第17話 二人の再会 ①
少女の声は、響き渡る場所に花が咲いていくような、心地の良い声だった。
「き、君が……
少女は首を傾け、嬉しげに言う。
「はい。亮くん、ちゃんと約束を守っていれていたんですね」
二人の胸元にかかるペンダントは、互いに引き合うように光り、宙に浮かび、引き寄せ合った。
「ずいぶん変わったな、分からなかった」
優月は目を細め、にっこりと笑った。
「そうでしょうか、10年経っても、私は私ですよ」
少し落ち着きを取り戻した亮は、わざと別の名を口にした。
「そうか、久しぶりだな、ティアミス」
優月はわずかに目を丸くして、不思議そうに微笑んだ。
「驚きました、
その回答で、亮はキールスの言葉を信じた。優月が皇月の姫であることも、すべて正しかったのだ。
「ってことは、君は……」
亮の言葉が終わらないうちに、優月が話し始めた。
「亮くんはどうしてこんな時間にここへ?騒ぎを起こしたのも亮くんですね?」
「ああ、すまない。君の家族から依頼を受けてきた。俺と一緒にここを出よう」
「家族って、誰のことでしょうか?」
優月の顔からは途端に笑顔が失われた。
「キールスさん、君のおじいさんなんだろ?」
その名前を聞くと優月は眉根を寄せ、困惑したような表情になった。
「たしかに祖父の名はキールスですが……でも、彼はずいぶん前に亡くなっています」
「え?じゃあ……君が神宮寺家に軟禁されているっていうのは……?」
キールスがすでに亡くなった人物であるなら、話をしたあの老人は誰なのか。亮が新たな謎に包まれている間、優月は亮が着ているスーツや腕の装甲を見て、多少の事情を見抜いたようだった。
「長い間、神宮寺家にはお世話になっていますが……。軟禁って、とても恐ろしい表現ですね」
「君は、神宮寺に捕まって、実験台にされているんじゃ……?」
「いえ、普通の健康診断以外には何も。
「優月は皇月の、
「それは、会いたいですが……でも、困りますね」
何やら難しい事情があるらしく、優月は苦しそうに目を逸らし、さらに長考に落ちた。
その時、コンコンとノックの音が響いた。
優月は弾かれたように顔を上げ、広い部屋の反対側にある扉に向かって、落ち着いて呼びかけた。
「どなたでしょうか?」
「優月お嬢さま!わたくしです、加藤です。屋内に不審者が侵入しております。ドアを開けていただけますか」
廊下から執事の声が聞こえてきた。さらに足音は増え、もう一度、扉がノックされる。
「お姉さま!私、葉月です!無事ならお返事してください!」
葉月と勇真もやってきたようだ。
キールスは嘘をついていた。亮は、優月を神宮寺家から連れ出す理由はないことを知り、大きな騒ぎにしてしまったことを申し訳なく感じ始めていた。
「俺は出るよ、悪かった」
窓から脱出しようとする亮を、優月が呼び止めた。
「待って、私を連れていってください」
亮の元へとやってくる優月を見て、今度は亮が困惑した。
「え、でも、別に神宮寺家は君を無理やりここにいさせているわけじゃないんだろ?君がここにいるのは、君の意志なんじゃないのか?」
戸惑っている様子を見て、亮は優月が、神宮寺家から出ることを望んでいないと気付いていた。
「どんな事情があるのか俺には分からないけど、君がここにいたいなら、俺はそれでいいと思う。彼らは俺を騙して、俺を利用して君を連れ出そうとした。そんな怪しい奴らに、君を渡すことはできない。後のことは俺に任せて」
「亮くんが着けているのは、
「そう、オカスソリスって言うんだ」
「私、あなたにそれを渡した人物に、一度会って話がしたいです」
「やめておいた方がいい。何が起こるか分からないから」
「審判秘宝は、皇月の最高機関によって厳しく管理されているものなんです。それを亮くんに託せる人といえば、きっと擁王派の方でしょう。お父さんの信念を擁護する方々であれば、私は会っても大丈夫です」
亮には皇月のことは分からなかったが、優月には何かしら確信があるらしい。
「ただ、ちょっと困ったことがあって……審判秘宝を着けている亮くんのペースでは、私はついていけないです」
「じゃあ、連れていくよ」
亮は優月の後ろに立つと、優しく優月をお姫様抱っこした。
持ち上げられた優月は、亮の顔がすぐそばにあるので驚き、頬を赤く染めると、はにかむように笑った。
「亮くん、凄い筋力ですね」
「悪い、こうすると運びやすいから……しばらくこれで我慢してくれ」
ドンドンドン!と、緊迫感のあるノック音が続いた。
「お姉さま!返事してください!」
扉の向こうで、葉月が呼びかけを続けている。
最初の呼びかけからもう何分も経っているのに、優月からの返事がない。勇真は異常を悟っていた。
「葉月姉さん、加藤さん、下がってください。優月姉さん、ご無礼申し訳ありません」
葉月と加藤が扉から退いた。
勇真は一人、扉の前に立ち、抜刀の構えを取る。一歩進み、力強く抜刀した。
勇真、葉月、加藤の三人が優月の部屋へと飛び込んだ。それはちょうど、優月を抱えた亮がベランダへと踏み出す瞬間で、二人は月の光に照らされていた。
「
勇真が険しい表情で叫んだ。
「矢守さん、お姉さまをどこに?」
亮は彼らを振り返り、宝を手にした怪盗のように涼しい笑みを浮かべた。
「しばらくの間、お姉さまをお借りする」
「そうはさせない!!」
勇真は鬼斬丸を鞘に納めると走り出した。跳びあがり、ソファーを踏み台にして蹴り上がると、空中で抜刀の構えを取る。
だが、勇真の太刀は空気だけを斬った。亮は悠々とベランダから飛び降り、すでに庭を駆け出している。
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