります」


「神宮寺に身を隠し続けている君が、どうしてそんなことまで断言できるんだ?」


「神宮寺に身を寄せてはいますが、皇月からの情報提供は常に受けています。最新の情報があれば、今後の予測もある程度は立てられます」


「でも、何故ここにいる君まで狙われないといけないんだ?」


「真理派にとっては、プレッツェルス王は邪魔者でした。そして王位継承の象徴である月の心を持つ私のことも……。彼らは私たちの家系を抹消し、真理派を支持する王族の者を新しい国王として擁立したいと考えています。それが一番、手っ取り早いですから」


「それはつまり、君のことも暗殺したいってことか……?」


 優月はゆっくりと頷いた。


「ええ、きっと私にも手を出すつもりでしょう。ですから、私は彼らの犯行を明るみにし、これまでのことも全て証拠を見つけ、明らかにしたいと思っています」


「酷い奴らだ……。法を守るべきだっていう真理派の主張は間違ってないと思う。だけど、そう言いながら人殺しをした時点で、真理派は法を犯したも同然じゃないか。そんなの、ただの狂った殺戮者だろ」


「感情的な言葉ですが、理にはかなっていますね」


 親を誰かに殺される気持ちはよく知っている。亮は怒っていた。


「俺が、この力で君を守る。それに……君の父親の分まで、奴らを……」


「私のために怒ってくれてありがとうございます。でも、今の亮くんは、まずは立派なナイトになることだけを考えてくれれば良いと思います」


「近衛ナイトっていうのは、力さえあればなれるものではないんだよな?」


「その通りです。でも、亮くんにはその素質がありますから、まずは高い戦闘スキルを磨いてください。弓術も学ぶべきです。オカスソリスを利き腕のように動かせるようにしなければいけません」


 亮は軽く息を吐いた。


「今更弓術を学ぶのか……」


「不要な遠回りをさせないために、加藤さんをお貸しします」


「加藤さんから弓術を教わるのか?」


「加藤さんは多様な戦闘術に長けた達人です。弓術だけでなく、様々な武器にも精通しています。神宮寺家の私人軍隊では、実技訓練の総師範を務めておられます。彼の指導を受けるのが、今は一番近道でしょう」


 亮は加藤の鋭い目を見て、それから優月の方へと視線を戻した。


「ちなみにそれは……指導料がかかるのか?」


「加藤さん、いかがですか?」


「必要ございません。今は人類の存亡のため、一刻も早く矢守やもりさんに一人前のナイトになっていただくことが、最も有益ですから。お時間さえ作っていただけましたら、どこでもご指導させていただきますよ」


「どこでもいいのか?」


「神宮寺家の道場や、月高の武道館など、どこでも構いませんよ」


「学校の設備は私的な利用はできないだろ」


「月高の理事長にご相談すれば、許可されるでしょう」


 ただの高校生にはできないようなことでも、神宮寺にかかれば何でもないことのようだ。

 目的意識が芽生えた亮は、強くなりたいという気持ちでいっぱいだった。


「そうか、月読家と神宮寺家は深い関わりがあるって言ってたからな……それなら」


 亮はその場で立ち上がり、師範となったピコルスに精一杯頭を下げた。


「加藤さん、俺に戦闘術を教えてください」


「私からもお願いします」


 加藤は胸にそっと手を添え、紳士流のお辞儀をした。


「かしこまりました、お嬢さま。矢守さんのことはわたくしにお任せください」


「亮くん、加藤さんは良い師匠になると思いますから、しっかりと技を磨いてください」


「ああ、分かった。君からの話はこれで全部か?」


「そうですね、もう遅いですし、そろそろ床に就く時間です」


 話をすべて終えたらしい優月は、少しほっとしたように笑った。席を立った優月が、思い出したように加藤に命じる。


「そうでした、あなたはお家に戻らないといけませんね。加藤さん、亮くんを送っていっていただけますか?」


「かしこまりました。矢守さんは無事にご自宅までお送りいたします」


 優月はリラックスした様子で手を上に伸ばし、控えめな欠伸をした。


「では私は予備の寝室で休みます。亮くん、おやすみなさい」


「おやすみ」


 リビングを出ると、優月は長い廊下を歩いていった。


「では矢守さん、こちらへ。格納庫までご案内いたします」


「はい」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る